26.スサノオ
異世界系の設定づくりにおいて、"神"や宗教は非常に重要な要素である。コンプライアンス案件にもなりかねない、デリケート・センシチブな話題でもあるが、エルフや魔物同様にファンタジー世界を演出することにおいて、ある意味不可欠な構成要素とも言える。
「あなたは神を信じますか?」
とかいう、なんとも胡散臭いセリフで親しい人らに尋ね回って、得た結論としては⋯⋯。
この世界の住人たちは、基本的に無宗教の無神論者であるということだった。
ただ、神や仏などの"人の手が届かない高位の存在"自体は否定していないが、「いたら都合がいいかな」ぐらいに捉えている。
豚肉食っちゃいけないとか、結婚しちゃいけないなどの、生活を制限するタイプの戒律は普及しておらず、その暮らしぶりを見ていると非常に合理的で、やはり現代日本的な宗教観を持っている。
考えてみればそうなのである。
この世界は、作者の興味がなければ、基本的に現代日本の常識を下敷きにしているのだ。
ちなみに、昔に大学で受けた文化人類学の授業で「文明があるところには、必ず宗教がある。一見、窮屈で理不尽な戒律にも、そこで暮らしていく上での工夫や戒めの意味が込められている」みたいなことを教わったので、逆に全く宗教がないのも不自然ではあるのだ。
多分、この世界の作者は教養がねえから、気にしてないのだろうけど。
なら、これ以上神様関連の設定を深掘りしても、収穫は獲られないように思えた。
「わたしは信じていないけど、誰かは信じているんじゃない?」という当たり障りのない意見が大多数を占めていた中で、面白い意見を聞かせてくれたのは、この前仲良くなった才川君だった。
「あー、確かに。この世界では、あんまり神様とか宗教の話は聞かないですね。かえって過ごしやすくていいですけどね」
この頃、俺は宿舎で夕食を摂った後、週に二・三回は才川君のお宅に伺って、一緒に晩酌したり、夜遅くまで喋り明かしていた。
幸いにも、襲撃者の来襲パターンは平日の午前十時〜午後五時と分かっていたので、土日と夜はゆっくり休むことが出来た。
「もし、神様とやらがいるんだったら、そいつに元の世界に帰る方法を訊けると思ったんだけどなあ」
俺は頬杖をつき、天井の灯りを眺めて不貞腐れた演技をする。
「なあ、才川君はメタい話って嫌い?」
「いえ、大丈夫ですけど。メタいとは?」
「いや、実はね。俺は、この世界が"誰かが作ったラノベの世界"だと思っているんだよ。俺とか、橘氏とか、才川君とか複数人の転移者がいてさ。多分才川君は"異世界で手紙屋さんをやる"っていう物語の主人公なんだろうけど、橘氏は冒険とかハーレムモノやってて、みんな主人公らしく成功しているわけよ。俺はまだ物語の途中みたいでパッとしないんだけど」
「あー、なるほどですねえ……」
「そこんトコロ、同じく作家仲間である才川先生はどう考えます?」
才川君は顎を掻き、俺と同じように天井の灯りを眺めながらしばらく考える仕草をする。
「そういう観点から考えると、確かにぼくも"作者の意思"みたいなのは感じますね。ちょっと無理やりじゃない? みたいな展開が起こることもありますし。前にも話しましたが、ぼくは日比谷さんほど振り回されてないですし、別に迷惑なことは起きてないので、大人しく従ってますね」
「それホントうらやましいよ。この世界の作者さんは俺のこと嫌いなんかね?」
「いや、嫌いだったら主人公にしないと思いますよ? 大体、出来の悪いラノベや小説の主人公って、作者の投影じゃないですか?」
「おっ、なるほど……いや、それは無いかもな。俺と、才川君と、橘氏とで性格が違い過ぎるもんな。それに、俺たちの性格や設定が作者の投影や何らかのモチーフで作られているんだったら、俺らが元々いた現実世界さえも作り話の世界になっちゃうじゃないか!」
「いやー、それは考えたくないですね」
才川君は口元に軽く手をあてて苦笑していた。
「そうだよ。そこまでは疑ってない。あくまでも、設定のちぐはぐなこの世界に文句を言ってるのだから」
「ところで、才川君は例の"襲撃者"について、どう思う?」
