第53話. 月を落とす魔女
「これは・・・・・・」
正直、目を疑った。
アネット先輩の通信端末の画面越しにボクが目にしたのは、自らの教え子が、この国を崩壊に導いた強大なる悪しき魔女らしき影と真っ直ぐ対立する様だった。しかも、現在誰も近寄れず、皆が一刻も早い解放を待ち侘びるアルテアの城で……。
瘴気のせいか、画質は悪い。必要な情報を抽出して引き上げたものだろう。そして、音声は普通ならギリギリ聞き取れるかどうかのレベルなのだろうが、嫌な事も含めて聞き取る事には長けている風の魔導士であるボクには、それを拾い意味を紡ぐコトが出来た。
「こんな機密、ボクに見せていいんですか」
「あなたの生徒でしょ、一応」
全くもって狂気じみているが、事実だ。
「つまり、ヴェスパの襲撃があった後でもミツキ君の“親しい者と共にありたい願い”を叶えてやれと、そういう事ですね?」
「ええ……」
(言われなくても、そうするつもりだ。それ以外だったら、ボクは抵抗しているかもしれない。軍などの命令に従いながら教育を行うなど、まっぴらごめんだ)
幸いにして、現状では新たに複雑なコトはする必要はないだろう。ミツキの正体について、レインとリリア以外の生徒、子供達は知らないはずだ。
だから、あとは大人たちがどう関わっていくか、受け入れられるかどうかだろう。
……ならばきっと大丈夫だ。エオルーン、ここの人たちならば──
「任せてください、先輩。ボクの生徒は守ってみせます」
「あら、頼もしいわね」
むしろ、それが教師として出来る、唯一にして当たり前のことだ。
たとえ、種族が違ったとしても……。
……
しかし、ヴェスパというのは、個体によってこうも違うのか。
これまではヴェスパという存在自体が総じて駆逐すべき存在だった。
ボクたちは、そういう思考に縛られ、囚われていた。他の個体はわからないが、少なくともあの子は教え子として信頼してやる必要があるだろう。ヴェスパによっては、争わずに済む方法もある……。
──だが
この凶悪な意思を放つ魔女の影──
コイツとは誰かが決着を付けねばなるまい。
「ところで」
「ミツキと争っている、このヴェスパは……」
ボクが指さすと、アネットは深刻な表情になる。
「そう、ヤツは間違いなく“サリアニケス”よ」
「アイツは突如兵隊とともにアルテアに現れ、この国を崩壊に導いた災厄の魔女。ヴェスパのくせに並外れた強力な魔法を使う、危険な存在……」
「やはりこいつが、例の……」
「そして、ヤツの異名は“月を落とす魔女”──その異名は伊達じゃないわ。あの時、誰もコイツを止めることが出来ず、戦いは殆ど一方的だった」
あの時、アルテアが蹂躙されている時……皆、ひたすらにヤツから逃れるのが精一杯だった。それだけが被害を最小限に抑える唯一の手段だった。
「ただ、最近ではその姿を目撃することはなくなっていたわ。どういうわけか、今サリアニケスは城から動かないみたい。もっとも、コイツがあちこち動き回るタイプだったなら、私たちはもう戦うどころじゃなくなっているでしょうけどね」
確かに、あれからは横暴な態度に見あっただけの底なしで途方もないチカラを感じる……。
対話も、制することも困難な、異常な力を有した一個体。
「向こうからこちらに来ないとはいえ、安心は出来ないわ。ヴェスパは、待っていれば時間とともにどんどん強くなっていってしまう。だから、私たちはそろそろヤツらと決着をつけなきゃいけない」
「ただ逃げるしか出来なかったこんな化け物と、討伐しようと?」
「……」
いまのところ、決定的な有効打があるわけでは無さそうだ。でも──
「この映像には、ヤツと戦うためのヒントがある。それでわざわざボクに直接……」
アネット先輩は頷く。
当然、危険極まりない化け物討伐はボクの専門外だ。だが、自由の意思を原動力とする魔導士としてならば、アルテアでも屈指の実力を持っている自信はある。……残念ながらそれを活かす機会は限られてしまっているが。
「サリアニケス、まず、彼女の意思の原動力は“拘束の意思”でしょう」
「ええ、あなたの“自由の意思”と間反対のね」
“拘束の意思”──
相手の心に合わせて調節の効く”束縛の意思“よりも更にタチの悪い、相手の意向など関係なく一方的に相手を封じてしまう、自分本位の身勝手な意思。
そこに相手への理解やいたわりははない。きっとそれには、自分に逆らう者は全て拘束・排除するという願いがあるのかもしれない。
「『間反対の意思を持つ者同士は、しばしば対立する』。先輩のお察し通り、こういうヤツは敵となりやすい、尚且つ決定打となりやすいだけに、詳しくならざるを得ません。ボクが感じたヒントでよければ──」
「ホント?」
「でもボクはこんな化け物とは絶対に戦いませんよ!?城にも同行しませんから」
「なんでもいいわ、あなたが感じた、ちょっとしたヒントだけでも助かるの。自由の魔導士の意見として、何かない?」
このバケモノとマトモに戦えるようになるための、ちょっとしたヒント……。
アネット先輩によると、これまで判明している情報から、サリアニケスは凄まじく暴力的な攻撃魔法に加えて、王家の血筋の能力に関係している魔法も使用する。
そのトリガーはヤツの魔法。それに当たると、その身は拘束され、捕らえられる。救出が出来なければ、直ちに戦闘不能となる事を意味する。
「やはり重要なのは、拘束トリガーとなる魔法を絶対に避ける事でしょう」
これだけの魔力ならば、通常は避けることは叶わないだろう。反射神経だとか、身軽さだけでなく、特殊な意思の力を使ったスキルがいる筈だ。
──だけど、ミツキはコレを上手く避けていた。
