第51話. 一回きりのチャンス
剣術の授業までの暫くの時間、俺は2階の図書館を訪れていた。
ここにはアストリア内外の様々な本に加え、閲覧に許可の要る魔導書や剣術書が置いてある。
俺は許可を貰い、大人が読むような剣術書を幾つか手にとる。戦闘に関する本は無数にあるが、まずは基礎からできるやつ、これだけは身につける必要があるものからあたっていた。
リリアも、俺も、みんな、いつか強くなってもその身は一つしかない。俺だけが強くなっても意味がなく、みんなで自分を、そして大切なヒトを守れるようになるのが理想だ。これからの戦いは、みんなでお互いに磨きあって強くなる必要があるだろう。
……これまで俺は剣の技術を磨くにあたって、俺はゼルディッシュ爺ちゃんと、あとはピコラスやミツキ、マッチングバトルでの経験を頼りにしてきた。だけど、それはみんながみんな同じ道を辿ることが適切なわけではない。
我流が入った自分の経験と、誰かに伝えるのに相応しい型、その情報はきっと違う。
みんなにも、必ずいいところや、眠っているワザがあるはずだ。本から得た内容で俺に何か感ずるものがあれば、それを引き出してあげたい。
剣術の本を幾つか辿ると、必ずシルベニアに行き着く。間合い、疾力の入れ方に疾さやタイミング、腕だけでなく足の動き、そして正しい構え、シルベニアでは剣に必要なあらゆる事が研究され尽くしている。遠いけど、ずっと行ってみたいと思っていた国だ。
そして、ページをめくってると、何度も出てくる名前がある。子供がいきなり頂点にあやかるというのは生意気に思われてしまうかもしれないが、それでも“最強”というのはかっこ良くて憧れてしまう。
ものすごく気になるけど、この人は自分では本を書かないんだろうか。
そして、ひょっとするとバトルドームのトップにも、居るんだろうか……。
この人に直接剣を教わる事ができたなら、俺はもっと──!
(いかん、ずっと読んでいたいけど、授業に遅れてしまう)
(……)
武器といえば……。
(そういえば、あいつさっき杖を持ってきていなかったな)
さっきどころか、ここ数日俺といる時、杖を置いてくる事が続いている。
はっきり言ってあいつは油断しすぎだ。最近好調らしいけど、そういうのを利用することがありそうなのがきっと虫の厄介なところで、何があるかわからない。
リリアはたぶん、授業が始まるギリギリまで庭園でのんびり休んでいるだろう。どうしよう、取りに行ってやるか。
……
……いや、直接伝えよう。あんましあいつを甘やかすのはたぶん良くない。
図書館から出て、廊下を抜けると丁度2階のバルコニーから庭園の方面を見渡せる。
たぶん今ぐらいの時間なら……。
(また、てんとう虫か。最近よく見るな)
・・・
穏やかな日差しに照らされる、木々や花々、澄んだ池泉の自然豊かな景色。
そこに、絶対居てはならない存在。
この場で自分の目で実際に見るのは初めての、ヒトの骨格を持つハエの化け物…。
そして襲われているのは──
もはや思考する暇はなかった。俺はショートソード“アルタイルエッジ”を抜刀し、バルコニーの手すりを乗り越え、思いっきり踏み出す。
俺は魔法が得意ではない、だけど縛られるのがあまり好きではないからか、どうやら“自由の意思”、風の魔法には適性があるようだった。意識を集中させ、着地のタイミングに合わせて身体を軽くし、その身を受け止める自由なる風の足場を生成する。
流石に衝撃はある、がなんとか耐えられる。
そして、俺はすぐさま全力で駆け出した。
少しばかり距離がある。
その距離をただ駆けていては間に合わない。
「てめえリリアに近寄るんじゃねえ!!!!!」
ヤツは動きを止める。
俺はいつか、この時が来るんじゃないかって思ってた。
自分の武器は“剣”。こういう時、走ってたどり着いて攻撃するんじゃ、アイツらに届く前に救うことができない。
だから、コレを何度も試した。
走りながら剣を両手で思いっきり振りかぶり、大気の渦を起こす。円盤のように圧縮させ、遠くの相手に思いっきりぶっ飛ばし、意思をぶつけるイメージ──!
