第48話. 赤ちゃんはどこから来るの?
(ミツキ様・・・これは、”揺るぎない意思“・・・)
(ここで、一体何が・・・・・・)
(しかし、ここまで来て引き下がるわけにはいかない!)
「こちらです。ひとまず、人目のつかない場所へ」
レイオットは触角を魔法で覆い隠し、建物の影となる場所、人目に触れない場所へと誘導する。
わたしは乗り気ではないが、言い分だけは聞いてやろうと渋々移動する。
彼の表情には余裕はなく、どうやら焦っているように見えた。
「サリアニケス様からの伝言です」
サリアニケス・・・この国の城のてっぺんで、我が物顔をしているヤツだ…。
「なに?」
「『私はもうこれ以上待てない。直ちに戻らないようなら、どんな手を使ってでも、お前を繋ぎとめているものを排除する』と・・・」
「・・・・・・」
アトラデネブ──
深紫に輝く結晶——それは形を変え、自らの武器として一撃が加われば、その者は抱く好意に応じた僕となる。
同胞である紳士、レイオットも、その例外ではない。
「ままま、待ってください!」
彼は慌てて、攻撃をやめるように乞う。
「キミはどうなの?レイオット。どう思っている?」
「私はミツキ様が傷つくことを望みません。なのでここは一旦ご同行をお勧めします!サリアニケス様の気まぐれな強行を無視するのは危険です!」
サリアニケス、魔導士としての力や能力はともかく、その性格、ふるまいは自己中心的かつ横暴そのものだ。従わなければ身近なものへと危害が加わる。
「耐えかねたサリアニケス様は既に本来指揮権のあるミツリ様を無視し、複数回無理な進軍をさせ返り討ちにあっています…。今あの方を止められるのは貴方だけです。……ここはどうか、お願いいたします」
このままだと起こりうる事態、それは最早天秤にかけられるようなものではない。私は答える。
「…わかった」
「!……今からであれば間に合いましょう」
レイオットは安堵の表情を浮かべる。
(よかった、ミツキ様の事情は知りえないが、ひとまずはなんとかなりそうだ。しかし・・・ミツキ様が、どうしてこの様な状態になっているのか、理由を尋ねるのは危険だろうか?)
レイオットが顔色を窺うようにミツキの方へふと目をやると、彼女はぽつりとつぶやくように口にする。
「レイオット、訊きたいことがあるんだけど」
「如何なさいましたか」
「わたしは・・・・・・どうやってうまれたの?」
ミツキはまっすぐ、真剣な表情でそう尋ねる。
(・・・・・・)
彼は呆気にとられた様子で、暫くの沈黙が流れた——
「コウノドリが運んできました」
「へ?」
予想だにしない返答に面食らう。が、彼は大まじめなカオをしている。
「それなんか人間が言うことと違う様な…」
「人間の供述ですか……我々の巣には、よくオークやゴブリンなど他の魔物も侵入してきます。全くもって良い迷惑、恐らくは風評被害というヤツです」
「そうなの?」
「いいですか、自分の目で確かめない人間たちのウワサなど真に受ける必要はありません。ミツキ様は、コウノドリによって運ばれてきました。よいですね?」
(なんだか、彼から"揺るぎない意思"のようなものを感じる。なんかもう、そういう事にしておこう・・)
──
アルテア王国領 オシウス砦 幹部食堂──
私は、メルキス、そしてアネットと共に食堂で昼食をとっていた。食堂には様々なメニューが存在するが、隊員にとっては東方の大陸より伝わったとされる穀粒を用いたカレーが定番メニューだ。基地によってその特産が盛り込まれるなど内容は異なっている。
しかし、今日は丁度タイミングが良く、3人とも特産小麦を用いた“三日月パン”のちょうど焼きたてにありつけた。
「──というわけよ、アリクス」
アネットはひとしきり話した後、ハーブティーを口にする。
(ちょっと待って情報量多すぎない?)
