第30話. 銀焔の魔導士 リリア
人々が歴史を紡ぎ、調和を保ってきた13の国からなる美しき大陸アストリア。
そこに突如現れたヒトの骨格を持つ蝿の魔物“ヴェスパ”。
頑丈な外郭と、ヒトを超える疾さと力、そして繁殖力を有するその魔物は、その一国…剣王が築いてきた武勇の王国“シルベニア”を陥落させた。
その虫は、シルベニアの城を自らの住み良い巣とし、やがて彼らはアストリア全土へと飛び立った。
そして、シルベニアが堕ちた“あの日”から、3年の年月が流れた頃──
——彼ら、ヴェスパは、アストリア13国の城、そのすべてを陥落させることに成功していた——
アルテア王国領内 オシウス砦──
(どうしてこんなことに──)
「おい!しっかりしろ!!クレナ!!」
(…!)
背中を叩かれ、かけられる仲間の激声に、私は気がつく。
後退したら、町までもう後がない砦、オシウス砦…。
ここのところ一進一退の攻防が続いていたが、倒しても倒しても湧いてくる敵の数に加え、押し切ってくるペースが速く、疲弊が続いていた。
その砦の内部に、ついに“奴ら”に侵入されたことで、先月女性剣士として入隊したばかりで戦闘経験の浅い私は、暫く目の前が真っ暗になっていたようだった。
目の前には、ヒトのような体躯を持つ、虫の化け物の集団。
体長がだいたい2m近くあるその虫は、一体一体が武装し、あちこちで堅牢な砦の兵士たちを次々と葬っている。
奴らは私たちの装備を奪い、殺し、より性能がいい装備を選び、また襲うことの繰り返し。タチが悪いのが、こいつらはとんでもなく反射神経が良い上に、武器を奪われてしまうと、剣の扱いが憎らしいほどに上手い。そして、運よく攻撃できたとしても、デタラメに硬い。私たちが長年修練して培うその技術を当たり前のように行使して、仲間を屠る。その様は冷酷で効率的で、正に悪魔のようだった。
そして、最悪なのが、奴らは女性を殺しはしないが“攫う”こと…。
だけど、様々なタイプがいてその特性を活かして連携してくる“奴ら”に対抗するには、男女関係なく戦うしかない。
私自身、周りの強い反対を押し切って志願した。する理由があった。
「クレナ!!来るぞ!!」
数で押し切ってくるヴェスパと戦える兵は時間とともに減っていく。
そして、次なる標的を探す。
目が合った・・私と。
蠅の顔に甲羅のような外殻を背負った、大きく鈍重…に見える個体。私は、生き残った隊長"ヘラルド=アーメック"と共に、開けた広間から通路へと退避し、攻撃に備える。
この砦の通路は横幅が狭く、敵が多数でも囲まれにくい利点がある。ただし押し負けると、退くしかない。その先は反対側の出口・・・つまりは突破されることを意味する。
奴はヒトの腕と脚のような長い6本の脚で、不気味なほど速く迫ってくる。その手には、重厚な両手剣・・を片手で持っていた。
「俺が時間を稼ぐ!」
ヘラルド…彼は盾と片手剣を使ったスキルのスペシャリストで、ここまでその盾の技術を駆使し被害を最小限に抑え、私たちを守ってくれている。隊長は私の前で頑丈な大盾を構え、こちらに合図を送った。
少しでも隊長が時間を稼いでくれるうちに、私は用意する。
"シリンダーナパーム"——
特殊な燃料を噴射し高温・高火力の火炎を浴びせる、使い捨ての武器。
「早く!!クレナ!!!もうもたねえ!!」
「まって・・!」
重厚な大剣で、盾が力任せに叩かれる。頑丈に見えた盾が、そのたびに変形していく・・。攻撃が激しく、ヘラルドは片手剣を使う余裕がない。
「・・・いける!」
ヘラルドが構える大盾の脇から銃身をのぞかせ、照準を合わせる。
そして——
眩い光が照返す。目の前の敵は一瞬で火炎に包まれた。この狭い通路では逃げようがない。幸い、頑丈な石造りの床と壁で、火の手が回らない場所だ。相手が果てるまで存分に使用できる。
奴らは、火に弱い・・・。
──ただし"運が良ければ"。
シリンダーナパームの放射が終わる。
火炎が徐々に薄れ、眼前の敵は再びその姿を晒した。
それは、健在だった。すこし外殻に焦げ目がついただけで、それ以外に変化があるようには見えない・・・。
この個体は、火炎に耐性を持っていた。
その確率はおよそ50%らしい。
約半分は炎が効く個体、もう半分は"耐性"がある個体。
私たちは、賭けに負けた。
「グアッ・・・!!」
奴が報復するかのように、大剣を浴びせると、ヘラルドの大盾がはじけ飛んだ。
私たちよりゆうに大きな体に、大剣を片手で持ち、力が強く頑丈な敵。
シリンダーナパームの予備はあるが、もう・・・こいつには役には立たない。
振るえる手で片手剣を持つ私・・。
目の前の奴は、私を見ている。
ヘラルドの剣など、放っておいても問題ない、こいつはいつでも葬れる、とでも言うかのように・・・。
「ひぇあっ・・・!」
後方に転倒する。思わず後ずさりして、足を段差にひっかけてしまった・・・。動かない・・体が・・。
ヘラルドは片手剣を突き立てるが、その剣は通らない。
「ぐっ・・・・!」
邪魔だ、とでもいうかのように、虫の片腕で払われるヘラルドは壁に激しく背中を叩きつけられ、うずくまる。
「あ・・・あ・・・・」
虫の手が、人間のような不気味な腕が私に伸びる。
息が、うまくできない・・・。座り込んだまま私は・・・。
「いやああああああああああ!!!!!!」
両手で顔を覆い、叫ぶ。
・・・
・・・
(・・・?)
