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ヒトの骨格を持つ蝿の魔物に滅ぼされゆく世界を救う物語/アストリア戦記  作者: シューゲツ/GQもん
第1章. The Resolve of Freedom’s Amethyst/自由なる紫水晶の決意
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第55話. 自分自身の本当のおねがいごと

——これは、リリアがヴェスパに襲われた日の話だ——

 

 幸いにも、学校に侵入した個体は1体のようだった。

 これまで、安全であり続けた、感知はなされながらも安全であってほしかった校内の敷地。

 その認識は、事件によって崩れ去った。


 あの直後、リリアは怪我はなく言葉によるやり取りは可能であるものの、流石にしばらくはショックで一種の放心状態に近しかった。

 授業は中止となり、俺は杖とともにリリアを保健室に連れて行くことになった。


 外の光が差し込む、薄いカーテンに仕切られた、静かな空間。

 彼女は気づかれしてしまったのか、ベッドで横になると、やがてぐっすりと眠ってしまった。

 俺は部屋の端に置かれた木製の小さな椅子に腰掛けたまま、彼女が無事回復するのをただ見守る。


 はじめは時間がやけに長く、ゆっくりに思えた。


 ——そして、気づけば放課後になっていた。

 窓から斜めに差し込む光は、夕暮れの柔らかな赤みを帯びたものに変わっている。


 「・・・」 

 ふと、リリアが目を覚ましている。


 彼女は銀の長い髪をおろした状態で、ゆっくりと体を起こした。

 だた、いつもの明るい様子ではない。


 ・・流石に傷ついているようにみえる。


 目を伏せながら、こちらを言葉を待っているようにも思えた。

 ・・・なんと声をかけてあげよう。


俺は——


[あんなヤツ何度でも返り討ちにしてやる、と強がってみせた]

[明るいジョークの一つでもいって和ませようとした]

[まずはアネットに伝えるように言った]

[気分は大丈夫か尋ねて、それから——]


・・・


 彼女が何故傷ついているのか・・・それは、きっとヴェスパだけの問題ではないのかもしれない。


「リリア、・・大丈夫なのか?もう少し休んでても・・・」

「わたしは、大丈夫・・だよ」


襲われた直後程とはいかないまでも、声の調子は少しばかり落ちていて、やはり元気はなさそうに見える。

そして、俺は静かにこう告げた。


「・・・ごめんな」

「・・・」


「そばにいてやれなくて・・・」

「レインくん・・・」


 彼女は顔を上げ、俺の方を向きながら少しばかり目を開く。


 ・・・・あの時、選択である剣術の授業はあったにしても、おれは図書館にいて、他の子と剣を学ぶための予習をしていた。

もし、もう少し本に夢中になっていたり、杖を取りに行こうとしていたら、リリアは——


「いいの、レインくん授業だったでしょ?それに杖を忘れちゃってたのは私が悪いし」

「・・・すまん」


 俺を気遣う言葉をかけつつも、魔導士には違いない。なんだかんだで彼女は俺の心の隙を見抜いている。


 おれの謝罪に対し返すようにリリアは口を開く

「じゃあ・・・」


——この感じ、次の瞬間怒ってくるやつだ——


「なんでそんな遠くにいるの?」

「え?」


 ・・・たしかに、自分で言っていることと、やっていることが矛盾していたかもしれない。

 人には気持ちが落ち着くスペースの距離があって、人によってその距離は違っていると言うけれど、自分ではそんなに遠くとは自覚はしていなかった。

 少しびっくりしたけど、叱られたようなものか。


 すこしばかり距離をつめようとすると、リリアは通信端末を使って、アネットとすでに連絡をとっているようだった。

 ・・・とりあえず、もう魔物の話はやめよう。

 そして92歳のじじいが盗聴していようが、もうどうでもいい。聞くなら勝手に聞け。


「レインくんはさ」


「あの日、私が保健室から出て、戦いに行こうとした時。どうしてフィルナス先生の前で止めてくれたの?」


 ちょっと前までの、あの時・・・。リリアが疲弊してふらついていたときの話だろう。


 あの日、リリアがへとへとだったのは、目に見えてわかった。

 俺に言わせれば、正直いって他の誰も止めないのがおかしいくらいだった。


「そりゃ、リリアがあんなにぼろぼろだったら止めるよ」


 ・・・いや、彼女が気にかけているのは、()()()じゃないか。


 とっさに出てしまった言葉だったが、自分自身の思考を押し出し、紡ぐように俺は続ける。

「——俺は・・・実際に戦場とか行ったことないけどさ・・・」


「みんなの意思を背負って、戦ってくれているリリアのこと・・。誰かが自分のために毎日命がけで戦ってくれるのが当たり前だなんて、思いたくないんだ」


「・・・」


「だから、せめて見ていたかった。でも・・・たまにだけど、リリアが本当に苦しそうにみえる時があって・・・。特にあの日は見ていられなかったんだ。——別に、大人が悪いってわけじゃないけどさ・・・リリアだけが特別そんな辛そうな思いをするのは、おかしいって思ったんだ」


