第54話. かんたんあいてらす
エオルーン魔道学校 初等部女子寮
"表向きは体調不良”、ひとまずはそういうことになっている。
レイオットと遭遇し、ここを出る直前…わたしは休みを利用してこっそりあの城へと向かい、こっそり戻った。
わたしはみんなみたく、誰かと話したり伝言を送れるような通信端末は持っていない。だけど、そんなものを必要としないほどに、ここの人の何人かは私の意思を見通す力がある。
諸々、バレる人にはすでにバレてしまっているだろう。
それでも、かまわない。必要なときに、改めて打ち明ける決意はできている。
ここの人たちはヤワじゃないし、信頼できる。
ここならば、ここの人たちならば、きっと・・・
・・・きっと、ふたりも大丈夫──
翌朝──
カーテンの隙間からは朝焼けの陽が小鳥のさえずりと一緒に差し込んでくる。わたしがここに戻ってくる道中で見てきた、壊れ…崩れた世界。そういう所と、この場所は異なる別な世界なんじゃないかと錯覚してしまう様な、…思わず忘れさせてくれるようなのどかさが段々気に入ってきていた。
一刻も早く、二人の無事を確認したい気持ちで自室を出ると、何人かの生徒とすれ違う。
「あ、ミツキちゃん、おはよう!体大丈夫?」
「おはようキャスティちゃん。うん、へーきへーき」
「よかったぁ〜♪ミツキちゃん、急いだ方がいいかもよ?」
「へ?」
「リリアちゃんと、レインくん“イイカンジ”になってきてるから」
“ピシッ”
「そ、そう…」
(とりあえず無事みたいでよかった)
た、炭酸が欲しい…急に。頭が欲している…!
どぼどぼどぼどぼ──
「わーーー!ミツキちゃんぶどうの炭酸ジュース、グラスから溢れてる!!ちょっと冗談言っただけだから!いうてそんな変わってないわよ」
(そ、そんなにガチな感じだったとは思わなかった。・・にしてもビビったわ、どんだけ炭酸が好きなんだろう)
──
(もう少しリリアちゃんを待っていたいけど、無事なのはわかったし、先に校舎へ行こうかな)
朝日が眩しい。外の空気も、重苦しかったあの場所と全然違う。
周りには登校中の生徒たち。みんなの一見賑やかな様子が伝わってくる。
ただ、その中にほんの少し、だけど簡単には拭い去れないかのように、確かにそこに存在する負の感情が逆に際立ってしまっている。
みんなの表情、声の調子や、何もいないはずの周りを見渡す仕草。
やはり、来る前とは学校の雰囲気が変わっている・・・。
感じるのは、警戒、恐れ……間違いない。
何が起こったのかは奴の言葉から、ある程度は察しが付く。何かの冗談であってほしいという願いはあったが、どうやらあれは、単なる脅しや戯言なんかじゃなかったということになる。
(アイツ……!)
ほんの何かが違っていれば、誰かが犠牲になってしまう危険な結末だってあり得た。そうなることをあいつは愉しんでいる。わたしは堪らず下唇を噛み締めてしまう。やつの思い通りになるのは悔しいばかりだが、こればかりは心の制御が出来そうにない。
「ミツキちゃん!」
(!)
うつむきながら歩いていると、後ろから声がかけられた。
人懐っこくて、聞き慣れた声──リリアだ。
「おはよう!」
「リリアちゃん、おはよう!」
見慣れた銀色の二つ結びにピンクのリボン。その表情は明るく、元気で、裏表のないまっすぐな"喜びの意思"が伝わってくる。
「ミツキちゃん大丈夫?」
「うん、心配かけてごめんね」
それに、ちょっと前までの彼女とも違う。
……今までは、レインと一緒の時しか声をかけてこなかった、…どころか、かつてはわたしとは目も合わせてくれなかった。
まぁ、もともとは、いじわるをしたわたしが悪いのだけれど…。この子にはそのまま嫌われても仕方ないと思っていた。
だけど、今は、リリアが本当に無事でよかったと、心から思っている。
わたしがこう感じるようになったきっかけはレインだと思う…彼の世界、すぐ側にはこの子がいて、大切にしてあげたい。
・・・
でも
この子、
「ミツキちゃん、どうしたの?」
一見明るくて平気そうに振る舞っているようにみえる、けど。
ほんの少しだけど、やはり、怯えていた形跡が僅かに残っている。
「わたしは平気。むしろ、リリアちゃんに何かあったんじゃないかなって気になって・・」
「あ・・・」
「・・・」
わたしに伝えようか悩んでいる
・・・・・・やっぱり、あまり深くは探らないでおこう。
相手に心を通わす準備が出来ていないと、わたしからでは……。
「ミツキちゃん!」
「…!」
リリアは突然、まっすぐわたしの方を向くと、決心を固めたかの様な真剣な表情で、絞り出すように告げる。
「ミツキちゃんが休んでいるとき・・・」
(……)
「そのときに起きた出来事なんだけど・・・・・・。あのとき、私は・・・」
リリアは、襲われたことと、ギリギリでレインに助けられたこと。その様子を正直に話してくれた。
(……)
知っていたつもりの内容でも、本人から覆い隠せず伝わってくる恐怖。状況からして、どうしようもなかった絶望が重く伝わってくる。
そして、そんな状況でわたしがいてやれなかった無力感。わたしやみんなを苦しませて、自らの欲求を満たすために嫌がらせのようになされた行為に対する感情が、改めて湧き上がってきた。
「ほんとうに・・・ごめんね・・・リリアちゃん」
わたしは、打ち明けてくれたその言葉に対し、ただひたすら"謝る"ことしかできなかった。
一度聞かないでおこうと諦めたことを、自らの意思で勇気を出して、心を交わそうとしてくれた。
ふと、彼女に対する後ろめたい、縛られていた気持ちが、完全にではないが、軽くなった気がする・・・。
ひょっとするとこの子、いや”リリア“は──
「おはようございます。ミツキくんに、リリアくん」
「あ、先生!」
「おはようございます!」
教室に入る前の廊下、珍しくフィルナス先生が立って生徒たちに挨拶をしている。
先生はわたしたちに向かって、いつものように静かな調子で、穏やかに声を掛けた。
そして、あの意思を感知する風はもう、設置されていない。
わたしも挨拶を返し、
『おかえりなさい、ミツキくん』
それは、音の大きさだけで言えば、聞こえるか、聞こえないかくらいの声だった。
でも、私にははっきりと伝わり、唖然とする。どうやらリリアには聞こえていないようだ。
風、大気の魔導師ならばこういう芸当も可能なのだろう。
フィルナス先生は、わたしに何があったのか、どこまでなのかはわからないけど、どうやら知っている・・・。その上で、それを告げる表情はおおらかに微笑みかけている。
「ただいま!フィルナス先生!」
「はい」
「?」
フィルナス先生は穏やかに、受け入れるように返し、リリアはきょとんとしていた。
自分を受け入れてくれる居場所に"帰ってきた"、そう感じるとともに、ここでの日々が、ずっと続く世界だったらよかったのにと、そうも思った──
AI非仕様