今の俺の感情は、純粋な自由の意思じゃないけど、湧き立つ怒りも、守りたい意思も全部丸ごとぶつける。子供の原動力がワイルドカードだっていうなら、使える意思ははなんだって使う!
“アストラルブレード”──!
意思の乗った円盤は朝焼けのような黄金の光を放射状に放つと、鋭く回転する星のような形状となり、標的へと飛来する。
そして、ヤツの背中へと命中する。
これでダメージは期待はして居ない。だけど注意がリリアから逸れ、ケンカが売れるなら十分だ。
そいつはこちらを振り向き、不気味な蝿の顔をこちらへと向ける。
空気抵抗が少なそうな、独特な形状を示す漆黒の平たいボディ。6本の脚と、相手を突き刺すのに適した、まるで騎士が持つランスの様な特徴的な腕。そして、膜の様に薄く滑空するのに適していそうな翅。
おそらく、その特徴から感知されずに潜り込めた、そういうタイプのヴェスパだ。
たぶん、その形状から一度スピードが乗るとコイツは捉えられない。仕留め損なって長引けば勝ち目はないだろう。
この勝負は、一瞬で決まる。
「リリア、下がっててくれ」
幸い、リリアはどうやら傷ついていない。
俺が声を発すると、ヤツは体躯をこちらを向かせ、その得物、ランスの様な腕を掲げこちらに照準を定める。
距離がある状態でのランスとの戦い、基本的には剣が不利となる。
それは、ミツキとの試合でわかっている。まず、剣は間合いに入ることが必須。だから、相手はそうさせない様に振る舞う。
もう、お互いの武器が届く距離──
こちらに向けられた鋭く尖ったランスが射抜かれる、その動き・軌道──俺の脳天を貫く軌道だ。
それを剣先を使い、先端を逸らし受け流す。
余分な力はいらない、ミツキのように、柔らかく受け流すワザの応用だ。だが槍は即座にもう一撃が来る。その間の一瞬で決める。長引けば勝ち目はなく、コイツの槍の攻撃に対して、俺の剣は一回だけチャンスがある。
そのヴェスパはリーチを活かすべく、翅を使い俺から距離を取ろうとした。
これだ、
この動きを待ってた──!
俺は力一杯脚に力を込め、大きく踏み込み間合いを詰める。
ヤツは、スピードと頑丈さはあるだろうが、大きく、重い。だからその着地は一瞬だけ硬直する。その瞬間に…。
懐に、入った──
俺は渾身の力を込め、頭部に向かいアルタイルエッジを振るう。
が、腕の一本が阻み、その剣を受け止める。
敵が次の動作に移る前に決める!
「リリア!力を貸してくれ!!」
(──!)
(私にはいま、杖はない)
(魔法を使うには願いのチカラ、血筋、そして触媒)
(触媒は──)
(──ある)
ヴェスパからの、反撃が来る。
腕の一本が俺の顔面を鷲掴みにしようとするのに対応し、俺は身を低くし、勢いをつけながらスライディングする形で腹に潜り込んだ。
(俺は──)
(絶対に誰も傷つけさせない!リリアも、みんなも!)
“グランストライク”!!!!
その剣身は銀色の焔を纏い輝き、潜り込み腹部から上空へと打ち上げるように黄金の意思の光と共に渾身の剣撃を放つ。
その後には、手を掲げるリリアの姿──
毎日鍛錬し、必ず手入れを怠らないレインの“ショートソード”。剣聖ゼルディッシュ=レオングラムと同じ武器は、触媒として機能するのに十分な意思を宿していた。
意思を宿した剣撃からヴェスパの腹部へと伝わる銀の焔、そして黄金の閃光。それは弾けるように全身へと迸ると、ヤツは間も無く崩れ落ち、灰となった。
夢中だったが、気づけばどうやら周りには教師、生徒がやってきている。
ただ、静寂に包まれ、様々な複雑な意思が混沌と渦巻いているようだったが──
「大丈夫か、リリア」
「うん、平気……」
その声に心の底から、安心できた。
俺はもう、その言葉だけで十分だった。
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