第31話. ぎりぎり保っている日常
アルテア王国領内 辺境 エオルーン魔導学校
「・・・」
(また同じ内容かよ・・・)
なんども何度も同じ内容で、教室は流石に緊張感を欠いてきていた。30人程度いる生徒の前で板書をしながら授業を進めるのは、”フィルナス先生“。若草色の魔導ローブに身を包んだ、メガネで黒髪の、若手の教師だ。
授業内容は、最近アストリア中に出現している魔物、ヴェスパの生態に関する内容。奴らはアストリア全部の城を堕として、大変なことになっているのはよくわかる。知ることも勿論大事だ。だが、俺たち子供がそれを聞いても、実際に関わらない事には、皆にとってピンとくるものではないのかもしれない。いい加減あくびをするやつも出始めている。
──俺はレイン=レグナス。
物心ついた時から、両親はいない。
孤児として、ここアルテアの辺境にある養護施設…ゼルディッシュ=レオングラムという爺ちゃんに拾われ…孤児院で育ち、関連施設であるこの学校に通ってきた。出生記録はないけど、発達の具合からは平均より少し小柄な12歳くらいらしい。
誕生日は、保護された日。そして、今共に学んでいるここの生徒たちは、殆どみんな、そういう境遇だ。
だから、こうやって暮らせているのは、とてもありがたいことではある。しかし、常日頃その実感をシャキッと真面目に抱えることが出来るひとは、実際にはそう多くなかったりするのかもしれない。とうとうウトウトする奴まで出始めた。
何度繰り返される内容だが、そのとんでもない魔物の“はじまり”──、アイツら一体何処からきたのかは語られることはない。答えはあるはずだが、誰も知らない。
といっても、俺自身も自分のことすら知らないのだけれど。
フィルナス先生は、このエオルーン魔導学校付近にヴェスパが出たら、緊急で皆に伝えるようにするから、とにかく逃げるようにと仕切りに繰り返している。
幸い、奴ら…ヴェスパはアストリアの端っこで人里離れたこの場所には殆ど出没していない。実際には何匹が出たこともあるらしいが、見えないところで倒してくれていた。
むしろ、この近くに絶対出没しないように、毎日命懸けで、全力で頑張ってくれている人達がいる。
「レインくん」
俺は窓際の後ろの席、そのさらに後ろから呼びかける女子の声。髪を後ろで結んだ黒髪の子、キャスティだ。しょーもない事で俺につっかかってきて、その度に隣の女子とくすくす笑っている。正直あまり気分は良くない。
「ん?」
「また、見てたでしょ」
「なにを」
「リリアちゃんのこと」
(…)
「告白しないとてんとう虫にも先を越されちゃうよ?」
窓際でてんとう虫が一匹歩いている…。
「やーめーろ。そういうんじゃない」
隣の子と吹き出しくすくす笑い、周りの生徒もチラリと見ている。頼むからまじでやめてくれ。
……ただ、ちょっと前までは俺もあいつをからかってしまっていたのは事実だ。…反省はしている。
「キャスティは、あいつのこと見てなんも感じねーの?」
「えっ!?」
困惑するキャスティ。
「あの子、すごいよね」
「うちらと同じくらいなのに、毎日戦場まで出ていって魔法で虫の化け物と戦って…うちには絶対ムリ」
「…」
リリア…みんなエオルーンの学校の制服だが、あいつだけは白い魔導ローブ姿で授業中でも魔法を使うための杖を持ち込んでいる。ヴェスパが侵入したら、戦うためだ。
というか正直言って、俺たち人間は、ふざけたステータスを持つハエの化け物とはリリアだけが使える魔法、銀の焔でしかまともに戦えない。あちこちから引っ張りだこで、みんないつも彼女に気を遣う。
だから、あいつは十分休めないんだ。
リリアはいつも一番前の席に座って集中し、常に気を張っている。でも、こうしてみてると確実な変化がある。
たぶん、リリアは……あいつはもう限界が近い──
彼女をみていると、そう思えてくる。
