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9.「配慮します」は建前

俺の新居があるという北の街、レンガで舗装された大通り沿いには、同じくレンガ造りの五~六階建ての集合住宅が並んでいる。

何でもかんでもレンガと言っとけばそれっぽくなるだろ的な適当さが感じられてこれまた呆れ……。

それはさておき、側近曰く、「可能な限り、ヒビヤ様のご要望にお応えできるよう検討しました。お気に召さない点もあるかもしれませんがご容赦ください」と言われたのだが。とにかく一人になれれば何でもいいといった気分だった。


「お待ちしていましたご主人様!」

その中でも、由緒正しき伝統あるタイプのお嬢様高校みたいな雰囲気の建物の側に、可愛らしく腕を振るアミラがいた。うん、レンガ造りの建物をバックにしたアミラはとても世界観的に似合っている。

ちなみに、全く関係ない話だが、むかし実家隣町の野球場の真隣に、中高大一貫のお嬢様学校があった。

夏に高校野球を見に行った時の話である。

ふと、女学校の方を見ると、スクールバスから降りてきた女学生たちの姿が、皆揃ってセーラー服をまとい、髪型は三つ編みおさげ、牛乳瓶みたいなメガネで統一されていた。その中にはギャルもいなければ、個性や多様性といった概念も存在しない。

今どき、ここまで厳格な服装規定……それも、昭和か大正の白黒写真でしか見ないような格好を強制されている女子高生は見たことがなかった。

その集団が古めかしい西洋的な建物に向かって吸い込まれていったのを見て、驚きを通り越して恐ろしさを感じたものだ。

この話は、もう何回面白おかしく人に語ったかわからないぐらいの定番ネタになっている。

話を戻して。

「やあアミラ、引っ越しを頼んじゃって申し訳ないね。これから俺も参戦するよ」

「いえいえ、荷物はそんなに無かったので、実はもう荷ほどきも済んでいるのです。これからお屋敷にご案内しますね!」

「ああ、ありがとう。頼むね」

「はい、お任せください!」

なんだかアミラがいつになくニコニコしている。この前みたいに、不安や怒りを隠した微笑みではなく、本気で嬉しそうというか、何かいいことあったのかな。

てか、さっきお屋敷と言ってたけど、ここら辺の団地に住ませてくれるんじゃないのかと思ったら、やはりアミラはさっきまで背景にしていた建物に向かって歩き始めた。まさか、狭い部屋でも気を遣って”お屋敷”と表現しているのだとしたら、なんかアレだ(ここにきて急に語彙力が尽きる)

先導するアミラの右斜め後ろにつきながら、周りの景色を観察する。道や建物の質感から、最近作られた街のように見える。

また気になることとして、さっきからよくリコやラクタと同じメイド服を着た女のコたちとすれ違う。

彼女らも礼儀正しく、また元気いっぱいだ。

ときどきアミラの顔見知りらしき女の子が近寄ってきて、俺にも素敵な笑顔で挨拶してくれる。

まるで、中学か高校の先生になった気分だ。ちなみに、俺は社会科の教員免許を持っているので、ラノベ作家であることを抜いても”先生”ではあるのだ。

「それにしても、さっきからよくメイドっぽいコとすれ違うね。アミラの知り合いも多そうで」 

俺の呟きに、何やらご機嫌なアミラが答えてくれる。

「そうですね。この一帯は、召使いを養成する訓練施設の寮ですので」

「へえ、そうなんだ。ここら辺の建物はみんなそうなの?」

「奉公に出ていない召使いの住処だけではなくて、独身の軍人や公務員が集まっている宿舎もありますね」

「なるほどね。で、俺はその公用の宿舎に入るわけだ」

「左様でございます♪」

まったく、社宅制度も設定に取り入れているとは、現代日本を下敷きするにしてもやりすぎだな。ここまで来ると、作者のアイデア力の不足を感じる。

異種族設定が無いことにしても、どうせやるならわざわざ異世界ファンタジーじゃなくて、現代の設定で話を作った方が良かったんじゃないか? 

そうしていたら、俺もこんな不便で寂しい思いをしなくて済んだのに。まあ、その時は俺じゃない別の誰かが主人公にされていたかもしれないけど。

そうだよ。落ち着いたらその辺りの分析もしなければならないんだ。

一五分ぐらい歩いたか。

同じような建物が立ち並ぶ景色をしばらく見させられたあと、案内された俺の新居は……。

「こちらが、ご主人様の新たなお住まいになります! 気に入っていただけると嬉しいです」

「「「ようこそヒビヤ様 ようこそゆりの木の館へ!」」」

豆腐建築(マ◯クラ用語)が並んでいた中に突然デカい屋敷が登場し、さらに玄関の大扉の前にはざっと十人は召使いの女の子たちが並んでいるではないか。

屋敷の広さとしては、高校の体育館より少し越える程度の容積はありそうだ。

明らかに、一人で住むには過ぎたる規模であり、なんならこのお出迎えからして、一人で住まわせてくれない雰囲気がする。

「ちょっと待て! 俺一人暮らししたいと言ったよな?! この施設は一体なんなんだ!」

「はい、ここはかつて、旧政務局が置かれていた場所で、現在は国の要人を接待したり、普段は隣接の宿舎に住む召使いの卵が実習を行う場として利用されています」

「そんな場所にどうして俺が住むことになるんだ!」

すると、アミラは困ったような悲しそうな顔をして、「申し訳ございません。説明が不十分でした」と謝罪してくる。

いけない、大人げなくまくし立ててしまった。

「い、いや。アミラは何も悪くない。悪くないもんな。ごめんな。取り敢えず中に入って話を聞くよ」

我ながら引きつった笑顔をなんだろうなと思いながら、少女たちの歓待に手を振って屋敷に入った。

まず、玄関の真ん前にはホテルのロビーフロントのような吹き抜けの空間があり、絨毯が敷かれている床、色艶の良い黒のグランドピアノ、中央には二階へ通ずる螺旋階段とシャンデリアがある。

