第36話. リリアの様子がおかしい
アルテア王国領内 カルカヌ高原──
オシウス砦での勝利後、勢いづいたアルテアの兵士たちは、リリアの銀の焔を継ぐことによって、前線を推し進め取り戻すことに成功していた。この高原は、攻める際は視界が悪く移動を阻み進軍を遮るが、抑えれば地平線を見渡せるほど開けた場所に出る頃が出来、頭上から見下ろせるとともに、敵接近を把握しやすくなる構造になっていた。
この場所みたいな重要な防衛の拠点が戻れば、人々に余裕が戻り、それによる瘴気の消退を見込むことができる。それは、ヴェスパへの唯一の特攻である、銀の焔の力をより強め、広げるための良い循環となる。
だけど・・・。
「おつかれさま、リリアちゃん」
「うん・・」
アネットは、戦闘を終えたリリアの背中をそっと叩く。一方、それに対するリリアの返事は、どことなく気が抜けている。彼女はぼんやりと、遠く・・高原から見渡せる地平線を眺めているようだ。もうじき、日が沈もうとしている。
(最近、どうもリリアの様子がおかしい・・)
まず、今日・・いや、ここ最近だけど、彼女は作戦に全く集中できていない。そして、意思の力のムラがあまりにも激しすぎる。彼女は子供だから、意思の原動力は"ワイルドカード"。感情の原動力がほぼ固定されてしまう大人とは違って様々なポジティブな感情や、ネガティブな感情、多種多様な感情を魔法の原動力に出力が可能だ。だけどその内訳は、最近特に混沌としている。
敵に対して八つ当たりみたいに"怒りの意思"をぶつけたかと思えば、次の日には別人みたいに優しく、傷ついた人をいたわろうとしたりする。気持ちの安定…一貫性を、欠いている。ちょっと前は、彼女を頑張らせすぎてしまって申し訳なかったことがあったけど…、今のこれは、多分、"それ"とは違う。
これは——
経験上、100%間違いない・・・。
「リリアちゃん」
アネットは、あてもなく遠くをみつめぼーっとしているリリアに語り掛ける。
「?」
「ひょっとすると、だけど」
「もしかして、『気になる人』ができたんじゃない?」
「ぎくっ」
彼女は頬を赤く染め、なにやら困惑するようにもじもじしながら、ごまかすように背後へ広がる景色へと再び目を戻す。夕暮れの空には、星が灯りはじめていた。
この状態で、これ以上掘り下げるのは、危ない。
——と、アネットはそう判断した。意志の力で戦う魔導士にとっては、心の安定は何より優先される。ほんの些細な傷は、彼女を変えてしまう。
「・・・」
いつか、訪れるとは思っていたが・・・。
ついに、この時が来てしまった。
ここから先は、更にデリケートな領域。
早急に対処が必要だ、"彼"の協力が必要だろう・・。とぼけていたらぶっ飛ばしてでも、仕事をしてもらうしかない。これは最悪の展開を辿ると、人類の危機に直結する。
エオルーン魔道学校、職員室——
(帰りたい・・)
長い長い会議が終わり、自らを出迎える書類の山に答案用紙、子供たちのレポートの数々。
リリアのクラスの担任である教師 フィルナスは、いったん向き合うのをやめ、メガネを置いて机に突っ伏していた。こうしていると、"自由になりたい意思"が湧いてくる・・。現実はまぎれもなく物理的に束縛されているのだが、この状況が風の魔法の原動力を沸き立たせていた。絶望せず、諦めさえしなければ、それは瘴気にはならない。
コーヒーの摂取量が、増えていく・・・。
"♪~~"
通信端末の通話の着信音、アネットからだ。大学時代の先輩・・。"庇護の意思”が原動力らしい、当時から面倒見の良い人だ。
「もしもし・・」
「フィルナス?あなた元気ないわね」
「・・なんですか」
「緊急事態よ」
「…緊急事態?」
電話を受けながら、ボクはコーヒーを一口すすった。
「リリアが、恋をしている」
「・・・」
(・・・・・・は?)
