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7.ギャルゲではありません

「ええ、そのお話は聞いております。」

三姉妹を自室に順番に呼び出すことにして、最初に一人暮らしの話をしたのは、この家での生活方針を決めていたアミラだった。引っ越しや物件探しにあたって協力してもらうことになるだろうし、先に話を通しておくべきだと判断した。

「せっかく四人の暮らしも楽しくなってきたところなのに、寂しくはございませんか?」

「ああ……まあね。でも、これからも勤め先で顔を合わせることもあるだろうし、何もずっと一緒にお世話してもらうこともないんだよ。俺だって自律した大人なんだから」

「それはもう⋯⋯その通りで、ただ⋯⋯」

その時、アミラの視線がすっと落ちて伏し目がちになり、俺はアミラの微笑みが本心とは別の作り物であったことに気づいた。

「私は寂しいと感じます。集団生活とはまた違って、家族⋯⋯ともまた違いますか? でも、こんな風に人と暮らしたのは初めてだったので、短い間でもとても楽しく感じていました」

いつも俺優先で気遣いの出来るアミラが、珍しく自分の気持ちを吐露していることに、軽い気持ちで話をした俺は面食らってしまった。 

「ああいやでも、すぐにお別れって訳じゃないしさ。この前歓迎会をしてくれたみたいに、また新たな門出を祝って〜とか、新居でパーティーしたりとか、楽しい催し物を考えでいこうよ」

アミラはまた微笑みを浮かべて「そうですね。嘆くよりも、楽しいことを考えたほうが建設的です。ごめんなさいね、わたしったらなんかわがままを言ってしまったようで」と居住いを正した。

「いや全然。俺もまだまだたくさんわがままをアミラに頼んでしまうだろうけど、これからもよろしくね」

「はい! よろしくお願いします!」

次に、話をしたのはラクタだった。

ラクタは俺の眼をじっと見て「水臭い、そんな心配しなくていいのに」と呟いた。

まるで、この話を信じていないような、受け入れようとすらしない、頑固なラクタらしい反応だった。

アミラに続いて、俺の心配をしてくれるような言葉を聞けたのは、たった数週間の間でも彼女たちと絆を作れたように思えて⋯⋯あれ、決心が揺らいでしまう。

しかし、驚いたのは、その後のラクタの食い下がり様だった。

「これから魔法本論をやろうとしているのに、一緒に出来なくなる」

「休日に時間を作って一緒にやろうよ。でもラクタのお休みを使ったら悪いから、頻度は少なくなると思うけどね」

「魔法本論はとても内容が多く、理解に時間がかかる。だからこそ、平日に比べ休日も一緒にやらないといけない」

「うーん、そうなのか⋯⋯」

正直、最近の魔法の勉強は難しすぎて、もう勉強しなくていいかなと思ってたところなんだけど。どうせ、魔力が足りなくて使えないんだし。

ラクタは眉間に皺をよせて、鋭い上目遣いで俺の眼を見てくる。クール7・ダウナー3ぐらいの雰囲気の割に、意外と激情型なところがあるんだよな彼女は。

気づくと、ラクタは俺と密着するように距離を縮めてきて、俺の顎のすぐ下に彼女の前髪があるような位置になった。

「じゃあ、わたしの、とっておきの秘密を教えてあげる。」

「とっておきの秘密って?」

「魔法本論の次の巻、さらに発展的な内容の魔法新論の最後のページに、天文学的な精神性エネルギー量を用いて、コンマゼロキュウレベルの精度で制御することで、可能にする大技がある」

「随分と勿体ぶって⋯⋯何が出来るの?」

「対象の考えていることを読む。これで、ご主人が隠している"本当の理由"を暴いてやる」

「へ?」

俺はその言葉の意味を理解する前に、ラクタに魔法をかけられた。それは一瞬の出来事、ギュンッ! と心臓が引っ張られた感覚があったが、すぐに離されて、後は息苦しさも特になく正気に戻った。

