第57話. 迅速軍師 ミツリ
──翌朝
昨日は、はしゃぎ過ぎてしまった・・。
大変なことがあった日の夜なのに、妙なテンションで盛り上がった感覚がまだ残っている。
軍の人たちにもいろんな人がいるんだろうけど、昨日会った、アネットさんと、そしてメルキスさん。この二人は信頼できる。
……どちらもすごく癖のある大人だけど。二人とも急に歌いだしたりするし。もしかして大人になると恥ずかしさが薄れたりするのだろうか?
しかし、お互いに腹を割って話した代わりに、機密っぽい情報もこっそりもらった。どうやら戦況がいいらしく、反撃の準備を着々と進めているらしい。その際まずはリリアは待機でいいようだ。彼女は出来れば目の届くところにいて欲しいから、これは助かる。
というのも、あいつから目を離すと、いつもまるで手品か何かのように、次に目にした時には恐ろしい事態になっている。それは・・・もう二度と経験したくないほど身に染みてわかったし、アネットさんとも意見は一致し、意気投合できてしまった。
──こうやって日常らしく登校するのも、あと何度できるだろう。戦争が本格化してしまえばさすがにここにも影響は出てしまいそうだ。
今までそんなことは何度もあった。けど、・・ただ、今回はどうやら決着をつけようとしている点が違う。俺は、最近人間関係が大きく変わったけど、自分の身近な人に何かあったならば、この登校中の景色だって、きっと違ったものに映ってしまうだろう。
そんな想いを馳せながら、俺は木立の間を抜ける道を進み、校舎へと足を運ぶ。暖かい風が枝葉を揺らした。
先のことなんてわからない。
だけど、一瞬でこの日常も変わってしまいかねない世界……。だから、この不安定な世界の中での一見のどかな日常の風景も、どうしてだかひとりでに切なく感じる時がある。
と、そんな感傷に浸っている時だった──
「あ~~~いけない!ぶつかるっす!」
(なっ!?)
校舎への道。女子寮との三叉路にあたるところ、突如興奮した猫のような叫び声が響き渡る。
声をした方に目をやると──
そこにはふんわりコッペパンをくわえ本を読みながら、わきに本を抱えるメガネの小柄な女子が、ものすごいスピードで突っ込んできた!
意味不明な情報量が弾丸のように突っ込んできて圧倒されそうだが、考えている暇はない。このままではぶつかってしまう──
ここは武器を使うわけにはいかない。
(イチかバチか・・!)
俺はカバンを盾のように構えると、ミツキが得意な"受け流し"の要領でその猛烈な勢いを“引き付けながら”受ける。
飛んできた割れ物をうまいことキャッチするイメージ・・!
「うぉっおお〜〜!!?!?」
そのエネルギーは徐々に勢いを失い──つつあったが、俺は普段から盾を扱っているわけではない。流石にあまってしまった勢いは側面にながれていった!
「うわ~~!!」
女の子は回転しながら、本はその手から離れ、“ぽーん”、と宙を舞う。
俺はせめて本だけでもキャッチしてあげようと思ったが──
「ほいっ!」
どうやらその必要はないらしい。自分で器用に二冊とも重ねる形でキャッチして見せた。——パンをくわえたままで、まるで何かの曲芸の様だ。
(ん、この感覚どこかで覚えがあるような──?)
その回転は次第にゆっくりになり、それは止まった。
とりあえず、何とか衝突は免れたようだ。
「・・・」
「え、えっと……大丈夫?」
ポーズをとったまま、メガネの小柄な女子は目をぱちくりさせている。ふんわりカールした濃金のショートヘア。その顔立ちは端正に整っており、丸いメガネと相待って几帳面そうな子だ。
そして、目だけが合った──
(低学年、だよな?見下ろすのは悪いし目線を合わせて・・)
「大丈夫?きみ何年生かな?」
「・・・・・・」
(この男の子・・・)
(……ミツキちゃんの言ってた、“ちっちゃな勇者クン”だ!)
(──職場のボスが狂って生命を狙われ、行き場を失い命懸けの電撃亡命!軍師たる者、従える主君が終わってると判明した瞬間、ジブンの行き場は秒で決めたっす。もともと限界すぎて辞めようと思ってたけど、仕事が反故にされる上にミツキちゃんが存在しねぇ職場なんぞ、1秒たりとも用はねえ。年中ワンオペ軍師の⚪︎⚪︎だりー仕事の反動でウチの辞表と入学願書の書き上げ速度は自身のトップスピードを超えたっす!)
(そして、ミツキちゃんが信頼されてるおかげもあって、責任者のおじいちゃんが出てきて即決許可をもらい電撃入学!スピード自慢のウチだけど、ここも惚れ惚れするくらい仕事が速いっす!おかげでブッ殺されずに済んだ!)
(そして……早速出会えるとは!)
彼女がレインを見つめる目は輝いていた──人材を扱うものとして。
「キミ、大丈夫?」
(なんか、俺のことをじっと見ている)
(こ・・この子、ガチじゃないっすか!)
(まだ子供でちっこいけど……暴力的なまでの潜在能力!やべーっす!!これはたしかにブラックな職場なんぞいろいろどうでもよくなるレベルっす!)