衝撃で危うくコーヒーを噴き出しそうになってしまった。
気が狂いそうだ・・・。
「それって、まずいんじゃ・・・」
「そう、かなりまずい。戦争中じゃなくって普通の子なら存分に応援してあげたいところだけど、あの子は『特別』…。それもよりによって今このタイミングでなんて…」
「まだあの子は、魔法は使えるんですか?」
「今のところはね…」
「魔法を使うのは、意思の力の安定と、強い集中力が必要よ。それが、ちょっとしたことで感情が乱れると、今までできていた魔法も、うまく出力できなくなってしまう。心の回路が変わってしまう上に、不安定になる。例えると、風が吹き荒れる塔の上で、ミスなくトランプカードのタワーを連続で完成させ続けなきゃいけないみたいなものね。ちょっと強い風が吹くだけで、それは不可能になる」
…もし、絶大な魔力と強力な魔法を使いこなす魔法使いがいたとして、それを手っ取り早く倒そうと思ったら、一番確実な方法は『恋をさせること』だろう。それだけ、心が不安定で乱れるということは、大きなデメリットになる。もちろん内容と状況によるが、彼女は子供だ…自力での制御は難しいだろう。
「それで、ボクがなんとかしろ、というわけですね?」
「ええ、私たちがあの虫と戦い続けられるかどうかは、担任教師である、フィルナス…あなたの行動と選択にかかっている。もし最悪の道を辿ると、あの子は使い物にならなくなって退場になりかねない、まさに死活問題よ・・」
「・・・」
アネットが言うと、なぜか説得力がある。本人に言うとシメられそうだが
「フィルナス、あなた心当たりがあるんじゃないの?リリアの相手がいったい誰なのか。全力で対処しないと、本当に大変なことになる…。あの子があの魔法を使えないと・・・もう、私たちは・・・」
(・・・)
ある。
まず、間違いないだろう。あの日、リリアが疲弊していた日…彼は急に脈絡なくあの子の前に出てきて、僕に立ちはだかってきた。
しかし・・。
「心当たりは、あります。"レイン=レグナス"」
「…どんな子なの?」
「元気で、ちょっとやんちゃな男の子…って感じですかね。でも、少し前までリリアをからかっていたような子ですよ。からかわれていて、そういうことってあり得るんですか?」
「・・・あなた、よくそんなんで、今のカノジョと付き合えたわね」
「えっ!?」
またコーヒーを噴き出すところだった。
(今それ関係なくないっすか・・・)
「そんなに単純じゃない、ってことよ。まぁ、楽観的でいられるような感じの関係ならまだいいんだけど。問題は"戦争"にならないかどうか。リリアは駆け引きができるような子じゃないし、悪意のある『おじゃま虫』がいたら、アウト。あなたから見て、どうなの?」
「・・・」
教師生活3年・・・。
ボクは、大抵の生徒の悩みは聞くつもりでいるし、どんなに積み上げられたし書類仕事も、こなしていける自信がある。
だけど——
生徒の恋愛の問題・・・これは、これだけは、まじでボクに向いていないと思う。
そう"願い"続けてここまできたっていうのに。よりによって、ボクのクラス・・・人類の切り札である、リリアにそれが起こるなんて。
ああ、逃げたい・・・自由になりたい・・・!
「レインくんは、別の女子から“ちょっかい”をかけられています」
「"戦争“──ってことね」
「そうなります」
「・・・よし!」
「呑みに行きましょう!!今から!」
「え・・・!?」
「作戦会議よ!」
(めちゃくちゃだこの人)
「・・・えっと、僕はなんて言えば・・・」
家には、ボクを待っている人がいる・・・・・・。
「あなた、”自由の意思“の魔導士でしょ?」
(その意味の自由は、ヤバい)
「そこは言い訳考えてないで、正直に言いなさいよ、人類の危機なんだから」
(・・・人類の危機、便利だな・・嘘ではないけど)
「アネット先輩、あなたは大丈夫なんですか?」
「…うるせぇ」
通話を切られてしまった…。
とりあえず、僕の行動・選択次第で、リリアの…人々の運命が決まってしまうのは言い過ぎではないだろう。
目の前には片付かない仕事の山、だが、それ以上に大事な、根本的なモノを守りたいという“願い”が、ボクにだってある。
幸い、採点や書類の期限にはまだ完全に余裕がないわけではない。ボクは散らかったデスクを整え、職員室を後にした。
AI非使用