地味に、魔法をかけられたのは初めてかもしれない。

「なんか魔法を掛けられた気がしたけど、今ので何かわかったのかい?」

俺はそう尋ねたが、ラクタは切りそろえた前髪で目元を隠すように俯き、固く硬直している。

「ラクタ?」

どんどん俯いていくので、ラクタの前髪を払って表情を窺おうする。髪に手を触れる瞬間、真新しい白絹のような彼女の肌が、ほんのりと紅潮していることに気づいた。

ラクタがぴくりが反応すると、きめ細やかな髪の合間から、また真っ赤になった耳が見えた。

「そそそそういうことは知識のみ、リアルでその問題の対応を迫られるとは想定していなかった。想定していなかったとあれば、わたしにはその経験や心得がある訳ではなく、しかし必要ならば私もその然るべき勉強と実践を以てご主人の問題を解決するのはやぶさかではない⋯⋯」

「はあっ!? ラクタおまえ、なんか勘違いしていないか? いや、ラクタが気にすることなんかじゃないからな!」

ひどく難解で堅苦しい言葉遣いなうえ、遠回しな表現をしていたが⋯⋯いくらなんでも、そんなあからさまな反応をされたら、どんなことを読まれたかぐらい推察がつく。

「いや、迅速な処理が必要となれば、アミラなら心得があるかもしれない。諸々の条件を鑑みて、達成度の期待値は高いと考えられる」

「おいなんてこと言うんだ、アミラ悲しむどころじゃ済まないぞ」

「もし、ご主人様が一人暮らしの再検討を行わない場合、この場で得られた新たに考慮すべき事項を三人で共有する」

「そしたら、いまお前が言ったことをアミラにチクるからな! ああいう優しい人は怒らせた時が一番恐いんだからな!」

「そしたら、ご主人様も無事では済まない。死なばもろとも」

今度は脅してきた方がブルブルと震えている。この様子だと、過去に本気で怒らせたことがあるみたいだな。そんなら何故アミラを怒らせるようなことを言うんだ。

「なんかわたしの話してますー?」

扉越しに、柔らかくともはっきりと通るアミラの声が聞こえてくる。

「とにかく、まだ決まった話じゃないから、取り敢えず何も言わず黙っとけ。わかったな

?」

「うん、わかった」

ラクタは承知してトコトコと自室の扉に向かい、恐る恐る薄っぺらいバリケードを開けてアミラに首尾を報告していた。

こちらから、ラクタと話しているアミラの表情が窺えたが、こころなしかアミラの十八番であるはずの微笑みから、禍々しい気迫が放たれている気がした

まったく、この頃はラクタの問題児ぶりが顕になってきているな。でも、そういうところは、俺がこの世界に来る前からきちんと彼女らが存在しているような、キャラの厚みが感じられる。

