第50話. 自称大冒険ストリーマー ライル
「たいへんだ・・」
──ミツキが去って暫くした後、サリアニケスは自身に飛びかかった者、近くにいながら傍観していた者、指示に従わなかった者を好き勝手に、その能力で生み出した宝石の牢獄の中に押し込んでいた。
その一連の様子。起こるまでの出来事を覗き見ていた、“小さな瞳”。
それは、玉座の周囲に無造作に積み上げられた財宝の数々──その中に埋もれるようにして、"彼"はいた。
拘束されし者を決して逃がすことを許さない、宝石の格子。その中から、彼はこの玉座の間で起きた異変を覗き、その様を自身の小さな手に持つ媒体に刻んでいる。
そして、存在を悟られない程の小さな声で呟くように、媒体──すなわち通信端末に向かって彼は話す。
「…みんな」
「みんなみえてるか?オレ、大冒険者 ライルだ」
小さく、けむくじゃらな身体。大きな耳、目の周りを覆うアイマスクのような黒い紋様、縞々の尻尾。それはいわゆるアストリアにおいて、通常言葉を話さないはずの”アライグマ“と呼ばれる生物の外観をしている。その目つきは少々悪く、首元にはスカーフ、冒険者らしいショルダーバッグを装備している。
そして、彼──自称大冒険者”ライル“は、その指を人間のように器用に動かし、通信端末の撮影機能を用いて世界中に情報を発信するユースタシア製の魔導機械の媒体を使いこなしていた。
「しくったぜ、大冒険者ともあろうオレ様はミスってヴェスパどもに捕まっちまった!」
通信端末の画面には眼前の異形の虫の怪物が映し出されている。が、どうもその画面に表示される文字や映像の挙動はぎこちないようだ。
ライルはひっそりと小声で続ける。
「でも、どうやらアイツらは喧嘩してる。リーダー格っぽいヴェスパの女同士で、むちゃくちゃ仲がわるいみてえだ」
「……やつらの大きい方はクソみてえな極悪魔女だ。一方の女の子の方は……なんでだかわかんねぇけど、人間をかばうようなことをいってるみてえだな。どうも弓矢みたいなので他の虫を操ることができるらしい。さっき怒ってここから出ていっちまった」
「だから、その、オレを助けるチャンスだぞ……」
端末に写しだされる画面は、かくついた映像のまま、特段の反応はない。彼は自身を拘束する牢屋から、ヴェスパの巣と化したこの城からの救出を望んでいるが、どうやら妨げられているようだった。
「だめか……ここじゃ瘴気が濃すぎてどうにもなんねー!」
(あのクソ魔女のせいで雰囲気が悪すぎるんだ。瘴気があるとうまく通信ができねえよ……)
「でも……記録は残さなきゃな」
ライルが端末を掲げ、牢の中から前方の映像を録ろうとすると、この状況をもたらしたヴェスパの魔女がライルのもとへとコツン、コツンと足音を立てながら近づいてくる。
彼は急いで端末を鞄へとしまい、代わりに目玉のついたおもちゃのようなボールを取り出し、両手で抱えた。
「おい!」
「なんかここら辺から“クソ魔女”って聞こえたような気がするが、お前か?」
「きゅるる」
そもそもアライグマはそんな言葉を知らないし、そもそも喋らない。ライルはそういった顔をする。
「……」
「目つきの悪い獣だね」
牢の中でサリアニケスを見上げるライル。睨んでいるように見えるが、彼にはそういう意図はなく、そもそもそういう目つきをしていた。
あとは精一杯、無害であること、害ある獣ではない意思を伝える。
「きゅるるるるる」
「あざとくってきもち悪……」
(ひでえこと言うなあ)
「ふん、プライドを失った情けない獣だこと。ツェグロース!コイツに餌をやりなさい!」
サリアニケスは部屋の隅で関わることを拒むかのように縮こまるツェグロースに命令する。
彼は傍観者では在ったが、サリアニケスにとって怒りの眼中の外におり、牢獄入りを免れていた。
(害獣の世話じゃと……?職場を辞めようと思ったのにしょーもない仕事を与えられてしまった……)
ツェグロースは渋々とライルのいる檻のもとへとひょこひょこと近づく。ただ、その容姿の詳細はとある罪状により観測されることを拒んでいる。
(うわっ)
(全身変なもやのかかったやべ〜魔物を発見しちまった!)
