3.作者の意図を述べよ
「ご領主さま、どうでした?」
屋敷を出ると、アミラが首尾を尋ねてきた。
「いい人だったよ。若くて頭も柔らかそうだし、ここが平和な理由が分かった気がする」
政治面では暗君とは言ってあげなかった。
ただ、「わからないことは現地の人に任せる」という思い切りの良さは、自信過剰で何でもやりたがりな主人公が多い中で珍しい。
単に面倒事や難しい話を避けたいだけかもしれないが、自分が良くされるのに甘んずることなく、受けただけの恩や責任を果たそうとする気概もある。
そんな印象を受けた。
一方、所により彼のお節介が、この世界の設定を理解する上でノイズになっていることにも気づいた。
〜橘氏との回想〜
「ところで、世話役にやった三人のコたちどうっすか?」
「ええ? いいコたちですよ。よく働いてくれてるし、今のところ不自由はないし」
「まあそうじゃなくて、オレなりにカワイイコたち選んだんすけど、気に入りました?」
あれはお前の差し金だったのか。
「気を利かせてもらってありがたいけど、そういうのは間に合ってるかな。俺は元の世界に妻子を残してきている。あと気になるのは……みんなショートヘアーなのは君の性癖か?」
橘氏はあっけらかんと「いや、ここはショートヘアーのコ多いよ。それがスタンダードみたい」と教えてくれた。
(世界の)作者の性癖か……。
「じゃあ、屋敷にいる召使いたちの服が、みんな肩を出しているのはこの世界の様式だったり?」
ウチの召使いたちの格好、目のやり場に困るんよ。
「いや、それはオレの趣味ッス。肩フェチなんで」
これはお前の性癖なんかい……いや、作者の性癖を登場人物に代弁させているのかも。
まったく馬鹿馬鹿しい分析だが、一応の参考として頭の片隅に入れてべきなのか?
いちいちこんな事を考えてたらキリ無いぜ。
〜
脳内分析はこのぐらいで……。
俺たち一行は、俺の魔法使いとしての適性や固有スキルを調べるため、魔能研究所という場所へ向かっている。
この世界の魔法・異能関係の設定は、宿の魔動機(家電)を司っているラクタから話を聞いていた。
過剰に複雑な設定が考えられており、これも作者の癖を詰め込み過ぎという、駄作にありがちなマイナスポイントである。
魔力の種類も基幹エネルギーから二つに分化して精神性エネルギー・肉体性エネルギーがあり、それらをさらに変換して魔法を発動させる魔力を生成するという段階を踏んでいる。
段階を経るたびにエネルギーのロスが生まれるらしく、生来的なエネルギー貯蓄量の多さと、いかに効率的に汎用性の高い魔力へ変換出来るかが技量であるらしい。
また、アミラに頼んで魔能理論の本を仕入れてもらった。
理屈は基礎科学的な要素が散りばめられており、地震波のような波の性質や、大学時代にチラッと学んだ偏微分の基本公式も見かけた。中でも、術式と呼ばれるものはプログラミングに近かった。
もしかすると、作者は理系の人間かもしれない。俺は専門家ではないのでどこまで正しいのかわからないが、世界観を成立させる為にSF的な要素も盛り込んでいるところが、これまた厄介なひねくれ具合が窺える。
それはともかく、俺も主人公ならば、個性的な物語を演出するために特殊能力かチートスキルぐらいもらえているだろうと。
今までは使い方が分からなかっただけで……と、希望的観測を持って勇み足で適性検査に向かったのだった。
〜
はい、最近はまったくの無能という主人公もザラにいるんですよね。知ってました。
まず調べないといけない時点で薄々お察し。
わたくしには無能という運命が突きつけられていたんですね。
なんか微々たる精神性エネルギーはあるようで、訓練すれば一応魔力を扱えるようにはなるらしい。
だが、使用者のエネルギーに依存する魔動機の継続稼働すら難しく、せいぜいスイッチのオン・オフを命令するぐらいが関の山。
火を起こしたり、風を操ったり、戦闘用の魔法なんかは到底無理だと宣告された。
こんな悲しいことわざわざ説明させるな。
「大丈夫ですよ。ヒビヤ様はとても聡明なお方ですから、ご領主の元でも立派にお勤めなされると思いますよ」
「そう。ご主人の頭が良いのは、この数日過ごしていてとても感じるから、政務局のお勤め向いていると思う」
アミラのフォローに加えて、ラクタからも慰められてしまった。非常に情けない。
「大丈夫だよ! 開発局の連中が勝手にそう言ってるだけで、ご主人にも伸びしろあるかもしれないでしょ?」
リコが言う伸びしろとは、肉体性・精神性エネルギーは鍛錬によって貯蓄量と生成量を増やせることを指している。
肉体性エネは筋トレやランニング。精神性は勉強で知見を広げたり、思索することである程度成長するらしい(個人差アリ)
随分と原始的な努力……これは現実世界にも通ずることだが、夢もロマンもない設定ばかり課してくる作者は、実は根拠や整合性のない成功に否定的なリアリストなのでは?
