第19話. グレート・ダイヤモンドジオード
同盟国であるユースタシアの王女、リュクスの嘆願に暫くの沈黙が流れる…。この辺りは静かだが、虫たちは確実に侵蝕している。
私も一緒に避難するかどうか、これは今後の運命を決定的に変える、もの凄く重要な選択だ。
私がここの場から居なくなる事…それは一時的に、物理的に退避するということだけで済むなら、アリかもしれない。
だけど、リュクスのこのお願いは…ここに私が居ないと絶対に前提が成立しない。即ち、私がここを離れると、避難は成功しない。
何故なら、内部からは侵入されてしまったけれども、魔物がこの外から街に入れない理由は、私の存在が町の外壁に張り巡らされた防壁の媒介となっているからだ。
「こ、これは…!!」
立方体の装置から立体映像が映し出され、リハルが声を挙げる。
先ほど城下町の方へとフワフワ浮かぶ白いポッド型のドローン。それが空中から捉えた映像。
それは、外壁に犇めく無数のヴェスパの姿だった。地獄絵図。多くの虫たちが人間から奪ったであろう武具を身につけ、武装している。圧倒的な数、最早討伐どころではない…リュクスは絶句している。虫たちは上空からも侵入を試みているようだが、見えない壁が存在するかのように弾かれていた。
「尋常じゃない数です…。こ、これは、この大群に侵入されたら流石に…」
声が上擦り、額に冷や汗を浮かべるリハル。いかに参謀でも、戦術が成り立たないレベルだ。
「すぐには入って来れないわ…いまならまだ避難の準備くらいはできる」
「どれくらい、保ちそうですか」
「わからない…あの防壁はね、魔法で出来ているの。私がここにいる事で、魔法を動かすための“血筋”と、この国を守るための“願い”の意思として機能しているわ。そしてその触媒が──」
一同は息を呑む。スターユは、レオリウス先生の研究所でアリシアに魔法の基本と彼女の能力を教えてもらった時のことを思い出した。
「グレート・ダイヤモンドジオード──」
「この城の地下深く…最深部にあって、町の防壁…ここの人たちを外の魔物から守る“加護の力”を制御するための触媒よ。例えると、途轍もなく規模が大きくて、効力が桁違いの魔法の杖のようなものね」
アリシアは普段ブローチを触媒にして魔法を使うが、この城と町を守るレベルのケタ違いの触媒が城の最深部に存在する。スターユは、ジオードの存在こそ聞いたことはあるが、これまでこの国が緊急事態に陥ることはまずなく、ここまで意識することはなかった。
「そこへの道は王家のご先祖様たちが造った特殊な仕組みが張り巡らされていて、王家の血筋の者しか立ち入ることはできない」
「王家の人間しか入れない、場所…」
「その中でも”揺るぎない意思“の力を原動力とする者じゃないと防壁の制御は出来ないの。いまこの国には、ジオードを制御できるほどに十分に血筋が濃いのはおそらく私だけになってしまった」
(アリシア様の両親は、数年前に他界している…)
「そして、願いの力と、ダイヤモンドジオードに何かあると、防壁は突破されてしまう」
「あの虫たちが…一斉に町に入ってくる…という事ですね…」
リハルの言葉に対し、アリシアは頷く。そして城の方を見つめながら続けた。何人かの兵士は状態異常から回復はしたが、外からでもわかる程に、不穏な空気が立ち込めているのが分かる。
「もう既に虫が中から侵入した事で、この城には”瘴気“が立ち込め始めていたわ…。私がいくら願っても、みんなが傷ついてしまって絶望のマナがあまりにも強くなりすぎると、防壁はうまく働かなくなるの」
「つまり、一刻も早く急がないといけないってこと、だね」
リュクスは真剣な表情だ。
「これから私は城の最深部、ジオードに向かう」
「アリシア様!!」
「アリシアちゃん…!」
皆はアリシアの方へ顔を向ける。彼女の表情と言葉には固い決意が込められていた。
「私は、限界までここにいないといけない。それに、瘴気が強くなってしまっても、物理的に私がジオードに直に接すれば、防壁の効力は増すわ」
それに──
アイツがこの城に忍び込んだ際に情報を握っているならば、ノクティーヌは虫の大群が到着した今、既にそこを目指している可能性がある…。
王家の血筋であればジオードに“辿り着くところまで”はできる。そして、制御の権利はなくとも、破壊…或いは私の揺るぎない意志の力を中和できる”否定・拒絶“の力ならば防壁を邪魔される可能性は高い。
このまま、城と町が瘴気の力で満たされると、ネガティブな感情が原動力である奴の能力は段違いに強くなってしまう。
その前に叩かねば…絶対に先を越されてはならない。
あの場所は、王家の血筋以外の者は入れない…。
もし侵入してくるようなら、おそらく”一騎打ち“になる。それが奴を仕留める確実なチャンス──
もしも、私が避難という選択をとったとしても、確実にこの城と町は巣にされてしまうだろう。
人々の能力を取り込んで、繁殖して更に強大となった虫ともじき戦わないといけない。ノクティーヌの、あの“否定”でヒトを操る能力も、繁殖によって広めてはならない。
ノクティーヌ…あいつをここで確実に討伐するかどうかで、この後の未来はとても大きく変わってしまう。
怖くても、誰かが、然るべきタイミングであの化け物と立ち向かわなければならないんだ。
「アリシア様…!」
スターユが呼びかけるが、アリシアの表情は揺るがない。
ここまで彼女と行動を共にしたスターユにとって、その決意は、存在が急に遠くなってしまったかのような感覚を彼に刻んだ。
「さ、時間ないから、そろそろ始めるわよ。そんな寂しそうな顔しないの、スターユも一緒に来てちょうだい?」
「もちろんです」
王家の人間しか入れない場所──。きっと、途中までの同行になるのだと、彼は覚悟する。だからこそ、今一緒に過ごせているこの瞬間が、かけがえのないものに思えた。この一瞬を噛み締めながら、この国を、人類の未来を決めてしまう戦いに間も無く挑まねばならない。皆はそれぞれの役割を果たすべく、立ち上がった。
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