その内容に私はたまらず頭を抱え込んでしまう。
メルキスが得た情報。そしてアネットが持っているリリアに関する情報──そこにはリリアが通う学校のフィルナスという担任教師から得た情報も含まれている。どうやら、彼を含めた教員にはゼルディッシュ=レオングラム…意思を見通す剣聖から直々にこの件に関する通達があった様だ。
それらを照合させた結果、今起きている奇妙な事態が判明する。
どうやら、銀焔の魔導士リリアと、女性タイプのヴェスパの子供“ミツキ”という子は、レイン=レグナスという男の子と三角関係に陥っているらしい。
リリアの精神状態は、ヴェスパに対する特攻である銀の焔の火力に直結している。彼女自身が放ったものだけでなく、それを兵装として応用した場合も同様だ。つまり彼女のメンタルの状態はヴェスパに対する兵の攻撃力そのものと言っても、言い過ぎではない。
もし彼女が精神的なショックに陥れば、戦局に著しい悪影響を受ける。つまり、何かの拍子で失恋するようなことあれば我々は危機に陥る。危険極まりない状態だ。
「メ、メルキス、これはとても重大な事態では…」
「だから言ったろ、一応あれは忠告のつもりだよ」
随分と回りくどい言い方で忠告してくれたものだ。
「一応、私もこの間伝えたんだけどね、アリクスに。あの時貴方はこの砦への武器の配備で忙しかったみたいだけど。ま、ひとまずは貴方より適任なヒトが解決してくれたから」
アネットは淡々と言うと、ハーブティーをもう一口。仄かな怒りのマナを感じる。
(そうだっけ…)
ただ、確かにあの時私は精一杯だった。極めて重要な拠点にも関わらず武器の配備が遅れていたのは失態に外ならず、辺境近くだということが言い訳にならないくらいに失うものは大きい。だからこうして現在ここに集い、なお補い続けている。
「む…メルキスも、さっき最初に言っとけばいいだろ?」
「アリクスがそっぽを向く様だったら言っていただろうね。どの道キミはこれと向き合わざるを得ない」
どうやら、イヤでも逃れられないようだ。
(どうする…私が知ったところでなんとかなるのかこれは)
「正直言って、だが・・。私はこういう話は得意ではない」
自分の管轄外で背伸びしても仕方がない。私は正直に胸の内を打ち明けた。
「でしょうね」
「だろうね」
(自分で言い出しておきながら速攻同意されると、ちょっと傷つく)
嘆いていても仕方がない、これは逃げられない自分の得意分野外のこと。わからないことは、わかる者に尋ねよう。それらしく。
「その上で、その、戦況といっていいのかわかないが、最悪な事態は免れているということでいいのか?」
「おやおや、一旦拒んでおきながら随分と食いついてくるじゃない」
メルキスは悪戯そうに笑ってみせる。が、私は真剣に訊いたつもりだ。
「当たり前だ、焔が使用不可になることなど絶対に想定に入れたくはない」
「安心して。フィルナスによれば『手出し無用』って感じみたいよ。リリアとミツキっていう子も、ヴェスパだとわかった上で友達として関係を保っていて、仲は悪くないみたい。今のところは」
最悪のケースも半分覚悟してはいたが、幸い、状況は想定よりも随分良いみたいだ。
「そうか……」
「頼んだよ、君の決定は国の・・アストリアの命運を左右しかねない」
「肝に銘じておくよ」
「ところで、だが」
私はもう一つ、重要な事項を確認することにした。
ヴェスパの生態のこと、女性タイプのヴェスパの概要についてだ。
彼女らは人間とは違って極めて数が少なく。ヴェスパの組織体系のほぼ頂点に君臨している。表に出ることは少なく、巣の最奥にいるとされ報告例は極めて少ない。巣の奥は基本的に瘴気が立ち込めており、人間がたどり着くことが難しいからだ。
だが、ほとんど人間に近い容姿をもっていて、ヒトの世界に溶け込んで行動することがあるらしく、まれに報告があがってくる。
共通点として、その容姿は皆美しい・・・。まるで童話に登場する王女のように。
報告によれば、彼女らはみな魔法を凌駕するといわれる力、"王家の血筋"の特殊能力を有している。戦略において極めて危険となりうる要素で、その能力を看破しない限り、通常の兵ではまず太刀打ちはできないだろう。