(しかも……)
(称号までついてる…なんだコレ、『女性の敵』?一体何やったんだコイツ??とりあえずヤベ〜モンスターにはちげえねえ!)
「きゅるるるるる」
ライルはきらめく純粋な瞳のまま、目玉のついたボールのおもちゃをツェグロースに向ける。
「……」
「近くでみるとかわええなこのアライグマ」
(よし、ばっちり録画完了!“アストリア珍妙モンスター動画コンテスト”に投稿してやるぜ!!ライル様のチャンネル登録者数は鰻登りだ!!)
(助かったら……だけど)
(コレ、どうやって出たらいいんだ)
──
エオルーン魔導学校──
今日は珍しくミツキちゃんは休みのようだ。
お昼休み、私は庭園から校舎へと戻る道をのんびりと歩く。暖かい陽の光に照らされ、清々しく風が吹く。さっきまで一緒にいたレインは、男の子の選択授業である剣術の授業に先にいってしまった。
最近、彼は遅くまでバトルをしているみたいだ。成長するためには早く寝たほうがいいのに……。このあいだあった時はちょっとびっくりした。本当はもう少し話したかったけど、彼はそそくさと出ていってしまった。
レイン……彼はどうも、私といっしょに戦えるようになるために焦っている意思を感じる。
──でも、
私からすれば、本音をいうと、とにかく無事でいてほしい。剣術に自信のある人がヴェスパに近接で挑んで、やられてしまった人は沢山いる…。背後から別な敵にやられたり、予想を超えるステータスに心を折られたり……。
奴らのやり方は闘技場のようなフェアなものではなく、些細な欠点があれば巧みに利用して相手を傷つけようとする。
大切な人……絶対に失って欲しくないものがあれば狙い掬い取り、全力で守ってみせるという動きすらも逆に利用してしまうのがアイツらだ…。戦場で一緒にいると、きっとそれが必ず出てしまう。
もちろん、一緒に戦いたいと願ってくれる気持ち自体はうれしい。でも、彼はあまりにも真っ直ぐすぎて、それが怖い。そこは好きなところではあるけど、どうしても戦場で見た凄惨な光景と重なってしまう。
彼が危険な目に遭わなくて済むように、余計な心配をかけずに済むように、もっと強くならねば。
そろそろ、教室で風の魔法についての概要を教わる私の選択授業が始まろうとしている。
もうすぐ校舎だ。
私は外の通路で足を進める。
お昼休みが始まった直後はそれなりに賑わっていたこの場所──。
みんなは既に教室にいるのか、周りには誰もいない。
(・・・)
なにかが、
ヘン。
心拍が跳ね上がる。
そんなはずはない。
これは戦場で感じるあの感覚。
だけどありえない。彼らは移動する時、通常翅を使い、その独特な羽音は小さくても感知される。その姿も探知の対象だ。そして即座に皆に知らされる。
これを私は信頼していた。
最近少し油断していたのもあったのかもしれない。いまはヴェスパと戦うための“銀の焔”を使うのに必要な杖“ハーモニクスヴェガ”を教室に置いてきてしまっている。
私は恐る恐る後ろを向く。
そして、そいつは居る──
大きく、漆黒の平たいボディ、通常のタイプとは異なる、空気を打ち羽ばたくものというより。鋭く切る形状の翅。突進し対象を突き刺すのに適した槍のような腕・・・。
私は直感した。
感知を潜り抜ける。“ステルスタイプのヴェスパ”──
不気味な顔で、こっちを見ている。
(しまった)
(私は・・・杖がないと・・・)
次の瞬間、ヴェスパはこちらに距離を詰めている。あの独特な羽音はせず、静かに空を切る。
「あ…、ぁ…」
叫びたいけど、
うまく、声が出ない
それはふわりと浮かびこちらへと来る。もう、触れられる距離に・・・。
つまづいたのか、脚から力が抜けたのか、私は思わずへたり込んでしまう。
息が浅く、力が上手く入らない。
(誰か!!)
AI非使用




