第24話. 怪物の孤独な叫び
アドゥバンは静かにこちらを見据え、ウェポンブレイカーを構えた。先ほどの攻撃で後方に弾け飛んだアドゥバンと俺は、現在それなりに間合いがある状態だ。その背後には玉座が重なる。
(目つきが…空気が変わった…)
城は大まかに瘴気が充満しつつあると言っても、アドゥバンと戦闘しているこの場を満たすマナは絶望などではない。先ほどまで、奴には慢心があった…が、たった今、その空気は消え、粛然と俺と対峙する。
此処を本来満たしていた、”揺るぎない意思“に近しいマナが出来上がりつつある。
アドゥバンは構えたまま体勢を低くすると、こちらへ猛烈なスピードで突撃してくる。
(…!)
ただの突撃ではない。これまで奴があまり使用しなかった、大きな翅。それをはためかせ、アドゥバンは更に勢いを加速させた。
奴はその勢いでウェポンブレイカーを叩き込むつもりだろう。ガードすれば度を超えたエネルギーで俺は叩き飛ばされ後方の壁に激突する。
(防ぐことができないというなら…!)
ウェポンブレイカーから繰り出される破壊の力、それが生み出される要の部分…俺は軽く踏み込みつつ、オフィーリアを斜めに構え下から振り上げる。
”サイレントムーン“──
それは、叩くというより空中に“置く”という表現に近しい。
多少踏み込みがあり、奴のやや懐に入る形、そしてオフィーリアの剣先はウェポンブレイカーの柄の部分に接し、その軌道は逸れる。
そして、十分なエネルギーが向こう側にある。逸れた直後は、ぶつかり、マナの乗った意思の力により、弾けた。
“カアァァン──”
「ッテメエ!!」
勢い余ったアドゥバンはウェポンブレイカーのオーバーな重量の行き先をそらされ前のめりに体勢を崩す。
“クレセントスバルツォ!!”
衝撃と閃光と共に、その巨体は宙に打ち上がる。
(もう一度…!)
“フルムーン・アズール”!!!
狙いを定めてブレなく薙ぎ払う渾身の剣技、奴に殆ど唯一ダメージを与えられる技を放つ…が──
(こいつ!翅でタイミングを…!)
当たりはしたものの、浅い。
この巨体ではその翅でも飛ぶことは難しいだろうが、奴は落下のスピードを一瞬ずらすことにより直撃を免れていた。
再び超至近距離。お互いの武器の射程よりも近接している。
(もう一度…!)
再び意思の力…アリシアの能力を乗せた拳を叩き込むべく握りしめる──その瞬間。
“ゴッッ”
俺の腹部に強烈な衝撃…そして後方に背中から後ろに吹っ飛び先ほどとは別の石柱に叩きつけられる。
二度同じ手は食わないとでも言うかのように、俺は奴の膝蹴りを食らっていた。太い槍で腹から背中まで貫かれたかのような激痛…呼吸が乱れる…が、立たねば。浅くとも精一杯呼吸する。
そして、気づくと俺の周りには別なヴェスパの増援がゾロゾロと集まってきている。一体一体が、奪い取った武器を複数所持し武装している。
「ちっ!!邪魔するなっつったろうが!!」
アドゥバンは先程の様に複数体を叩き潰し屠るが、それを縫う様に俺に近寄り、接近する個体もいる。
「くっ!」
俺は身体を起こし、目の前の敵が振るう槍を弾き飛ばし、迎撃する。そしてすかさず連撃。映像で何度も見ていたが、コイツらは対峙してこちらから振るう攻撃は悉く避ける。しかし、こちらを仕留めようとする攻撃へのカウンターと追撃が有効だ。
一体目がオフィーリアにより砕け散る。
そして、その勢いのままその間狙ってくる背後の敵を薙ぎ払う。
下級ヴェスパの戦闘スタイルの癖…一対一の状況を作らせて背後から回り込んだ別の個体が気配を殺して忍び寄り仕留める。これは赤き砂の地、バルメキアの小数白兵戦における古くからの伝統的な戦闘スタイルだ…。遺伝による本能なのか、真似たのかはわからない。だが、割れてしまえば、初回のみだろうが、利用できる。
2体目の上半身と下半身がなき別れになり、崩れ落ちた。
そして──
(来た…!)
