第61話. 足手まとい
僕の目の前にはおびただしい数の異形のヒトの体躯を模した蠅の化け物の大群。そして様々なタイプの個体がいる。
どうやら、前線に出てきているのは、小柄で機動性の高いタイプ。“ラドロピクシー“というタイプが主体のようだ。パワーはそこまでないが、奴らは小賢しく群れて様々な装備を集団で盗む。
当然、妖精のようには全くもって可愛らしさなどはない。銀の焔自体は人には殺傷効果はないとはいえ、実弾を高速で打ち出す武器なぞを奪われたら足手纏いどころではなくなっていまう。
「下がれ下がれ!!!合図でてんぞ!」
コリン隊長の怒号に近い掛け声が響き、僕はハッとする。仲間は後退しさっきまで前方を駆け背中を見ていた者は後ろに下がっている。今回はそういう作戦だ。
この掛け声は僕に対するものだろう。移動のテンポが遅れ、通常のセオリーとは外れた盾役よりも前に出てしまっている状態…。叱られているのに等しい。
気づけば戦車はあっという間にその位置を下げていた。多少の障害物を乗り越えられる無限駆動の機動性。ヴェスパとの戦闘を想定しカスタマイズされたそれは、経路さえ確保できていれば、直線的な経路でのみ外見からは想像もつかないスピードで急速に駆動する。どうやら、上空を飛ぶ適切な前線の位置を表すビーコンの役割を果たすドローンに合わせて移動しており、僕らはそのフロントラインを決める目印に従わなければならない。ぼーっとして前に出過ぎるとあっという間に魔物の波に飲み込まれてしまう。
・・あんな不気味な化け物など絶対に近くで見たくない筈だったのに、何故か我を忘れてまじまじと見てしまっていた。
絶対に捕まるわけにはいかない、僕は後退のタイミングに遅れながらも目一杯力を振り絞り駆け抜ける。
「はぁ・・!はぁ・・・!」
「おい急げ!!」
戦場の混乱に乗じて真っ先に逃げるつもりだった自分が、いつの間にか1番逃げるのに出遅れている。
どうせ逃げるなら、もっと早く逃げておけばよかった。そう後悔しながらも自分にとっての全力で駆けている。はずなのに、眼の前の味方の集団からはみるみる距離を離されて行く。
そして、後方に迫るただならぬ気配。敵にはヒトを超えるスピード、そして飛行能力がある。
振り向く余裕もない。捕まればその場で死ぬ。全力で駆けているうちに、集団からこぼれ落ちるように遅れるものたちが出始めていた。
全身を厚い防具に着込んだ、状況にそぐわない重装備。決して自分より身体能力がないわけではない。
……助けようか?名前もわからない、僕より後方にこぼれ落ちた兵士。
助けるための方法もわからない。
ふと自らの武器。ホルスターと呼ばれる腰の固定具に収まった、クイックシルバー……拳銃を手にしようとも考える。
その弾丸はたった5発。ヴェスパ1体のみが相手ならなんとかなるかもしれないが、これだけ多数の敵に対しては焼石に水・・ほぼその意味を成さないだろう。
僕には力が足りない。申し訳ないが・・これは、自分の身を護るために使わねば・・・。
「グアァッ!!」
逃げ遅れた1人が犠牲になり、化け物の波に飲まれる。その様を見ることは叶わない。その結果は明らかだ。
「助けっ・・・!」
もう一人。そういえば、追い抜いた誰かがいたっけ。その次は・・・・・・・。
順番に僕の番が来る。死ぬ番が——
「下がって!!」
「!!」
女性の声。それも聞き慣れた、うちの小隊のメンバーのものだ。
機動に特化した軽装の衣服に身を包み、ベージュ色の編み込んだシニヨンの髪。
"ティリア=ヴィルティ"
僕の前に立ち、その得物を敵の軍勢に向かい構えると、撃つ。
ボルトと呼ばれる、弓のものよりも太く短い専用の矢を放つ、クロスボウと呼ばれる武器種。そして彼女はそのボルトに様々な属性や状態異常を乗せ、広範囲に射撃を行える。
いわゆる、拡散クロスボウと呼ばれるものだ。敵の種類にもよるが、"ヴェスパには状態異常が効く"。これがなければ"グレイナード"の刀のような近接はヴェスパに対しては一切意味をなさない。
化け物じみた敵に対する状態異常は生命線に等しい。
僕らは、彼女がいるから生き残れてこれた。自分より年下だけど、功績で言えば実質的な隊長のようなものだ。
だけどこの状況は・・・。僕なんか放って置けばいいのに。
「ティリアさん!」
装填されたクロスボウから放射状に放たれる複数のボルトは複数の小型ヴェスパに命中し、そいつらは痺れたようにスタンする。
・・・しかし上空からはその数の比ではない、多数の化け物が——
"パァアアアアン——!"
(!?)
"サアアァァァ——"
花火・・・?
突如弾けるような音と、風とともに霧が拡散するような音。
押し寄せるハエの魔物の軍勢は急速に勢いを鈍らせ、それと同時に上空を飛び交う飛行タイプの個体はその地に、ボトボトと落ちていく。
後方から放たれた兵器・・?その瞬間を見ることはできなかった。
細かい粒子が朝日の光を反射し、風とともに舞っている。その風は、ぬくもりを帯びたように温かかった。
「リック!!」
僕の腕をグイと掴み、手を引くとともに、ティリアの声が響く。落ち着き息を整える暇などない。脚に力を込め、遠ざかった味方を追いかける。
勢いが鈍ったとて地上の敵は健在だ。心臓がバクバクと空回りするように高鳴っている。
僕は、生きなくては——
AI非使用