老いの兆候を感じるおじさんには、気の長い努力は身に応えるし、伸びしろなんてたかが知れてる。
君はラノベ作家には向いてないぜ。読者のニーズを考えてサービスするのはクリエイターの基本だ。
この類のお話を読むのは誰だ?
世間と努力を知らない若者か?
いや、今時の若者ほど受験や就活で競争競争と追い立てられて、スキマ時間で手軽なドーパミンを求めているんだ。
現実を思い出させるような、残酷な詰ませ方をしてくれるなよ。
そもそも、この作者はどんなメッセージを伝えたいのだろうか? 実は、徒然に妄想を垂れ流しているだけで、プロットも最後の結末も考えていないのではなかろうか。
であれば、俺があれこれ考えて動いても全て無駄である。また、全て予定調和に設定されていても同様。
あくまで、俺がどうこう出来るのは、「適切なイベントを踏めば、物語が進む」ように設定されているRPG形式のストーリーだった場合だ。
最悪、余計なことをしてしまうと、文字通りの"詰み"や迷宮入りも考えられる。
たくさん情報を仕入れた筈なのに、また推理が暗礁に乗り上げてしまった気がする。無能が発覚したショックに加えて、非常に重たい気分だ。
「……そうだ! 改めてご主人のお勤めも決まって、アタシたちの生活の新たな門出になるんだし、歓迎会しよーよ!」
つい考え事で口数の少なくなっていた俺を励まそうと、リコが明るい提案をしてくれる。
「そうですね! 支度金もたくさん頂いていますし、夜はパーッと宴会でもしましょうか!」
「保存庫の食材が足りないから、これから買い出しに行くことを提案」
「そうしようそうしよう!」
アミラもラクタも乗ってくれて、みんなは出会って間もない俺のことをこんなにも思ってくれている。
ある時は、彼女らも作者が仕込んだ「設定」ではないかと疑心暗鬼に陥ったりしたが、それを抜きにすれば、ひたすら良いコたちなのだ。
俺の事情をよく理解しているし、協力もしてくれている。こんなに恵まれた環境でへそを曲げるのは、なんだか大人げない気がする。
この世界でも人の温かさにはよく触れてきたが、家族の温もりから離れて久しく感じる。
自分の気持ちを強く持つため、また彼女らの心遣いに応えるためにも、改めてこれから一緒に生活していくリコ・ラクタ・アミラを家族として受け入れるのも、やぶさかではないだろうと頭を切り替えた。
「よしじゃあ、今日は俺も夕飯の支度に参加して、元いた世界の料理をみんなに振舞っちゃおう!」
「えーっ! 楽しみ楽しみ!」
「今後の献立の参考に」
元の世界に早く戻ることへの焦りや、陰鬱とした思索に耽るばかりではなく、楽しめる要素は存分に満喫していこうと俺は思い直した。
〜
翌朝である。
朝起きると、ラクタが俺の布団に潜り込んでいたのに驚くイベントから、一日が始まった。
作者さんの誠意で、露骨なサービスシーンを戴いたところで、ラクタの言い訳としては「お酒を飲むと精神エネルギーの統率が乱れて、無意識に突拍子もない行動をしたりする」とのこと。
微睡みから覚めて、寝間着のはだけた自分の格好を恥ずかしがるところまでセット。
詳細は本筋に関係ないと思われるので割愛。
ところで、肩出しファッションは橘氏の趣味だと言っていたが、やはり作者の性癖なのでは?