「襲撃者?」
俺がそう尋ねると、才川君はやや怪訝な顔をした。
「襲撃者って、最近この都市の周りを破壊して回ってるヤツだよ。みんな迷惑してる」
「ああ、あれですか。全くひどいですよね……ウチの周りもこんなにされちゃって」
才川君は腕を組み、ときどき唇を噛んでさも困っているといった様子で答えた。
「この頃は、家族の安否を確かめる手紙の依頼が多くて、なかなかつらいんですよ。だから、その類の依頼は受けない様にしているのですが、ちょっと話を聞いちゃうと受けずにはいられなくて……それでお金をもらうのも悪いじゃないですか。だから、はやく素敵な手紙を送り合える世の中になって欲しいものです」
「ほー……そんな事情もあったんだな」
「安心しろ! この俺がズバッと討伐してやるぜ!」と言ってやりたかったが、市民には俺たちが外部の討伐隊であることは秘密にしている。
だから、俺の身分は"カシワシから交易にやってきた商人"と説明している。
信頼できる同郷の友であっても、立場的に公私を分けて、考えながら喋らないといけない。
「実は、その襲撃者が破壊神的な何かなんじゃないかと思っているんだよ。ファシオスの軍隊でも敵わない。聞く所によると、カシワシからも応援が来ているみたいだが、そいつらも難攻しているみたいじゃないか」
「日比谷さん詳しいですね」
才川君に感心されると、少し照れくさいが、そこで一番言いたかったことを言ってみる。
「絶対、この物語で重要な悪役だと思うんだよ。破壊神でも疫病神でもなんでもいいから、俺はその上位存在とやらに話を訊いてみたい」
「訊いてみたいと言っても、危険じゃないですか?」
「そう、だから、ぜひともそのカシワシから来た勇者様には、襲撃者を生け捕りにしてもらって、尋問出来るようにしてもらおう」
「あはは、まあ……無理しないように気をつけてくださいね」
才川君は目を細めて微笑みながら、俺の戯言を気楽に笑い飛ばす。
「ただ、その襲撃者は一体、誰の物語の悪役なんですかね? ぼくは勿論被害を受けてますけど、直接的に向き合ってる訳でもないですし。それは日比谷さんもそうでしょ? だったら、必ずしも日比谷さんが主人公の物語に関係する話ではないでしょうし、だとしたら、同じ世界同じ時間軸で生きるスターシステムのとばっちりなんですかね?」
これに関しては、まさしく俺はその襲撃者と真正面から立ち向かっている。しかし、それをこの場で言うことは出来なかった。
「もしそうだったら、ホントに迷惑な話だな。ただ、俺と才川君のように、別作品の主人公同士が交流することも可能なんだから、その襲撃者に立ち向かってるヤツにアクセス出来れば、また何か分かるかもしれないな」
「そうですね。希望的に考えましょう」
才川君はまたにこりと笑って、紅茶の入ったティーカップを口に運んだ。
「それで、その襲撃者とやらには、名前とかないんですかね。ぼくは聞いたことないんですけど」
「あー、確かに。俺もみんなが襲撃者と呼ぶ他に、"ヤツ"とかしか聞いたことないな」
「そんな物語に重要な人物だったら、名前があって当然だと思いませんか?」
「暴れる前に名乗り口上してくれればいいんだけど、いきなり現れては無言で暴れまわる、話の通じないモンスターらしいからな。まだ名付けられていないのなら、作者が名前に興味がないのかもしれない」
「なら、分かりやすくするために、日比谷さんが勝手に名前つけちゃったらどうですか?」
「そんなことしていいのかな。後で分かった時に、違ったらなんか恥ずかしくない?」
「日比谷さんも物語の主人公なんですから、悪役をどう呼ぶかぐらいの権限はありますよきっと」
「うーん……」
"主人公だから"というのはちょっとよく理解出来なかったが、確かに悪役に固有名詞が付けられていないのは、作家からしても不自然というか、ダメな設定と思わざるを得ない。
また、"襲撃者"というのもカッコよくない。
「神……破壊神……祟り神……でも暴れ回る神様といったら、どんなのがあるかな?」
「さあ、ぼくはちょっとそこら辺詳しくないんで……すみません」
