8.この世界の"人"たち
「南支局からの上がってきた報告により、亡命・難民の申請が増えております。大規模な戦争が無い中で難民が発生しているとは考えにくいですが、現在難民からの聞き取りを行い、原因を調査しています。皆様方の周知の通り、北方には以前我が国へ侵攻してきた国があり、有事に備えて北門に軍勢を常駐、東西にも人員を配置しています。その一方で、南門は友好国との通商に用いられ、人の出入りが容易となっております。もし、今後難民の数が増加していった場合、窓口がパンクする事態を憂慮して、難民申請手続きの簡易化を提案します」
この場面は、平日の俺の仕事風景である。機密保持のため、政務局兼橘氏の屋敷の中でも、最も狭く壁の厚い部屋におっさんたちがすし詰めになって会議を行う。午前中は以前”側近”と描写した行政官たちと時事的な報告と検討を行う。
また、国の外交・国政を決定する際の重要人物として「八大臣」と呼ばれる経済や農業など各分野に精通した専門家(貴族)がおり、彼らに加えて領主(橘氏)、俺のような官僚見習い(?)などのオブザーバーによって委員会(?)が構成されている。普段は側近(5~6人)と橘氏だけの会議なのだが、今日は重要な議題を検討する予定らしく、いつにも増してむさくるしく、息が詰まる様だった。
側近たちの格好は執事のような黒い燕尾服なのに対し、大臣たちは暗い青の礼服に重そうな勲章をたくさんつけた軍人みたいな恰好をしている。名前わかんないけど、肩パッドから金色の紐がしゃなりしゃなり揺れてる。このあたりの描写が雑に見えるので、作者が細かく気にしていない設定なのだろう。
当然のように、会議中の橘氏は退屈そうな様子である。重役たちはそれを承知の上で、橘氏を置いてけぼりに話を進めていってしまう。ほぼ毎日顔を合わせてわかったことだが、なんとなく予想していた通り、彼は大して賢くもなければ、勤勉な性質でも無さそうだった。
話を聞くと、戦争で活躍した流れでホイホイと祭り上げられてしまい、快適な暮らしのためにあれこれ現代的な技術を教えて(再現してもらって)いるうちに、もう降りられない立場になってしまったらしい。
「難民が増えたからといって、手続きの簡易化を提案するのは少し早計ではないか? 受け入れ基準を高くして拒絶することも、事態の解決にはなる」
チビ・ハゲ・デブの三拍子揃った大臣が、報告を読み上げた側近に向かって意見を述べる。彼もよくよく、"頭の固そうな大人"というステレオタイプに則ったキャラクター造形だ。
「あくまで、解決策の一案としてのお話でございます。この点に関しては、ゼン経済大臣閣下より、国力増強と治安維持のため、敢えて移民を受け入れた方がよいとのご意見をいただいております。詳細な調査が終わり次第、両閣下のご意見を参考にして方向性を決めたいと考えております」
「うむ」
「とりあえずはそれで異議なし」
どうやら、この国の政治は行政官VS大臣といった構図になっている様だ。
移民問題といい、行政組織の構成といい、これらも現実の社会を模倣した設定が散りばめられている。作者がこの手の設定を考えるのが好きであると想像できるが、特に法律面で民主制をベースに無理やり君主制を敷いているような印象を受けるので、恐らく法律や政治の専門家ではないのだろう。
この頃は「作者がどんな属性の人物なのか」ということも念頭に入れて、設定を見るようにしている。
俺も「俺がわからないこと」の描写や表現が弱くなるし、説明を忘れたりする。その粗を突いて、物語の進み方を予測しようというのだ。
今のところ、俺が予想する作者像は「絶賛中二病に罹患中のマセガキ」か「異世界系をよく知らないクセに、衝動的に物語を書き始めた初心者」とか。どちらにせよ、社会経験の少なさが窺える。もしソイツに会えるとしたら、この俺が直々に「商業小説とは何か」を指導してやりたい。
「以上で、本日の会議を終わりにします。皆さまお疲れ様でした」
そうこう考えているうちに、会議はお開きとなった。
三時間ぐらい座りっぱなしで、ご老体らは伸びをするなり肩を回すなりして、痛々しい関節の鳴る音がこちらまで聞こえてくる様だった。
側近たちは午後の仕事のために一人を残して足早に退散したが、大臣たちは塊をいくつか作って楽し気に歓談している。この中でひときわ若い橘氏はさぞ心細く、アウェーなのだろう。
しかし、今は俺という話し相手がおり、会議が終わった後でも機嫌がよくなったと側近から聞いたことがある。
「日比谷さん日比谷さん。この前の話のつづき聞かせてくださいよ! サー〇ライが数年前から小出しに動画を作って〇outubeに投稿してたってやつ!」
「ああ、あれね……。そんでね、最近エア〇イドの新作が出たんだけど」
「え、マジで?」
