第37話. THREE IN THE BLACK
「おまたせ!」
ボクが現地で待っていると、アネット先輩がやってきた。
いつも三角帽子で女性魔導士らしい仕事服ばかり目にしていたが、今日は久しぶりにみる、先輩の私服姿。黒を基調としたトップスに落ち着いた色合いのスラックス。華美な装飾はなく、互いに動きやすい服装で来ている。
なんだか、大学時代を思い出す・・。
「それで、いつものところですね?」
「もちろん!」
“BAR ハンターズムーン”──
座り込んで重い話続けていると、気が滅入りそうだ。
大事なことを集中しつつ、緊張感をもって、尚且つスカっとしながら話すなら。ここしかない。
昔から変わらない店内・・・。色とりどりの酒瓶に、洒落たミュージック。修行目的や交流目的で訪れる客でにぎわっている。
そしてボクらは、夜空に満月の映像を映し出す、魔道機械の前に対峙した。
そこには、中心に狭い二重の円を備える放射状の的。
そして、手にする。違う色、きっちり3本ずつ。
(悪いですが、僕の腕はなまっていません。今はちょっとむしゃくしゃしているので、勝たせて貰います)
当時、ボクたちが選択するルールはいつも決まっていた。そして今回も当然のように。
“イーグルズアイ”——
これは、"ダーツ"のど真ん中、ブルエリアをぶち抜かないと、1点にもならないルール。
当時、僕らは大事な話をするとき、いつもここで、このルールに興じながら、話し合っていた。
僕は滑りだすように一投目を投げる。ど真ん中、よりちょっと外側、いわゆるシングルブル。
「なんか、あなた凄い自信ね。まだ通ってたの?」
「秘密です」
「む~・・・なんかむかつくわね」
「先は長いです。本題に入りましょう」
一投目はいける。難しいのはここからだ・・・。このゲームは、二投目から別次元に難しくなる。
「それで、フィルナス。まずは、リリアたちの関係を理解する事が必要だと思うの」
「そうですね・・」
「心当たりがあるっている、レイン君のことだけど、具体的に何があったの?」
(・・・)
ボクはまず、レイン君のことを知っている限り話した。
少なくともこれまでは校内でそれほどリリアと仲が良さそうな様子はなく、今回のことは、急だった。
そして、疲弊したリリアを心配してボクの前に立ちはだかった事。その様子──
二投目、三投目は、あらかじめ刺さっていたダーツに弾かれる。そして、アネット先輩も同様の結果、彼女も腕はなまっていないようだ。
「なるほどね…」
「よく見ているわね、レインくんは」
あの時彼から感じたのは、彼女に対する好意というよりも、僕らに対する不満…いわば怒りの雰囲気。そして──
相手をかばい、守ろうとする、“庇護の意思”の雰囲気。それは、アネットの原動力でもある。
「きっと、レイン君は、リリア=アリアが兵器同然に扱われながら消耗していく様を見ていられなかった…。素直に戦場で頑張り続ける彼女が当たり前だと錯覚していて、ボクも甘えていました。ほんの少しでも悩みを聞いてやることは、できたのに」
「——正直言って、私もあの日はかなり反省したの…。子供とはいえ、痛いところを突かれているわ…。彼は、私たちのヴェスパとの戦いにおける問題の本質を突いている」
「ええ…」
少し、手に力が入ってしまったか、ボクらはダーツの的のど真ん中、ブルをかすめて逃してしまう。たとえ惜しくても、このルールでは一点も入らない。
「リリアちゃんの魔法は凄いけど、でもそれだけじゃ戦局を打開できそうにない。ここのところ、押されてギリギリで耐えて巻き戻す。同じことの繰り返しが続いていて、私にもどうすればいいかわからない…」
”誰もやらないから彼が出てきた“。この事態は、大人たちのリリアに対するメンタルケア不足が招いた、半ば必然と言えるだろう。そして、レイン君の”庇護の意思“を、あの時リリアは受け取った。”相手に気持ちを伝える魔法“として。