「・・・そういわれると本当につらくなってきたかも」

彼女は呟くように言った。


「え゛っ」


すると、改めて顔を上げ、こちらに向かい軽く微笑んで見せる。ふと、明るい彼女が戻ってきたように思えた。

「ふふ、冗談だよ」


「まぁ、敵がすっごくいっぱいいて、ずーっと動き回ってて大変な時はさすがにしんどーってなるけどね。あんまし、深く考えないようにしてるかな」


 ・・・意外と逞しいのかな。いや、そりゃそうか。『ひょっとしたら行くのがイヤなんじゃないか』って仮説で考えていたけど、もしそうだったら、それまでもとても心が持たない。


「その日、無事に戦い抜いたら、私はみんなのために戦えてるんだって思えるの。嬉しいことも沢山あるから頑張れてるのかな」

 純粋で、自然な、柔らかな笑顔に、思わず俺も表情がほころんでしまう。

 壮絶な経験を共有しているはずなのに、なぜだかわからないが不思議と気持ちが安らぐ。今までも何度か思わされるけど、これがどうしてなのかわからない。


 もっと、知りたいと思った。


「リリアはさ」


「自分自身の、一番の願いってあるの?」


 リリアは、たくさんの人の意思を背負って戦ってくれている。そこには、大人たちのいろんな都合もあるだろう。


 だけど彼女本人の意思、一番の願いはどうなんだろう。


 ヴェスパが蔓延る前の世界に戻したい。それは、かつてみんなが思っていたことだろう・・・。だけど、ミツキのような存在と出会ってしまったことで、俺にとってそれは揺らいでしまっている。勿論、人を襲ったり拐ったりするような奴らとは戦い続けなければならないが、そんな奴らばかりではなく、中には精神性が高くて、こちらを理解してくれる者も存在する。


 リリアも同じような気持ちなんじゃないかな。その上で、今はどうなんだろうか。


 今は良くても、いずれ大人になれば自分の魔法の原動力となる感情・意思をひとつ選ばなくちゃいけない。そうでなければ、勝手に決まってしまうらしく、場合によっては望まない意思が原動力となることもあり、悲劇となることもある。


「うーん」


 考え込んでいる。

 最近は色々と状況も変わっているし、彼女にも気持ちの整理が必要なのかもしれない。


「・・・私は」


「レインくんの願いについていきたいかな」

  

「あ、ありがとう・・・うれしい・・けど」


「けど?」


「…例えば、もし俺の願いが『リリアの願いを守りたい』とかだったら、その願いの()()()()はどうなっちゃうんだろうって思って」


「…うーん、いわれてみればそうかも」


 それでは、お互いに結局本当のところ、心の底からどうしたいのか気持ちのたらい回しになってしまう。

 仮にそれを良しとするならば、相手の願いをしっかり聞き届けてからだ。

 少なくとも定まっていない時点では自分自身の本当の願いとは、違う。


 だけど、彼女自身もたくさんの戦場を実際にその目で見て、戦ってきて、助けてきて、心の底からの願いがきっと必ずあるはず。


 最近起こった出来事が複雑すぎて、うまく紡げていないのかもしれない。


 相手を理解するには、時間がいる。

 それは自分自身の気持ちに対しても当てはまるのかも——


「かんがえてみるね!」

「ああ!」


——焦る必要はないか。


 っていうか、前々から疑問に思っていたけど、



 そもそも、魔法でつかう"願い"って、いったい誰がきいてくれているんだ?



 神様?のような存在がこのアストリアに本当にいるのかは、わからない。


 そもそも、全知全能の神様なんてものがこの世にいるんなら、こんなハチャメチャで残酷な世界にはなっていないだろう。



・・・



 気づけば、それなりに時間が過ぎてしまっている。

 今夜は、いつもリリアといっしょに戦場で戦ってくれているアネットさんが来てくれるらしい。もうじき着くそうだ。

 リリアに杖もある状態では、魔物も手を出せないだろう。


 窓から差していた夕暮れの陽は段々と落ち、星が瞬き始めていた。


「レインくん」

「ん?」

「わたし、夜空の星を眺めるのが好きなんだ」

「星ねぇ・・・」


 ふだん夜に会ってやることはできないが、なかなかリリアらしいかもしれない。

 その星々は時期や季節によって異なり、ときには迷う旅人の道標となったり、アストリアの国々の伝説や伝統、おとぎ話とつながっていたりするという。


「たまーにだけどね。流れ星が見えることがあって、あっという間に消えちゃうんだけど。見つけてから消えちゃうその前にお願い事をするとかなうんだって」


「聞いたことあるような。3回となえるとかだっけ」


「何回でもいいの。ものすっごく早く駆け抜けるお星さまに届くくらい、私達を見つけられるくらい、心の底からの強いお願いじゃないといけないんだって。そして、しっかり声に出すと、叶うの」


 なるほど・・・さすがによく知っているな。


 流れ星って、そもそも星だっけ?

 実際のトコロ、この目で近くで見たわけもないしな。

 

 ・・ていうか——


「なんか・・それ恥ずかしいな」

「ふふ、そう思っちゃってるようじゃだめかもね~」


 リリアは俺をからかうように、くすくすと笑ってみせる。

 一時はどうなることかと思ったけど、ある程度元気そうになってくれてよかった。


——ふと、扉を開く音。


「あら、お邪魔しちゃったかしら」

 

 そこに現れたのは、落ち着いた黒のローブを身にまとい、斜めにつばの反り返る大きな三角帽子。

流れるような紫の髪をした、安心感のある女性の魔導士。


「あ・・・こんばんは」

「アネットさん!」


(この人が、いつもリリアを守ってくれている——)

AI非使用

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