「〇ンダイですっとぼけてたくせに、やっぱ作ってたじゃねえかよ! ってネット民に総ツッコミされたよ」
「マジかーそしたらもうお祭り騒ぎでしょ? いいなー、オレもう数年ゲームやってないんすよ。うーんこれがなかなかつらい」
「これから俺もそうなるかもしれないんだよ……せっかく予約してたのに遊べないんだからね」
「え~もし帰る方法が見つかったら迷うな~。ここの生活も気に入ってるし、覚悟はしてたんでずっとここにいてもいいと思ってたんスけど、いざ可能性が出てきたら気持ち揺らいじゃうな~。一行ったり来たり出来れば嬉しいんスけど」
「ハハハ、そんな都合よくいくかよ」
「でも、もうボードゲームするのも飽きたんスよ~」
同年代とはいかないが、事情をよく知る野郎とお喋りをするのは、女の子だらけの住まいとギスギスしたジジイばかりの環境では一服の清涼剤だ。お互いにリフレッシュし合える相手であるが、今のところ立場や住まいなど橘氏から一方的にギブを受けているような状態である。どうにか、恩返しをしたいところである。
「じゃあ、この世界でビデオゲーム作れないか、考えてみようかな……」
「え? そんなこと出来るんスか? 」
「魔動機ってのあるでしょう? 魔力で動く機械。半導体技術や電子工学の心得はないけど、少しだけプログラミングできるし、魔法で代替されているものが多い中で、マ〇オぐらいだったら頑張れば作れそう」
「マジそれできたらめっちゃテンション上がりますね! ド〇クエとか作ってくださいよ!」
「いやいや、俺らがいる世界観とそんな変わらねえじゃん……」
「えーだって、ココってモンスターとかいねえし、エルフとかゴブリンとかもいねえんですもん。なんか古いヨーロッパに来たみたいな感じで、魔法が使えるぐらいしか異世界感なくて飽きたんスよ」
「あ」
俺はとんでもないことを失念していた。
確かに、この世界に来てからというもの、まさにファンタジー世界には必要不可欠な異種族を見たことがない。
それから、橘氏がつらつらと設定を喋っていたが、意識が完全に自分の世界に引っ込んだ俺にはまったく聞こえなかった。
種族どころか、悪役の設定を気にしなかったのは、ラノベ作家として致命的なミスである。
何故気づかなかったんだ?
マトモなラノベ作家なら、推敲の過程で絶対に気づくことであるのに……。
俺が気にしたのは、ラテンアメリカ系とかゲルマン系かといった国籍別で人種が表現されていたこと。
作者の属性から傾向を分析するとか言いつつ、自分の視野も社会学系の属性に引っ張られていたのか。
ともかく、今気づいて、説明できてよかった。もう遅いかもしれないが。
待て。
これまで、異世界ファンタジーの世界観であることを強調して描写していたのに、こんな肝心な設定を気にしないなんて俺に限ってありえない。
ラノベ作家なんて、異種族の設定を考えるのが醍醐味でもある筈なのに。
現実にもありそうな人間関係の軋轢ばかりに目が向いていた。
作者が考える異世界像が魔法に偏っていたとか……。
いや、ここからは突飛な分析になる。
もしかすると、これらの設定や物語の世界観というものが「読者の脳内補完に依存する」ことを利用している?
雑に見えた設定は物語の本筋とは関係がないため、意図的に描写しないか、ステレオタイプな形で配置されている。
まだ違和感がある。それは当たり前の話をしているに過ぎない。
俺が見る景色や物事に解像度の偏りがあり、目に留まったモノは解像度が高くなり、印象的なイベントとして記憶に残る。まるで、その設定を誰かに説明したいように。
仮にそうだとして、作者の想定する”説明したい相手”とは何なのか。
それ以前に、その設定を説明をしている人物とは誰なのか。
まさか……
「日比谷さん? 大丈夫ッスか?」
「え? なに?」
「いや、なんかずっと俯いて顔色悪そうにしてたから……やっぱこの部屋暑苦しいッスよね」
らしくもなく、混乱が表に出てしまったか。これはよくない。
「い、いや……。きっと疲れているんだな。会議もそうだけど、この頃ずっと悶々としてる気がする」
「ああ、疲れているんだね。でも、今夜はきっと久々にゆっくりと出来るんだよ」
「へえ、どうして?」
「実は、ついに一人暮らしさせてもらえるのだよ。午前中からリコたちが荷物を新居に運んでくれている」
「それはよかったッスね! それじゃあ、今日の任務は新居での生活準備ってことで、このまま帰ってゆっくり休んでください」
「ありがとう。じゃあ、暇があったらゲームの話考えておくよ」
「それはぜひよろしくッス!」
そういうことで、橘氏の特命で午後のお勤めは免除してもらった。
部屋に残っていた側近さんに話を通し、俺はその足で新居に向かって引っ越しを手伝うことにした。