「じゃあ、せっかくなら日本神話から考えてみようか……荒ぶる神から"スサノオ"とかどうだ? ちょっと中二病染みてて恥ずかしい感じもするけど」
「いいんじゃないですか? それに気付けるのはぼくみたいな転移者ぐらいですし」
「才川君はダサいと言ってくれるなよ?」
俺がそう釘を刺すと、才川君は"はい"とも"いいえ"とも言わず、ただおかしそうに笑っていた。
~
俺が考えた"スサノオ"という悪役の呼び名は、すぐにパーティの中で定着した。
みんなも、襲撃者の呼び名が無いことには、不便さを感じていたみたいだった。
ラクタがスサノオの心を読もうとした時、「おぞましいほど歪んで、邪悪な精神状態」だとか言ってたから、まさしく”(精神状態が)荒んだ男”として、ぴったりなネーミングだったかもしれない。
それは置いておき、一通りヒアリングが済んだ頃に、予定よりも相当早いラーゲンの床上げによって、俺たちは再び本格的な討伐活動に向かうことになった。
ここに来て、空気になりかけていたアミラの「対象の時間を操作する」という特殊魔法によって、ラーゲンの傷が完治するまで、彼の身体の時間を進ませたのだ。
じゃあ、最初からそれで治せばいいじゃんという話に思うが、この方法は様々な危険を伴うので、アミラが躊躇っていたのをラーゲンが無理を言って試させたという。
傷口は清潔に保って適切に処置しておけば、時間は掛かるが人間の治癒力によって塞がる。しかし、適切に処置しなければ化膿したり、壊死したり、合併症のリスクがあるため、安易に時間を進めるとそのような”悪い未来”になる可能性があった。
それを防ぐには、"このまま静かにしていれば治るでしょう"という安定した状態にしなければならなかった為、物語に一週間の空白が必要だったとのこと。
ケガをする前の時間に戻せばよかったんじゃ? とも思ってアミラに尋ねたが、また色々と"設定"を説明されて、結局"リスクがある"という話になったので割愛する。
これも恐らく物語に直接的に関わるものではなくて、矛盾や不可解をいちいち指摘しても、その説明でテンポが悪くなるだけだろうし、それは俺も作者も望むものではない。
「諸君、しばしの間、迷惑をかけた。誰も考えてはいないだろうが、全快祝いというものは要らん。それよりも、一刻も早い"スサノオ"討伐のための作戦会議を始める」
快復したラーゲンを中心に、一同は円を描いて顔を向き合わせる。みんな、これまでより一層、真剣かつ前のめりになってラーゲンの話を聞く姿勢になっている。ラーゲンの負傷によって気が引き締められたのか、つまらないプライドや冷やかしで彼の話を遮ることもなく、戦いに向けて覚悟が固まっている様に見えた。
こう見てると、彼が寝込んでいる間、他のことばかり考えていた俺は、薄情で楽観的な人間に思えて罪悪感が芽生えてくる……。その分、俺も戦いに精一杯貢献したい思いで、シリアスな面持ちで会議に参加する。
「戦闘における基本的なポジションは変わらない。おれ、リコ、フルクスが前衛で牽制。マルトス、ヒビヤが中衛で火力の中心。ラクタ、アミラが後衛で防御・回復魔法による支援だ。ただ、判明したスサノオの性質により、魔力中心の波状攻撃から物理偏重の一撃離脱戦法に変える」
「この前の戦いから、スサノオに魔力・魔法系の攻撃が通用しないことは周知の通りだ。しかし、聴覚や視覚の攻撃は効いたことから、スサノオは人間と同じ身体の仕組みを持ったバケモノだと仮定して、物理攻撃が有効だと考えている。有効と言っても、スサノオは固い装甲に覆われているので、斬撃よりも打撃、さらに衝撃が効きそうだと考えている」
「よって、前衛のおれとリコが打撃でスサノオの体力を削り、あわよくば気絶か行動不能状態にする。そして、急所だと思われる首をフルクスの斬撃で刎ねる……ヤツが首を回してきょろきょろと周囲を観察していたのを見たからな。可動する部位は柔らかく防御が薄いのは昆虫や鎧の特徴に共通する。ただ、念のため魔力のコーティングは切っておけよ」
フルクスは「わかった……トドメは僕が……責任重大だな」と呟いた。どんな時でも勇ましい振舞いの彼らしくなく、弱音こそ吐かないが、明らかに自信無さげな様子であった。