そして、そういったヴェスパの頂点は、人間に近いだけに銀の焔ですら十分効かず、決定的な有効打になりえない。銀の焔は人間や、ほとんど人間に近い者にはそのヴェスパへの特攻の力をうまく発揮できないのだ。
「女性タイプのヴェスパということは・・まさか、彼女も"王家の血筋"の能力をもっている?」
「そういうことになるでしょうね」
まさか、と思う。
問題は、そのルーツだ。ひょっとすると、何かの情報を手掛かりに能力をおおよそ事前に割り出すことができるかもしれない。
「ミツキ=ディアナ。その顔を見れないか?」
「いいわ」
アネットの通信端末に表示された彼女の生徒証の写真。
それを見て、嫌な予感は的中してしまう。
「これは・・・・・」
「みんな、同じことを思ってるわ」
「ミツキ=ディアナ。彼女の顔は、"アルテアの王女ヴィスカ"様の子供時代に酷似している・・・」
だが、それはあり得ない話だ・・・。そうならないために、我々は全力を尽くした。
「いや、そんなはずはない。あの城は現在"閉じて"いるはずだ・・・誰にも手出しはできない」
アルテアの王女、ヴィスカ様は、城の奥深くで現在封印され眠っている。
そして、いくら無数のヴェスパがいたとしても、たどり着くことはできない。
あの場所は、そういう仕組みになっている。
(この子はいったいどうやって生まれたんだ・・・・・・)
「そうね……だけど似ていることは確かよ。もし、あの子に王家の血筋の能力があるとすれば、おそらく、"紫水晶"の能力」
「紫水晶……」
アルテアにおいて、歴代の王家が持つ能力——
「王家の血筋の能力は、個人ごとにその詳細は違ってくる。正確にはまだ分からないけれど、きっと彼女は"愛情"に関連する何らかの能力を持っているでしょうね」
「三角関係で、"愛情"に関連する能力を持っている・・・」
「そう、本来ならばものすごく危険な状態。だけど、剣聖様の見通しによれば、その上でどうやら意思により力を制御し、均衡を保っている。ヴェスパにとって本来ならばありえない奇妙な状態なの」
「奇妙、か…確かに聞けば聞くほどそう思えてくるよ」
「どうも、なにかのショックで頭やココロに過剰な負荷がかかり続けると、ヴェスパはその繁殖や侵略の本能から解き放たれる。そして彼女自身で運命を決めて歩んでいるとしか思えない」
「……」
恐らく、複雑な三角関係の中で起きた強烈な心の波が、結果として女性のヴェスパをほとんど人間に近い状態に変えた。
その中には、脳への強烈な負荷となりうる"失恋"を感じさせるような心の揺らぎもどこかであったのかもしれない。
本来、女性タイプのような、ボス級のヴェスパは、戦場に現れると武力では止めることがまず敵わない。それはあまりにも多大な損失を生む。
しかしこれは、これまで誰も倒せなかった、成しえることが叶わなかった、銀の焔ですら十分効かないボス級のヴェスパを、力以外で倒す唯一に近い方法なのでは・・・・・・。
「……もっと、情報が要る」
「すっかりお熱みたいだね。悪いけど彼女には先客がいるよ」
「わかっとるわ!そういう意味じゃなくてだな…戦略としての、こう…」
結局、気づくと彼のペースに巻き込まれている。いつもこうだ。
「はいはい。ま、手出し無用とはいっても、不測の事態に備えておく必要はあるだろう。子供たちのプライベートに踏み込みすぎない程度には、情報を追わせてもらうよ。いっしょに学んでいこうね」
(やかましいわ。国の命運に関わる情報だとはいえ、もうだいぶ踏み込みまくってるけどな、メルキスくん)
つい先日まで一方的に攻め込まれていた、このオシウス砦。いつの間にか私の意識は、その先に或る要塞、そして敵の頭が君臨するアルテア城へと移っていた。銀の焔を通すには、城を纏っている瘴気を吹き飛ばさなくてはならない。希望を持ち、見通すことが必要となる。
そのための鍵——それを軍師がほとんど不在に近い状態で、自分たちで考え抜き、道筋を示してくれた者たちに敬意を表したい気分だった。
(──そして……レイン=レグナスという生徒…。きっととんでもないヤツなんだろうが、もしキミがカス野郎でないのなら、いつか責任を取って、ケジメを付けろ)
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