授業…話だけでは実感が湧きづらいが、この学校での日常は、彼女に何かあれば、ほんのきっかけで消し飛んでしまいかねない。
みんなで薄い氷の上に立っているような、そんな感覚。
大人たちは、それに気付いているはずだ。なのに…。
──
私は、保健室の天井を眺めていた。
いつ呼び出されるかわからないけど、ここのところ激戦続きでヘトヘトで、この後アネットさんといっしょに戦う戦場に行く前に、ほんの少しでも休みたかった。
ここ最近は、戦いが長引いてしまうせいもあってか、なんだか眠りが浅い…。
ちょっとでも眠れたらいいのに、何故か逆に目が冴えてしまう。
長い休みが欲しい…けど、敵が減る様子が一向にない。寧ろどんどん増えてきている。
アネットさんや…私の魔法、銀の焔を火継ぎする事でそれを使って戦ってくれているアストリア中のみんな。
そのお陰でなんとか保っている『今』──
私の銀の焔も…みんなが傷ついて悲しんだり、諦めの気持ちに晒されると、やがてこの焔は消えてしまう。
だから、私は頑張り続けなきゃいけない…。
私が頑張る事で、みんなが感謝してくれるのは、とても嬉しい、けど。
──先が、見えない。
(…本当は、今日1日だけは、休みたい)
通信端末に、呼び出しが、きた。
(結局あまり休めなかった…)
身体を起こし、保健室から出る。
すると──
「おわっ」
「ひゃっ」
栗色の跳ねた柔らかい髪。赤と青のフード付き制服。私より少しだけ高い背…。なんか驚いた表情をしている。
レインだ…こいつは“イヤなやつ”…。
私のことを『お前』とか呼んだり、先生に当てられた時、たまーに間違えたら、わざわざからかってきたりする。あと、歩き方も何処となくチンピラみたいだ。
「なーに?レイン」
「・・・」
レインは、私に向かってお化けでも見たような表情をしている。ひどい。
「おま・・・リリア、大丈夫か?」
「?」
「顔色やべーぞ」
(そうなの?自分ではあんましわかんない)
「まじで休めよ、もう」
「大丈夫だから、もーほっといてくれる?」
それでも行かないわけにはいかない。レインを押し切って行こうとすると、少しぐらついてしまった。
(リリアは大丈夫じゃない・・このままだと、[途轍もなくイヤな予感がする]。どうする?)
私はその後、担任であるフィルナス先生と教室で待ち合わせた。
先生は風の魔導士で、”自由の意思“を物凄く熟練させる事で使える、“転送の魔法”を使える。何処でも行けるというわけではなく、遠くの目的地にアネットさんが着いて、高度な魔法により向こうからも門としての目印になる必要がある。
私は、これにより戦場へ行ける。
「…リリア=アリア、体調は大丈夫?」
「はい!お願いします」
私は杖を両手で持ち、声を張って応える。
(…)
先生の黒いさらさらとした前髪から覗ける、眼鏡の向こうから、私の方に心配そうな眼差しが向けられている…。
それでも…!
「じゃあ…」
フィルナス先生がステッキのような杖を振るうと、若草色のローブがふわりと浮かぶ
「待って先生!」
「?」
風の転送魔法が始まろうとする矢先、誰かの声…。
「リリアは、今日は休ませてあげてください」
(!?)
「君は、レイン君…」
「レイン!?なんで!?」
フィルナスは、手を止めた。
(レイン君…、どうして君が今ここでやって来たのかはわからないけれど、キミの感覚が間違いじゃないということはボクもわかる。本音では、キミと同じ意見だ)
(しかし、戦場からの緊急信号、SOSのサインが出ている…。彼女の力がなければ、この学校の安全が守れない)
「リリアさ…」
レインは私の前に出てきて、フィルナス先生と向き合い、その視線を正面から受け止めた。身長差は二回り以上もある。
「もしもリリアが行きたくなかったら…だけど。もしそうなら、無理に行かなくてもいいぞ」
「レイン…」
(・・・)
(ボクは、どうすればいい?教師として、この子達になんと声を掛ければいい?)
AI非使用