いや、設定づくりに関心するよりも、時間をかけて彼女たちを知ることに、喜びを感じている。

その一方で、何故か二人とも俺を引き留めようとするようなことを言ってくれたな。俺はそんな好感度を上げるようなことをしていた覚えがなく、正直困惑している。

ギャルゲだったら、どのヒロインのルートに乗るかで話が変わってくるが、基本的に一本道のラノベに限ってその線は薄い。


話を戻して、最後はリコを呼び出した。

リコは、明るく元気なムードメーカーといったキャラだ。

しかし、アミラとラクタ同様に、日常生活ではきちんと存在感があるのに、唯一彼女からは有用な設定やヒントを引き出せていない。

だからか、よく喋っている筈なのに、どこか孤立していて、寂しげにしているような感じがする。 

あくまで俺の感覚で、それの信憑性は担保されていない。単に、作者の不手際で影が薄くなっているだけだったり、気のせいってことも全然ある。

しかし、そうだとしても、目の前で存在を認知できる俺が、リコのことを見てあげないとかわいそうだと思った。

リコの仕事が終わるのを配慮し、アミラとラクタの面談と時間をあけて呼び出した頃には、寝室に夕暮れの緋色が差し込む時間だった。

「そうなんだ⋯⋯。いい家が見つかるといいね! お引っ越しの時は、荷物運ぶのがんばる!」

リコは、すんなりと受け入れている様だった。意外⋯⋯というより、先の二人の反応から、引き止めてくれるだろうと期待する気持ちがあったことも否めない。

そんな気持ちの矛盾がありながら、話をしてしまったことに若干の罪悪感を感じた。

「さっきはラクタがなかなか食い下がってきてね。クールな印象とのギャップで驚いたよ」

「あはは、わたしよりもおねえさんなのに、子どもだよね」

「そうなのか、一番小さいラクタが年下だと思ってた」

「それ、ラクタに言ったら怒るから気をつけなね?」

「ちなみに怒ったらどうなるの? またプチ家出しちゃうとか?」

「いや、怒らせたやつの急所やコンプレックスをぶったたいてくる。アミラはおっぱい、わたしはおしりをやられる。ご主人だと⋯⋯」

やめろやめろシモの話はもういい視線を下にやるなまじまじと見るな恥ずかしくないのかおまえ。

「ともかく、まあ⋯⋯やっとみんなのことを深く知れたり、教えてもらうようになったというのに。寂しくも、もったいないと思いはするよ」

リコは遠い目をしてそう言うと、腰の後ろに持っている箒を尻尾のようにひょこひょこと振り、また持ち直す。

「ご主人はわたしとたくさんお喋りしてくれたけど、元の世界に帰るのに役立ちそうな話は何もなくてね」

「いやいや、リコと喋るのは楽しかったよ。こっちの世界に来て何もわからないまま生活が始まってさ。心細く感じていた中で、とりあえずくだらない話でも聞いてくれて、反応してくれたのはとてもありがたかったよ」

「ほんとう? だったらよかった」

リコは俺を見て微笑んだが、すぐに憂いに流されて、また遠くを見るような眼になる。

「わたしはアミラみたいに賢くもないし、ラクタみたいに才能もない。わたしはただの雑用係だから、あの人たちがちょっと羨ましいんだ」

なんだか、リコからこんな本音を聞くのも意外だった。どちらかといえば、橘氏のような悩みのない、あっけらかんとした印象だったが、こんなに自己評価が低いとは思いもしなかった。

「どうしてそれを今言ったの?」

すると、リコは誤魔化すようにはにかんで

「なんでだろうね! ご主人みたいに言葉にするのがうまくないから、自分でもよくわかんないや」と言った。

「まあ、大体リコぐらいの齢のコは、そういう思い悩みがあったりするもんだよ」

特に、リコとラクタは思春期から青年期に移り変わる、最も多感な時期だからかもしれない。この世界観では当たり前のように奉公をしているが、現代日本ならまだ親元で甘やかされていても不思議ではない年頃だ。

今まで生きてきた環境の中で、頼ったり相談できる大人がいなければ、人目もあって心のうちに抑え込んでいた感情もありそうだ。

「なにか悩み事があったら遠慮なく言ってよ。ご主人とか、目上の人だからではなく、一人の大人として向き合ってあげる。こう見えて、子どもが二人いるお父さんなんだぞ?」

これはリコだけでなく、ラクタやアミラにも伝えるつもりで、口に出した言葉だった。

リコはいっと口を歪ませて「わたし、そんなに子どもじゃないよ」と、いたずらっぽく笑った。

「ご主人のお子さんっていくつなの?」

「十歳の男の子と十一歳の女の子だよ。二人ともよく喋るコでさ〜」

と、どの世界でも通じる最強の話題「子煩悩」を繰り出し、愉快な話題へ移る。

しばらく喋っていると、扉の向こうから「リコー! 御夕飯の支度しなくていいのー?」というアミラの声が聞こえた。

「いけない! じゃあいくね! いろいろお話してくれてありがとう」

「ああ、こっちこそ長く引き留めちゃってごめん。それじゃ、今晩もよろしくね」

リコはぺこりとお辞儀をして足早に扉へ向かった。

ドアノブに手をかけた時、彼女は振り返って俺の方を見ると「さっき、なんであんな話したかわかった! ご主人は、とっても話しやすいから!」と言った。

そして、扉の向こう側から顔だけを出して、今まで見た中でいちばん素敵な笑顔を見せてから、ゆっくりと扉が閉められた。


やはり、俺の推理は当たっていたのだなと思った。




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