一連の演出に細やかなこだわりを感じる。
それはさておき、本日は早速の初出勤である。
俺はもう珍妙な格好の不衛生なおっさんではなく、高官に相応しい正装を身に纏った紳士である。
毎日風呂に入ってるし、歯も磨いているよ。
三姉妹らと勤め先は一緒なので、"宿"から"家"となった拠点から一緒に出勤して、領主の屋敷でそれぞれの部署に分かれる。
俺がこの世界に来る前までは、三人ともそれぞれこの屋敷で自分の仕事があった。
特にラクタとアミラは彼女にしか出来ない仕事もあるというので、俺のお世話が必要ない日中は元の持ち場に戻らせて欲しいとの話だった。
まあ、俺も立派な大人なので、本当はお世話なんか要らない筈なんだけど。ロクに魔法が使えなければ、マトモに生活機器が扱えない身分では強がりでしかない。
例えるなら、スマホの使えないおじいちゃんみたいな感じかな。
俺の仕事は、橘氏の付き人である。
付き人と言っても「しばらくは研修期間ってことで、隣で見学してて」とのことなので、基本的には何もせず、現場を見て、話を聞いているだけでいい。たまに荷物持ちをする程度のラクな仕事だ。
ただ、恐ろしくヒマで退屈でもある。
元の世界に帰る方法を考えようと脳みそを働かせても、室内にいては目新しい情報は望めそうにない。
いくつかの会議に臨席して、この街の内政に詳しくなったところで、敢えて説明する必要もなさそうな設定しかない。
昼食になると、側近たちとご領主で食卓を囲み、俺は皆から質問攻めを受けた。
頭の硬そうな、というより、自分の世界の文明や繁栄に誇りを持っているようなプライドの高さが、側近たちの話しぶりから伺えた
一方、橘氏は自分がこの世界に転移した後の日本で、どんな出来事が起こったかを尋ねてきた。
側近たちはわからない話・興味のない話である。すると、彼らはどうやら面白くなさそうな顔をする。
なるほど、これはやりづらいな。
俺は橘氏に小さく耳打ちし「こういう話は、二人きりの時に大いに盛り上がりましょう」と促して、今後の食事会は事務的に向き合うことにした。
午後、俺は特別に「街の視察と市民との交流」という仕事を与えられたが、これは元の世界に帰るための研究時間である。
橘氏は「オレは元の世界に帰ることなんて考えたことなかったけど、こっちでも手がかりは探ってみるよ。立場上、完全にニートさせてあげられなくて申し訳ないけど、この時間で頑張ってください」と気を利かせてくれたのだ。
彼は本当にいい子であり、こんなに思いやりがあれば、わざわざ異世界なんかに来ずとも現実の世界で幸せに暮らせたのではないかと思う。
そういう子を平気で潰しかねないのが、現代日本という環境なんだよな。
街の視察はアミラが同行し、他の者は付かない。つい話しやすい彼女にあれこれと愚痴や考えた事を話しながら、街の様子を観察する。
今日は街の図書館へ行き、歴史上や魔導書から手がかりとなりそうな設定を探して、一日が終わった。
ここでも、一日特に物語が動かなかった。
そして、こんな淡白な一日がこれからのスタンダードになっていくような予感がした。
宿に帰ってきて、三姉妹と夕食を喫し、小一時間公衆浴場に出かけて、一人の宿直と一緒に眠りにつく。
今日はアミラの当番で、リビングに簡易ベッドを出して寝るらしい。どうせなら彼女たちの部屋も用意したれよ。
もしくは、ダブルベッドで一緒に寝ろってか?
一人寂しく布団に潜り込んで思索に耽る。
確か、今日でこの世界に来てから七日目。
そういえば、この世界の時間の進み方はどうなっているのか。もし、こちらとあちらの時間の進みが同じなら、元の世界では俺が失踪してから一週間、酷ければそれ以上になる。
妻と子どもたちに大変な迷惑をかけているだろうな。孤独になると、つい鬱屈と焦りが浮かんでくる。
もっとも、心配や不安で苦しんでいる暇があれば、まず行動して事態の解決に動くことが最善なのである。
明日、明後日、そのまた次の日は、もっと実験的な立ち回りをしてみようかなと決めて、俺は意識を暗闇へ委ねた。