何か音がした気がした。
さっき放った時のような火炎の音・・?
いや、予備を持っているのは動けない私で、隊長はそれを持っていないはず。
・・・
私は恐る恐る顔を上げ、覆った手の指をずらす。
銀色の輝きを放つ焔。それに虫は包まれ、やがて力を失ったように崩れ落ちた。
目の前なのに、熱さはなく、ほんのりと温かい。
「大丈夫ですか?」
横から声。子供の声だ。
そこに立っていたのは・・・。
杖を持った女の子だった。
左右に分け束ねた銀色の髪に桜色のリボン。
フリルのついた青いチュニックに、ふわりとした白のローブ。
十数歳くらいだろうか・・・ここに居てはならない、小さな女の子。
「・・・あ・・ありがとう」
女の子は、動けなくなっている私に、手を差し出し、立ち上がるのに力を貸してくれた。
気づくと、虫は散り散りの灰になっている。この場はひとまずは安全のようだ。
そして、その子は続けてヘラルドを介抱する。背中を強く打ち付けてしまったが、ひとまずは重症ではないように見える。
「あなたは・・・」
「私はリリア、あなたは?」
彼女はそう言って私に朗らかに笑いかけた。ここしばらく、ずっと見ていなかった、純粋な笑顔。
「えっと、クレナ…こっちが、隊長のヘラルドよ」
「クレナさんに、ヘラルドさん。無事でよかったぁ」
「…うん」
微笑みかけてくれるリリアに、思わず私も笑みで返す。
混沌としたこの世界、その戦場に、久しく失われていた気持ち。
「リリア!ここにいたの?勝手に前に出ないの」
「はーい、アネットさん」
大人の女性の声がして、リリアは応える。
大きな魔導士の黒の三角帽子、紫の波打つ髪にゆったりしたローブの、“多分私と同じくらい”の女性。
彼女らは、魔導士だ。
”魔法“と呼ばれる、特別な力を使う人たち。現実では起こり得ないことを、“願いの力”で現実に出力してしまう、物凄く貴重な存在。
今日は遠くから2人援軍がやって来ると聞いていた。
“それまで全力で耐えろ”と。
少数精鋭──圧倒的な数とステータスを誇るこの化け物に、2人で何か変わるとは思っていなかったが、まさか、その片方が小さな子供だなんて。
「はい、これ。あとは私たちでやるから、みんなを助けてあげて」
三角帽子の女性魔導士、アネットと呼ばれた女性が、私とヘラルドに荷物を配る。応急用の物資だ。
「あの、ありがとうございます。その・・・・」
「ええ、いいのよ。どうしたの……?」
「あの子は・・・」
私は負傷したヘラルドに寄り添うリリアの方を向く。
「あの子は『とっておき』なの」
「私たち魔導士は、心を使って戦う。あの子は繊細だから、できるだけ内緒にしててね」
アネットは人差し指を唇に立てる仕草をすると、リリアと共にこの場を後にする。リリアはその際、こちらに微笑み軽く手を振ってくれた。
ヘラルドの応急処置が終わり、私たちも砦の様子を見る。
目を疑った──
ひしめき合い、数と力まかせに進軍していた屈強な虫の姿は、奪った装備を残してことごとく灰に変わっている。
外、そこには、残った虫の何匹かが撤退する姿。
各所には距離を置きながら銀色の焔が灯火のようにゆらゆら浮かび、あたたかい輝きを放っていた。
内部には生き残った兵士たちが安堵の息を漏らしている。
私たちアルテア軍は、この日、壊滅と言っていいほどの被害を出したが、オシウス砦の防衛という作戦に成功し、“戦いに勝利した”。
『とっておき』──
あの子、リリアが使う銀の焔の魔法は、このアストリアの13の城を全て滅ぼしたヒトの骨格を持つ蝿の魔物、”ヴェスパ“に対する、唯一の『特攻』なのだと、私は確信した。
AI非使用




