5.ハイライトが泳ぐ
机に分厚い本を何冊も積み上げ、一心不乱に読書に耽る少女。家を飛び出したラクタは、近所の図書館で独りの時間を過ごしていた。
「ラクタ」
俺は彼女の隣の椅子に座り、静かに声をかけた。
「どうしてここが」
ラクタの質問はひどく形式的だった。
その一方で、本から滑らすように俺の眼へと移された、鋭くもまだ幼い丸みを帯びた彼女の眼差し。
そのアニメーションには、言葉とはまた別の含みを感じた。
「魔動機のエネルギー供給ラインから逆探知して、アミラが居場所を教えてくれた」
アミラからは「たまにあることで、いつもは放っておく」と言われたが、俺はそれを許せなかった。
ラクタの態度に対してではなく、人の気持ちや人生に"設定"というレッテルを貼って、軽んじていた自分に許せなかった。
ここに来てからというもの、この世界の人たちを"メタ"的に観察するばかりに、俺は彼らが生の人間であることを忘れ、いつも整合性で批評するような考えに陥っていた。
それは表に出さなければバレやしない。そして、今まで出会ってきた人はみんないい人だった。その善意に甘えて、勿論リコ、アミラ、ラクタにも甘えて、自分は何の役割も果たすことなく、言いたい放題言ってきたのだ。
これではいつか、メタな分析のために、俺は一線を越えて人として大事な思いやりを失うような気がした。
その認識の歪みを、ラクタの出奔が気づかせてくれたのだ。
「心配させてしまったら申し訳ございません。しかし、仕事は完璧に終わらせてあります。休日は召使いもある程度は自由時間が許されており……何かご要望、簡易なものなら自律型術式生成装置にいつものように『ラクタ、』……」
「いや、俺はラクタに魔法理論を教えてもらいに来たんだ」
ラクタは、少し驚いたように眼を見開いた。
しかし、すぐ瞼が重くなり、疑わしいという様に「お叱りにならないの?」と尋ねた。
「さっきのことは気にしてないよ。いや、きっかけにはなったけど」
「なんのきっかけ?」
「ラクタのことを、もっと知りたいと思うきっかけだよ」
ラクタはまた、驚いたように眼を見開いた。先程とは違って、大きな瞳の輪郭がはっきりとわかる。ハイライトの雫がくるんと泳ぐと、彼女はそっと眼を閉じ、今度は伏し目がちに目線を逸らせて「どういうつもり」と呟いた。
「ラクタは精神性エネルギーのエキスパートだって聞いたから。それでね、ただ魔法理論も教わるだけじゃなくて、ラクタがいつもどんな風に仕事をして、どんなことが楽しくて、他にも好きなことや嫌いなものまで教えてもらいたくなったんだ」
「随分急な話。わたしと喋っても面白くないのに」
「面白さなんて求めちゃいないよ。俺は知れることを喜ぶのさ。だから、ご主人様からのお願いとして、色々なことを教えて欲しい」
そこまで言うと、ラクタは視線を俺の顔に移し、上目遣いで「うん」と頷いた。
そして、俺は椅子を寄せて、肩をくっつかせるような位置に座り直してから、周りの迷惑にならないようにひそひそと喋り始めた。
実は、俺はお喋りが大好きだ。
人がいればずっと喋っているし、いなければずっと思索をしている。
ひそひそ声とはいえ、ずっと喋るのは憚られたが、幸いにも図書館に人は少なく、注意もされなかった。
ラクタは、しばらく軽く困惑して気を散らしていたが、やがて落ち着くと、魔法理論以外にも自分の話をしてくれるようになった。
「アウトプットばかりしていると、悪い意味で煮詰まっていく気がする。だから、たまにインプットをして気分転換をする」
「勉強家なんだね。俺も見習わないとな」
「ご主人は既に賢い。これまでたくさん勉強してきたと察する」
「それはどうも、確かにそれは当たってる」
一浪までして大学に行ったので、恐らく普通の人よりかはたくさん勉強してきたと思う。さらに、物書きとして知見を広げるために、インターネットを駆使して様々なものを調べたり、勿論たくさんの本も読んできた。
精神性エネルギーは勉強で育つと聞いて、最初はロマンも都合の良さもない設定だと嗤っていた。しかし、地道な努力と成長が担保されている世界の方が、実は幸せなのではないかと考えた。
いつしか、俺とラクタの間にあった、とっつきにくさの壁は消えていったように感じた。
週二以上の投稿を目指しますを