2体目の下級ヴェスパが崩れ落ちた直後、隠し様もない強烈な殺気…。
奴らは、背後からの攻撃をいなした相手を、更に別の個体が背後から痛恨の一撃を入れて来る。あの映像では…これによって、この繰り返しによって俺たちの兵は悉くやられていた。
そしてこの攻撃は、アドゥバンのものだ。
俺はすぐさま振り向き、オフィーリアを振り上げる。
アドゥバンが、大きく腕を上げ、俺の脳天にウェポンブレイカーを叩き落とそうとしている。
オフィーリアの剣先が、通り過ぎる──
アドゥバンは尚も振りかぶりまっすぐ俺を見下ろし、その一撃に力を蓄えている。
俺が振り返りすぐに対応しようとしたのを、逆手に取ろうとしたのだろう。俺の対応が宙を切った直後に溜めた一撃を浴びせ、ガードしようとも叩き潰す。…そういう攻撃…。
力が蓄えられた一撃が、頭上に迫る。
(だが…!)
俺は身を翻し、一度剣先が通りすぎたオフィーリアに、更に素早く回転させる様に、勢いを与えてやる。
オフィーリアの一回転した剣先は、痛恨の一撃を放つべく溜めを蓄えたウェポンブレイカーの柄を側面から弾き飛ばす。
“カアァァァン”
(コイツ…!何故わかる!?)
アドゥバン…奴は異常とも言える圧倒的なステータスを持っている。
殆どの相手は、全力を出さずともその鉄塊を振るうだけで屠れる事だろう。
だけど、奴はあまりにも簡単に相手を倒せるだけに、それ以上の動作は恐らく殆ど経験がない。それを研磨してくれるような相手は、この世にそう存在し得ない。それだけの並外れたステータスだ。
途中で急加速したり、後ろをとって攻撃のタイミングをずらしてみたり、そういうのは、俺にとって毎日呼吸する様に過ごしている場所だった──。
そういう技術を奴がたったいま試してみても、直ぐに完成するものじゃない。
きっと、圧倒的に強いアドゥバンにも、”相手と対等に戦いたい“と言う気持ち、”願い“がある…。俺は、それを互いの武器を交わす事で感じとれた。”強すぎる“者の、孤独な叫び──それが太刀筋に表れている。
スターユは更に身を翻し、剣を反すと、真っ直ぐ横に構え、揺るぎない意思を乗せ、振りかぶる。
“フルムーン・アズール!!!!”
「ウグッ・・・ガハッ!!!!」
煌めきが舞い散り、再び衝撃と共に間違いない手応え。
アドゥバンは大きく後方に弾き飛ばされた。負傷した部位の装備が損傷している。
手は緩めない…直ちに地を蹴り弾き、追撃する。
体勢は立て直しきれていない、有効射程内。意思の力を込め、勢いと共にオフィーリアを叩き込もうと振りかぶる。
(!!?)
大剣が奴の首元に当たる直前──
アドゥバンはその手でオフィーリアの剣身を掴んでいた。
手にはいくらかダメージが入っているが、圧倒的な握力…武器がビクともしない。
こちらも絶対に剣を手放してはならない。
(コイツ…!)