”庇護の意思“による相手に気持ちを伝える魔法──
それは実は、ボクも受け取ったことがある。
大学時代──正直言って他人との衝突や競争を避け、恋愛沙汰に関わるのがニガテでしかなかったボクにとって、アネット先輩の庇護の意思がなければ、“フィオリナ”と暮らす事ができる、今の日々はなかっただろう。
言葉を交わす時間自体はアネット先輩との方が圧倒的に長かったが、誰かのキズをかばい、守ろうとする“庇護の意思”に生きる者は、大抵はいちいちその見返りは求めたりしない。だからこそ、人の心を動かす。
だけど——そこには自己犠牲の精神がある…。その背中を見て、いつか何かのカタチで恩を返したいという気持ちは、よくわかる。その気持ちを、ボクは知っている。
かつて、ひよっこだったボクを庇って面倒をみてくれた当時のアネット先輩。そしてあの時…僕の前に立ちはだかってきたレイン君。なんだか二人が重なった様な感じがして、リリア=アリアのレインに対する気持ちが、少しだけわかったような気がする──
ボクは少し勘を取り戻したのか、再びブルが入るようになる。一投目はいける。だけど、先客がいると、その後で入っていくスペースはほとんどなく、立て続けに弾かれる。
「それで、ちょっかいをかけている子…の方はどんな子なの?」
「ミツキ=ディアナ。入学時目にした彼女の境遇は皆のものと似ているようです。しかし、彼女は明るく、とてつもなく器用な子ですね。途中入学したばかりですが、既にクラスに打ち解けています。」
ただ、彼女をレインの隣の席にしてしまったのは、ミスだった。こんな事態になるとは、正直想定していなかった。
まぁ、いくらでもやりようはある。
「それと、これはボクの勘ですが」
「ミツキ・・彼女の方がレイン君とは波長が合うでしょう。今の時点では」
「え・・・それ言っていいやつなの?」
「ごまかしたって、どうにもなりませんからね。あくまで、今の時点でのボクの直感です。まぁ子供ですし、いくらでも成長するでしょう」
「あんたもそういうこと言うようになったのね」
(!!)
2本目が、入った!的の中心、ダブル・ブルに、二本。
集中はすれど、強く意識はしていない。無理に狙いすぎると、先客に逆に弾かれる。
物理的に、二つ、三つまとめてど真ん中、というのは成立しないのだ。
だから、狭い的のグループの中でも、それぞれの位置を明確にして、距離を取ってやる必要がある。
「それで、作戦だけど、あなたには何か考えがあるの?」
「そうですね・・・」
いくつか、作戦の案が挙がった。
その中のひとつには、ミツキを別のクラスに飛ばしてしまえばいい、との先輩の提案もあったが・・。
教師は、子供たちの運命を好き勝手に操作するような、神ではない。
子供たちの世界は、あくまで子供たちのものだ。
場をつくってやり、与えることはすれど、そこから先の未来は、子供たち自身で築いていく。
観測はして、願いがあれば、できる限り聞き入れてはあげる。
影響力の大きい者に目が向きやすいが、たとえ立場が異なっても、願いがあるなら、聞き入れてあげる。
ミツキだって、なにかしら"願い"…レインにちょっかいをかける、その理由があるはずだ。
知らずに弾いたりはしない。案外、そこに見いだせる絶妙な"道筋"があるかもしれない。
「僕は、"フェア"にいこうと思います」
僕の3本目のダーツ、最後の一投。
自然に、溶け込むように、調和を図る。
自由に流れる、風のように——
その一投は、見事目的の中心の部分を射抜いた。
「あなた今、風の魔法使わなかった?」
「!…べつに使っても使わなくても、今のは結果はおんなじです!」
3本のダーツ…それは中心"ダブルブル"の小さな的の中に、お互いほんの少し距離を開けて、綺麗な三角形を描いていた。
AI非使用