促されるまま館内を案内され、適当な個室に入ってアミラから話を聞くとする。

「実は、ご主人様が転移者であるという事情で、完全に自由な暮らしをされたいというのは厳しいと政務局の方から伝えられました」

「ああそうなの(内心憤怒)。でも、お世話は要らないからね? 自分のことは自分でやるから」

「それについて、こちらもそのご意向は伝えたのですが、周囲に対する示しというか、世間体みたいなものがありまして、多少はご堪忍していただきたいと担当官に言われました」

うわマジかよ。いや……なんか、こういうのも現実でありがちなパターンな気がするわ。

「配慮します」「検討します」とかいって、まったくこちらの要望を汲んでくれないやつね。そんでもって、枕詞には「可能な限り、出来る限り」とついたもんだ。あれ、さっき側近がそんなこと言ってたっけ。

ちなみに、最近は「ご配慮をお願いします」「ご遠慮ください」の意味もわからないやつがいるらしい。日本人の民度の低下を感じますね。

それはそうと、親切にしてもらえるのは有難いんだけど、逆にどうしてそこまで優遇してもらえるのか教えて欲しいわ。

「誰もが豪勢な暮らしを望むと思うなよなあ……」

「でも、ゆりの木の館の召使い達にもなるべくご主人様の生活に干渉しないように言いつけておきますし、掃除や洗濯も外出中に済ませる形にしますので、こちらとしても最大限配慮は致しますので何卒……」

「大丈夫、アミラは信頼してる。ちょっと色々抱え込んで、神経質になってるんだ。落ち着いたら心配かけないようにするから、またしばらくよろしく頼むよ」

「はい、わたしはこの館の裏手の寮舎で寮長をしていますので、何かございましたらすぐに駆けつけます! 生活用品もラクタが仕込んだものを持ってきましたので、引き続きお使いいただけます」

「そうなの……じゃあ、ラクタもこの近くに住むの?」

「はい、彼女も元はこの施設出身ですから。わたしと同じく裏手の寮に常駐します」

「ちなみにリコは?」

「彼女も一緒です。ですが、リコはご主人様の護衛としての役割があるので、ゆりの木の館で見習い達と一緒に活動します。もしかしたら、今後は彼女と顔を合わせることが多くなるかもしれませんね」

では、三人一緒なのはこれまで通りということなのか。アミラが上機嫌だった理由が分かり、それではきっとラクタもリコも喜んでいることだろうと思った。

特に、存在感の薄さを気にしていたリコまで近くにいてくれるというのは、少し安心した。

ただ、いくつか気になる話もあった。

「リコって護衛役だったの?」

「はい、彼女は女性には珍しい優秀な肉体性エネルギーの使い手で、自身の身体強化による戦闘や、パーティの回復魔法などに長けています。ただ、普段はあまり使う機会のない能力ですので、ご主人様が知らなかったのも無理はありません」

意外な一面を知らされてまた驚いた。これまでは魔素や精神性エネルギーの説明ばかりで、確かに肉体性エネルギーの説明はリコと同じくらい少なかった。

しかし、たびたび「戦闘用」という話が出てくるあたり、今後の展開に関係してくる要素なのか?

「ところで、この館に召使いさんはどれくらい住むの?」

「いえ、召使いは用事が無ければ裏手の寮に戻るようにします。なので、基本はこの屋敷にご主人様一人でという感じです」

「なるほど。んーじゃあまだ許容範囲かな」

とにかく、一人の時間を確保すること、人との物理的なディスタンスが欲しいってことがクリアしていればいい。

「本当に申し訳ございません。それと一つお願いなのですが……」

「なんだい?」

「十分に配慮するよう言いつけておきますが、生活の中で寮生の姿がお見かけすると思います。彼女たちはわたしの大事な後輩たちでもありますので、どうかよしなに……」

アミラは礼儀正しく頭を下げて頼んできた。

本当に、彼女は思いやりのある人なんだなとつくづく感心する。そこまで言われて、いつまでも神経質でいる訳にはいかないなと自戒した。

「わかった。そこは安心して。俺は子ども好きだから」

「へえ?」と、アミラは素っ頓狂な声を出した。

ここでディスコミュニケーションが生じるんかい。

「そういう意味じゃないから安心して」

「え! いえ、すみません誤解してしまい……。ぜひ、優しくしてやってもらえると助かります」

「彼女らもご主人様に好かれたい思いで、陰ながら尽くしてまいりますので……わたしたちも同様にでございます」

アミラはまた満面の笑顔で、俺への忠誠を申し上げてくれた。










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