第16話. 蠅魔導士ツェグロース
「無益な争いはもう、仕舞いにしようじゃありませんか」
「ささ、こちらに停戦の御調印を」
飄々とした声色に不気味な笑顔。
ツェグロースと名乗る、触覚と羽を持つ、小柄な老人の顔をもつヴェスパが、正面の城内を抜けて裏門へと続く通路を阻むかのように表れた。城内に虫の魔物が出現している異常事態だというのに辺りは何故か静まり返っている。
一体どこで手に入れたのか、貴族風の装飾を纏った魔導士用ローブに、その手には歴戦の魔導士が魔術に用いる年季の入った杖と…何やら巻物のようなもの。
(コイツ…虫どもが侵入してきているのに、うちの兵士たちが見当たらないと思ったら…)
これは私の直感だけど…。
コイツは、多くの人間を屠っている。そうじゃないとしても、そのままにしておくと被害が著しく拡大する。
そういう、厄介な類の意思の力を感じる。
(この女がこの国の王女か…泣き叫ぶだけのただの小娘だろうと思って見に来たら、ノクティーヌ様を殴り飛ばすようなパワー系じゃとは…。この娘自身も戦えるのは、ちと計算外じゃったな)
(そしてその隣のは…噂に聞くこの国で一番腕が立つとかいう例の剣士じゃな。コイツとは正面から戦うのは愚策…じゃが、ワシの力を使えば…容易く葬れる!)
(さあ、近づいてこい!!)
アリシアとスターユはツェグロースの方へ向かって歩いていく。
そして、抜刀。アリシアは拳を握りしめる。
当然、調印に応じるつもりは端から微塵もない。
(やっ、やる気なのか!?)
まもなく、近接戦闘が得意な二人が一気に技を叩き込める射程距離、額に冷や汗を浮かべるツェグロース。
そこに期待した油断の意思はなく、次の瞬間には戦闘不能になるレベルの攻撃が飛んでくるのを察知し、ツェグロースに緊張が走る。
次の瞬間──
両脇に或る木製の大扉が砕かれ、派手な音を立てながら粉々に破壊される。
と、同時に新たに大扉が在った奥から2体の大きな影がヌッと現れ、行く手を阻む。
両者とも巨体、
片方は、岩石のようなシルエットに、木製の扉など軽々と粉砕できそうな重量を内包するハンマーのような両腕。分厚い甲虫のような黒い装甲を有するタイプ。
もう片方は、3mはゆうに超える身長。身体の各所に鎧や盾等の防具を継ぎ合わせたような装甲を纏い、ヒトが持つならば両手剣で持たねば保持できない大剣を片手で軽々扱っている。もう片方の腕には奪い取ったであろう頑丈な大盾が備わり、まるでバックラーのようにこちらも軽々しく扱っている。その、どれもこれもが精鋭クラスの装備だった。
直後、思考する時間を与えないかのように、スターユとアリシアは"灰色の炎"に包まれる。その魔物は巻物を読み、禍いの火を出力させた。
炎はツェグロースが掲げる杖を基点として放射状に広がり、回避の余地はなかった。
「ぎゃはっはははは!!!瘴気の炎が確実に命中したな!!毒!眠り!麻痺!狂乱!疫病!バッドステータスまみれになってポンコツも同然!!!」
「さあ、!バスティ & プレッソ!やるのじゃ!!!殺すなよ?心を折った後はワシが処理するから半殺しで構わ…だっはぎゃあああああ!!!」
ツェグロースはその腹にスターユの大剣を叩き込まれる。その剣は気丈なる意思の力を備えた輝きを纏い、ひと振りでバスティ&プレッソ共々、後方に勢いよくノックバックさせ吹き飛ばした──
「ガハッ——…な…!なんでじゃ!!そこの小娘が炎やバッドステータスに耐性があるというのは聞いていた!!何故ただの人間であるはずのそこの剣士も平気なんじゃ!?」
"分かち合う金剛石の意思"——
アリシアが持つ、"気丈さ"によって炎をはじめとしたあらゆる属性や状態異常を跳ね除ける能力は、これまでは、自分の身を守るものとして機能していた。王国の城に代々備わる"揺ぎ無い意志"のマナに、アリシア自身がその国に或ることで、国を守るために底上げするような加護としての力もあるが、それは実際に国の人々を炎や状態異常から守る程の力ではない。
しかし、先程のノクティーヌとの戦いにより、アリシアは亡くなった父親、前の国王が有していた"誰かを認め、信じ抜く力"を、戦うために極限まで意識、集中させた。
(何ともない、俺にもアリシア様の能力が共有されている…!)
スターユの身、そして大剣を覆う宝石の如く輝きを放つ防壁。
明確な彼女の意識は、新たに自身の血筋の能力を自分以外の存在へと共有するスキルへと昇華させていた。それは、もとより耐性のあるアリシアだけでなく、スターユにもまた、炎をはじめとした属性や状態異常への強力な耐性をもたらしている。
「たぶんあいつ、うちの兵士を次から次へとやってくれてるわね」
城の奥では、下級であろうヴェスパが彷徨き、部屋の隅では横たわり動けなくなっている兵士が連なっている。その身体には戦闘の跡こそあるものの、致命傷となるような外傷はつけられていない。彼らは状態異常で行動不能となっている者達であり、アリシアの読み通りツェグロースによる瘴気の炎により戦闘不能に追い込まれた達だった。
「アリシア様…!」
「ええ、コイツら“さっさと”片付けて、急ぐわよ」
「半殺し不要!!!殺せ!!!!」
彼女の言葉に激昂したツェグロースは目を血走らせながら叫ぶ。
体勢を立て直した巨大な虫が二人に襲いかかった。
AI非使用