「そう気負い過ぎる必要はない……と言いたいところだが、我々が用意していた一撃必殺の攻撃手段が軒並み無効化される予測があるからな……。おれの魔石弾も効かなかった、ヒビヤの魔力ガンも効いてるそぶりが無かった……ただ、よい牽制にはなっていたので、これからも必要な役割だ。決して役立たずと言ってる訳ではない」
「うん、分かってる」
「アミラの時間操作は試していないが、それも魔法由来の能力なんだろう? なら、効かないと考えるのが自然だ。勿論、おれの傷を短期間で治してくれた功績は大きい。これからも無くてはならない衛生兵だ」
「……いえ、まだ完全に効かないと決まったわけじゃ」
「にしても、おまえをスサノオに肉薄させるのは難易度が高くリスクもある。そのうえリターンも望めない。役に立ちたいと思う気持ちは結構だが、我々が最も重きを置いているのが、”全員無事で帰る”ことだ。必ず次の戦いで仕留めなければいけない訳ではない。危なくなったらまた退却して作戦を練り直せばいい。それだけでも、多少なり被害を減らすことには繋がるのだから。自己犠牲で死に急ぐことは許さん」
ラーゲンの言い方がぶっきらぼうな事には変わらないが、彼の言葉をよく咀嚼してみると、彼なりの優しさが含められている気がした。
「この前は自分が自己犠牲やったくせに……いてっ」
隣にいるんだから、どんなに小さな声で呟いてもラーゲンに聞かれるとわかっているはずなのに、リコが余計な一言を言って、べしっと頭を叩かれる。
リコはそこで少し拗ねたような顔をするが、ラーゲンはその叩い手を再び彼女の頭にのせ、ぐしぐしと乱暴に撫でた。
「みんな、これらの話を聞いて緊張しているだろうが……おれはこの戦い、決して勝ち目のないモノだとは考えていない。寧ろ、想定よりも弱い相手だと思っている。ただ、ちょっと変わった性質を持ったバケモノということで、我々も動揺や混乱で隙が多くなってしまった。次の会敵では、この戦術を一通り試してダメだったら即撤退だ。各々、余計なことは考えず、与えられた役割を全うすることだけを考えろ。会議は以上だ。質問が無ければ、自由解散とする」
質問は出なかった。いつもながら、ラーゲンは少ない情報で有効と思われる戦術を考えることに長けており、説明の途中に出たメンバーたちの不安や不満に対しても、無視することなく対応している。
くだらない茶々が入っても一つ一つ対応しているのは、それがたとえ非情な言い方で顰蹙を買ったとしても、誰よりも情が深く人のことを考えている証ではないかと感じた。
そういう人は、身近な人にはきちんと伝わり、また自然と愛されるものである。
「質問じゃないんだけど……実は、ラーゲンさんにサプライズ……全快祝いのプレゼントを用意しています!」
リコがラーゲンの手を振りほどいて部屋の外へダダッと駆け出したと思うと、今度は鼻歌を歌いながらホールのケーキをお盆に載せてやってきた。
「バカ! そういうのはいいって初めに言ったろ! 恥ずかしい!」
「だってー、もう用意しちゃってたんだもん。でも、会議の後だったらみんな暇だからいいよね?」
「おー、これはリコさんが作ったのですか? 上手に出来ていますねえ」
「マルトスさんやみんなの分もあるよ! アミラと一緒に作ったんだ!」
リコは満面の笑みで、ケーキをみんなに見せて廻る。よく見ると、真ん中あるチョコレートのプレートに「ラーゲンさん 全快おめでとう」と書いてある。これは恥ずかしいが、もし娘にもらったとしたらとても嬉しいものだ。
「おれが寝込んでいる間に仕事もせずこんなことをしておって……」
ラーゲンは手を顔にあてて心底呆れたといった仕草をしているが、俺はその人差し指が目元を拭っている瞬間を見逃さなかった。
バトル編ではシリアスになりがちなものだが、物語の進行自体には関係なくとも、たまにはこのような団欒とした回があってもいいだろう。
俺はそう”日常回”の楽しさを噛みしめながら、仲間たちとみんなの愛娘リコが作ったケーキに舌鼓を打った。