(……でもミツキちゃんからは『絶対に本人に伝えちゃダメ』と言われているから、知らんぷりしとこっと)
「へへ、平気平気!」
女の子はにいっと笑って見せると再び弾丸のような物凄い速さで、校舎まで駆けて行ってしまう。
そして、ミツキと時間をある程度共有しているせいなのかはわからないが、一連の流れから、俺は直感めいたものを感じていた。
(・・あの子、ヴェスパだな。いい子っぽいけど、大丈夫かウチの学校)
──
教室に着くと、ミツキは学校に来ているようだった。
学校、そして教室の雰囲気、それは流石にこれまでとは全く同じ空気ではない。だけど、こんな壊れた世界で魔物一匹出て排除された事で立ち止まることはなく、みんな、懸命に立ち直ろうと力強く振る舞おうとしているようだった。
だから、教室には乗り越えようとする意思、活気がある。そんな雰囲気に押されてか、リリアとミツキは仲良く話している。この2人が仲良くしてくれると正直言って俺は安心だ。
「──さて、今日は皆さんの新しい仲間、入学生を紹介します」
担任のフィルナス先生が壇上に立ち、口を開くと教室は静かになった。
その隣に立つ子に自己紹介を促す。
その子は、見覚えがある。俺が今朝衝突しかけた子だ。
ダブルのメガネが並んでいると理知的で賢そうにみえる。そしてその身長差はとても大きい。
「は、はじめましてっす!ミツリ=ノスティって言うっす・・!その、本が好きっす。よろしく・・・」
「みんな、仲良くするようにお願いします」
なんか緊張してるな。──って言うか、さっきあの子に低学年と思って失礼な態度で接してしまった。
教室の前方に立つ、ミツリの眼前に広がる様相。そこには腰掛ける生徒たちの姿がある。
(こ、これは・・!)
(なんとバランスの取れた布陣!身体的なバランスだけでなく、クセのあるであろう兵士間の気質、お互いの関係にも配慮した配置が見事になされているっす!もしやこのセンセイ…“やり手”っすね!?)
人材や計略を生業としてきたヴェスパの軍師であるミツリには、人が並んでいる様を見るとどうしてもそういう目で見ざるを得なかった。
(なんかこの子、やたらボクの方を見ている…。とりあえず席に座ってもらおう)
空いている席は2つ。
最前列、そしてもう一つは最も後方の二択だった。
(さぁ、どっちを選ぶっすか!)
(選ばせる、という選択肢もあるが、何故かボクは選択を凄く試されているような気配を感じる!)
(・・まぁ、セオリーというか、原則に則ればフツーは最前列だろうな)
(ただ、この子は真面目で、人前で緊張するタイプ。きっと後方から眺めるのが好きなタイプの子だ。そして、親しい者は決まっている)
(あとヴェスパの子供とかやっぱり怖いし、見張ってるとか思われるのも嫌だしな)
(それに、その子がどういう子か、その素性や本性は後ろの席の方がよくわかる。後ろで何を話しているか、ボクの扱う魔法の性質上、その気になれば大体聞こえる……)
フィルナス先生は後方の席、ミツキとルドルスが並ぶ席の横をスッと指差した。
「じゃあ、ミツリくんは、後ろの空いた席へお願いします」
(前線じゃなくて、後方!)
(……そうっす、この前線は空いてはいるけれど、既に屈強なるパワータイプ、前衛戦士の子が十分固めている。そして、何よりウチは前衛向きじゃない)
(空いた前線に捉われず、後方を重んじる身!!堅実派っす!)
(なんだ・・さっきからボクの方を見て)
はよ座れ、とフィルナス先生に促されると、ミツリは指定された席へと移動する。
「ミツリちゃん、いらっしゃい!めちゃくちゃ早かったね」
「ミツキちゃん!キミのおかげっす!ひょっとしてウチより疾い軍師でも居るんすかね?あははは」
(軍師・・?)
笑いながら彼女はルドルスやリリアとも挨拶を交わす。ミツキにミツリ、凄い子に挟まれては居るが、ルドルスは柔らかな笑顔を返した。彼は一見大人しそうな子だが、その心臓が強い事を俺は知っている。
そして朝の俺の直感。ミツキと外の知り合いっていうことは、まず間違いないだろう。そういう事だ。
だが、どうやら危害を加える様子はない。ここに来れたのも、じいちゃん、ゼルディッシュ=レオングラムの意思の見通しによるものだろう。
きっと、この子もヴェスパでありながら身寄り、行き場を失い・・度重なる心への負荷があって、傷ついてきたコトで俺たちと戦う力を失っている。
……大切な人を失った、あるいは身寄りのない者を、ここは拒まない。
放置された心の傷・・それは孤独でいると、いずれ大きな歪みを生じ、やがて取り返しのつかない大きな瘴気……膨大かつ強大な負の願いの渦に取り込まれてしまうという。
だから、それに対するフォローは早いほどいい。リリアも、ヴェスパに襲われた後で、もしその対処が間違っていたら、こんな風に今も朗らかに笑えていないだろう。
ここに居る人たちは、俺を含めて、救われている。
壊れたアストリアでは、救われたこの感覚、思いを知らない場所がきっと沢山あるはずだ。
リリアがヴェスパと戦い続けなくて済むようにするには、そういうところに目を向けて、勇気を出して声をかけ、或いは踏み込み、手を差し伸べていかなくちゃいけない。
だから、例え教室から離れても……どこに居たって、その意思を忘れないようにしたい。教室で互いに笑い合う姿を眺めつつ、俺はそう誓った。
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