とある意思のチカラを使って……。間違いなく彼女は、この避け方を知っている。
「食らうと一発アウトの魔法を回避する方法。それを知っていそうなミツキくん本人から聞き出すことがもし出来れば、それが確実でしょう」
「…」
「しかし、これはひとまず今の時点での、ボクの推測です」
この時、何となくだが、この魔女に今まで誰も敵わなかったカラクリが少しわかった気がした。
「ミツキくんは、”自由の意思“とはまた別な原動力を使ったスキルで回避しているように見えます」
「!」
「それってつまり──、サリアニケス討伐するには、ヤツの“拘束”と間反対の“自由”とはまた別の、複数の種類の原動力も必要になるってこと?」
「あくまで推測ですが……」
大人の原動力は原則1人一種類。
複数種類必要な場合は、複数人での分担が必要になる。あるいは、もともとそのスキルを習得しているか、そしてもしくは……あり得ないが、意思の原動力がワイルドカードとなる子供がこのバケモノと戦うかだ。
そもそもの話、自由が原動力の大人の魔導士は、相手を攻撃するための魔法を得意としない。それはボクが痛いほどよくわかっている。たとえ条件が判明したとしても、準備だけでも厳しいだろう。
「ありがとうフィルナス。これで私たちはきっと前に進めるわ」
「いえ、大したことは……」
「ところで、だけど」
アネット先輩はボクのデスクに敷き詰まっている書類の一番手前に広げられているものに目をやる。
「なんですか?」
「さっきからフィルナスがちらちら見ている資料に写っている子だけど」
そこには顔写真と名前、そしてゼルディッシュによる直筆の手紙が添えられていた。女性の顔、ミツキと似ているような、似ていないような。
「ああ、この子は新しい入学志願者ですよ」
「どこかで見た覚えがあるのよね」
「見た覚え……この子、ヴェスパですよ」
繰り返し狂気じみているが、事実だ。
「え・・・あなたヴェスパ専門の教師に見られてるの?大丈夫なの?」
「そんなつもりは一切ありませんし、大丈夫ではありません」
(実際のところ、そう見られている可能性については否定できないところがある。異種族、それもヴェスパを扱う前代未聞の教師など“孤独な意思”に悩むことになるだろう。助けてくれ・・・!)
「──というのは半分冗談ですが、この子はミツキくんとお友達のようです。既に剣聖ゼルディッシュ=レオングラム様が、彼女にはこちらと戦う意志がない事を見通していると」
「ミツキちゃんの、友達……」
「剣聖様によれば、その担当は戦術と戦略。しかしどうやら、例のサリアニケスはミツキくんを失って正気を失い、それを悉く反故にした。挙げ句の果てに始末されかけて、命からがら逃げてきたようですね」
「本当に何でもかんでも排除しようとするのねアイツは。この子も、ヴェスパでありながら月を落とす魔女と対立している……」
その名前は”ミツリ“──どうやら、子供でありながら戦術・指揮に秀でた才能があったらしい。しかし横暴な魔女“サリアニケス”の元でその才能が十分活かされることはなかった。
剣聖の“意思の見通し”によれば、自分の特技や才能が連日潰されるやるせ無さ、度重なる脳や心への負荷が、ヴェスパの他者と敵対し侵略する本能から解放されるに至っているという。
そして命を狙われ、向こうの魔女とは完全に対立し、もう殆ど人間の女の子に近い状態らしい。
身寄りを失った、傷ついた者をエオルーンは排除せず受け入れる。そして何故かお決まりのようにボクのクラスへと投げ込まれる・・・。
「あの・・アネット先輩。ボクは一体、どうすればいいと思います?正直言って発狂しそうです」
ボクはたまらずアタマを抱え込む。ボクがヴェスパなら既に過剰なストレスによってとっくに脳は破壊されている。
「た、大変ね、あなたも。でも、あなたのお陰でアルテアの解放に向けて着実に近づいていってるって、軍のみんなも話題にしてるわよ」
「解放……」
アルテア王国の解放……。
こうやって過ごすうちに、その考えが頭から消えかけていた。ずっと戦争が日常として続く異常な日常……。
ミツキくんのことも、ここまでの事態になる事を狙ってやったことではないが、それが巡り巡って敵陣中枢の自壊・瓦解に繋がっている。
ひょっとすると、“良好な関係を築く”ということは、それだけで途轍もなく大きな武器なのかもしれない。
バケモノと戦うのは専門外のボクだが、この戦い、個の圧倒的な暴力の力を見せつけるのとは別に、身近な者との関係性という話という視点の戦争ならば、今のところ、おそらくボクらは勝っている。
そしてボクだけではなく子供たちも、異なる種族を排除せず受け入れ仲良くするということで、勇敢に戦ってくれている。
(だとすれば……これはボクらなりの戦い方のはずだ。全く役に立てていないことなど、決してない)
「どうしたの?フィルナス、顔怖いけど」
「……すみません。何でもありません」
「それじゃ、私はリリアの様子を見てくるわ。あとは任せてちょうだい」
「ええ」
笑顔で軽く手を振るアネット先輩…。その表情には、“覚悟の意思”が表れている。きっと戦うつもりだ。決着を付けるために。
(・・・)
お互いに、無理をしようとしている。
気づけば、積もり積もっていた書類を真面目に全部片付ける時間は過ぎてしまっていた。だけど、そんなものよりもっと大事なもの、どうやらほんの少しだが、勝機が見え隠れしている。
その先には、軍から届けられるこんな書類の山からおさらばできる“真の自由”が待っている気がした。
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