アドゥバンはグイッと剣を掴んで引き寄せる。
凄まじい力…俺は引き寄せられてしまう。
そして──
「グアッ・・・!!あ・・・!!」
頭が割れそうなほどの額への激痛…ボタボタと血が流れ落ちる。これは俺の血…アドゥバンに武器を捕まれ引き寄せられて頭突きを食らった。強烈な衝撃──アリシアの能力が効いていなければ頭蓋は割られている。
右眼が“視えない”…。流れ落ちる血のせいだけかはわからない。
左眼で視認…。
霞む視界の中、既に攻撃が来ている。
俺は力を振り絞り、目一杯拳を握り込み、地を蹴り前へ出る。その全身の体重とありったけの意思を拳に載せる。
そして──
「グアァッ!!」
アドゥバンの呻き声。
前へ踏み込んだ俺の腕は、奴の腕と交差する形となり、その拳はアドゥバンの顔面へと炸裂──その巨体は衝撃と共に後方に弾け飛んだ。
「グッ・・・ぅう!!」
左眼は視えている…。そして、フラつくが、なんとかギリギリ動ける。
痛みは絶えないが、手を緩めちゃダメだ。
奴は既に立ち上がっている…、どうも余裕を失っている…。
俺は脚を踏ん張り、武器を構え、再び地を蹴ろうとする…が。
すると、左眼に突如映る…影。視野の真ん中…が真っ黒。その黒い影は段々と大きくなり視界を覆う。
(…!)
これは、眼の異常ではない。敵…攻撃だ。
俺は咄嗟にオフィーリアを構え、振りかぶる。
俺の視界を覆い尽くそうとしたそれは、プレッソと同タイプのヴェスパ。岩石の様な個体がこちらへ猛烈な勢いで迫ってきていた。俺は渾身の意思と力を込め、オフィーリアでそれを叩く。
「あガァハッッ!!」
呻き悶絶する声。
突進した個体は弾き飛ばされ、その巨体はアドゥバンへと命中し壁に激突している様だった。
俺はフラつく身の中、脚を踏ん張り、渾身の力で蹴る。
そして、その剣に持てる全ての力と揺るがぬ意思を込めた。
“フルムーン・アズール!!!!!”
重い衝撃、そして輝きと共に壁に放射状の亀裂が入る。巨大な岩石のようなヴェスパにオフィーリアが叩き込まれ、アドゥバンは壁に押し潰される形となった。
止血する間もなく…頭部からの血が尚も流れてきている。俺は…立っているのが精一杯だった。
壁にめり込まれた、アドゥバンがいるはずの場所からは反応がなく、沈黙している。
膝をついてしまいそうだ…。
…
(…!!)
異変…。
オフィーリアを叩き込んだヴェスパ自体は沈黙している。
だが…。
壁にめり込まれた、アドゥバンがいる筈の場所…。
そこが何やらバキバキと割れる様な音を立てて蠢いている。
そして…巨大な岩石の様なヴェスパが押し除けられる。
俺の左眼に映っているのは…。
異形の怪物──
最早、ヒトの姿すらしていない、巨大で不気味な、蝿の化け物。
この玉座の間の天井まで届かんとする程の巨体。目の前に存在するものを叩き潰すための、それはウェポンブレイカーのサイズを更に上回る、巨大なハンマーの様なフォルムの肢体、そして死神の大鎌の様な爪…。長く巨大な蝿の翅を備えている。
(……何があろうと…俺は…)
息が乱れ、脚がうまくいうことを聞かない。
蹴ろうとするが、反応がない。隠密様のバングルに込められていたアリシアの“揺るぎない意思”が、さっきの一撃で使い果たされてしまったのだろうか。
ここからは、彼女の能力にはもう頼れないかもしれない。
それでも、戦わなければ。
いつもより重く感じるオフィーリアをなんとか再び構える。
「…!!スターユ君…!?」
声。そして、複数人の駆けつける足音。
それは、レオニウス先生の声だった。大砲の様な大筒を抱え、その背後には炎のバリケードがいくつか設置され揺らめいている。その傍に駆けつけたのはシルベニアの兵士たち。きっとアリシアが状態異常から回復させた後、他の者の回復にも成功した。炎の魔法道具を駆使してここまで駆けつけてくれたんだろう。
俺は、戦うべき相手、異形の怪物と対峙する──
[AI非使用]




