第60話. コンラッド小隊
カストラム・フローソールズ——
山岳の比較が少ないアルテアには見通しの良い平原が多く存在する。
その中で防衛に特化した拠点を抑えるということは、それだけで先頭において大きなアドバンテージとなる。この平原"フローソールズ"は長き年月にわたり、重要な拠点となる野営地としてその地を堅め、その中心には堅牢なる"ブールターグ要塞"が佇んでいた。
要塞も含めた防衛の要、"カストラム・フローソールズ"。ヒトの骨格を持ち異常なステータスを有する蠅の魔物ヴェスパの大群により陥落されたその地だったが、今再び、アルテアの人々はそこへ挑もうとしていた。
"ドゴオオオォン——!"
"グオォオォン——!"
早朝の日が昇り始め間もない頃。絶え間なく続く雷鳴の轟きの如く繰り返される大型兵装による長距離砲撃。
重厚な装甲を有する無人の魔導戦車によるそれは、先の戦闘により投入が可能となり、敵が警戒する線を大きく越えた領域に砲弾を炸裂させた。
「おーおー、朝っぱらからドハデにやっとるなー!」
レーションをほおばりながら後方の丘からその様子をスコープで眺め、冗談っぽく笑って見せる青年は"コリン=ナッカード"。軽薄にみえる言動に異を唱える者もいるが、アルテア軍小隊の一つ"コンラッド小隊"の長として癖の強い隊員を束ね、ヴェスパを相手に生き残り実績を積みつつあった。
ここではいくつかの部隊が集まり簡易な野営地を展開しており、作戦の次の段階に備え、進軍の準備を進めている。
これまで待機の末リラックスしかけていた隊員達。いよいよその時が来たかと、その様子、その表所は緊張に引き締まっていた。
「………始まったか」
隊員の一人、剣士"グレイナード"はゆらっと立ち上がり、鞘に収まった長い刀を手にした。
通常、ヴェスパに対し近接で挑むのは極めて危険だが、例外はいる。
それは、敵の攻撃を見切り、カウンターが行えるような者。攻撃することで身を護れるような特殊な人物………。もちろん仲間の強力なサポートがあった上での話だ。一対一で対等に戦おうなどと、自惚れるような真似はまず異常な能力でも持っていない限り、殺される。運だけでは生き残ることは叶わず、そのサポートの連携がコンラッド小隊は取れていたということを意味する。
「おい、俺たちもそろそろ移動するぞ」
コリン隊長は、その場でワンテンポ準備が遅れてしまった青年の隊員に対し声をかける。
ブロンドの少しばかり跳ねたショートの髪、他の鍛え上げられた隊員よりはやや小柄で少年のような顔だち………。
"リック=クルーセル"
——僕だ——
『行かなければならない』
逃げたくても逃げられないこの瞬間に肩や背筋にこみあげてくるゾクゾクするような、言い表し難い感覚が、僕は苦手だった。
「見ろ、出てくるぞ・・・!」
コリン隊長が要塞の方を指す。そこには何重もの砲撃に無人戦車による圧により、大量のヴェスパが這い出る様子が遠くからでも見て取れる。もう後戻りはできない。
(巣をつつけば、大勢の敵が出てくる。当たり前だ)
もうすぐ、絶対に見たくないあれを近くで見ることになってしまう。
引き寄せ、後退しながら限界までおびき寄せる。それが僕らの任務だ。
敵のスピード、そして反応速度は、ヒトを上回っている。
よほどの手練れの戦士では無ければ、まず対応できず、殺される。
………正気の沙汰ではない。
いくら勇敢な戦士として振舞ったって、死ねばすべて終わりだ。僕の心は既に折れかかっている………。
いざとなれば、僕は戦闘の混乱に乗じて逃げるつもりでいた。
最初から勝ち目なんかないんだ。
「リック!」
「・・・」
「わかりましたよ、そう急かさないでください」
(勝てるわけがない)
僕は立ち上がり、重量のあるバックパックを背負い込む。
そして、支給された武器を手にした。
"クイックシルバー"
これは、最新鋭の武器種、銃と呼ばれるものらしい。
拳よりもやや大きい程度の携帯性に優れたサイズで、握りこみ敵に照準を合わせた状態で引き金を引くと、使い捨ての弾が発射される。
反動はあるがその弾速は極めて速く、うまく狙えばヴェスパにも命中させられるチャンスがある。
そして、見事命中させることができればヴェスパに対し特攻性能のある銀の焔が炸裂するというものだ。状況と当たり場所にもよるが、下級のヴェスパ程度になら、効果が見込める。
これまでの通常の武器はほぼ役に立たないだろうが、自分の身を護る上でこれが生命線といっていいだろう。
この国には銀焔の戦士だとか、銀焔の老魔導士だかが大量にいて、ありそうで無さそうな噂なんかで混沌としている。本当のところいったい誰がこの焔を生み出しているのかは定かではないが、この絶望的な状況で生きるための武器を与えてくれたのは、僕にまだ生きのびろということなのかもしれない。
弾は5発。これが軍の僕に対する信頼だ。・・失えば、なんとかして補給するしかない。
この地には身を隠せるような場所は限られている。前方の要塞を目指すにあたって、平原の両端にある壁となる崖を伝って前方を目指す。幸いにしてこの地帯は先の戦いでヴェスパはある程度片付いていた。
脚を進めるにつれ、砲撃の轟音が徐々に近づき、その規模が大きくなっている。
別経路で要塞の手前には大型の無人兵装が続々と到着しているようだ。敵はこれを放置するわけにはいかない。だから、嫌でも巣から出て来ざるを得ない。
そして、押し寄せる敵の波が、迫りつつある——
「来る・・!」
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