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24/24

24.同業

やはり、俺は気が滅入っているのだと思った。作家気質の人間が色々考えてしまうことはよくあることだ。

三十半ばにもなって、いつまでもウジウジ悩むのもみっともない。

明日には明日のやることがあって、気晴らしも出来ないまま朝になってしまっては勿体ない。

早々に酒を引っ掛けてでも自分の機嫌を取ることが大人だろうと、俺は自分の子供たちに教えたいんだ。

だったら、一生懸命飲み屋でも探そう。


俺は気を取り直して顔を上げた。

夜闇にも馴れ、ほのかな月明かりでも周りの景色がよく見えるようになった。

すると、瓦礫の海の中で一軒だけ、ほぼ無傷の小さな家があることに気づいた。

そして、ぽつんと小島のように浮かぶウッドデッキに、月を眺めながら晩酌をしている一人の青年の姿があった。

瓦礫の中で月見酒とは風流なのか不謹慎なのか知らないが、珍しい光景に俺はよく見ようと立ち上がると、足元の瓦礫がガタタと音を立てて崩れた。

すると、彼はこちらに気づいた様で、テーブルにグラスを置き、一言家の中に叫んだ後、こちらにやってくる様だった。

それで驚いたのは、彼は瓦礫の上をスレスレで浮かんで、等速直線運動をするようにこちらへ飛んできたのだ。

(浮遊魔法だ……)

いつかラクタが教えてくれたのは、飛んだり物を浮かせたりする魔法は、細かい姿勢制御が難しいのだと。

リコのような、戦闘特化した魔法を使うエリートでも驚かれる技術を、彼は持っているということだ。

青年は俺の目の前までやってくると、「こんなところにいると危ないですよ。さあ、つかまって」と、俺の腕を肩で抱えるようにすくい上げて、ウッドデッキの方までプカプカ浮いて連れていってくれた。

「ああ、ありがとう。助かった」

別に困っている訳ではなかったが、助けてくれたので礼を言った。

「どうしたのです? 夜更けにこんなところまで。もしかして、お手紙のご依頼ですか?」

近くで見た青年の容姿は、日本人らしい黒髪に丸い輪郭、彫りの浅い平らな顔立ちに、三白眼ながら優しげな目尻をした好青年だった。

助けてもらって失礼な物言いかもしれないが、惜しい所として、優雅に浮かびながら助けに来てくれるファンタジーの王子様のような立ち振る舞いをする割に、決して顔整いの部類ではないという点があった。

好青年である点と、美男子かという点は全く別の基準である。

そりゃあ、フルクスのようにカッコよくて尚且つ慈愛と勇猛を併せ持つ内面外面優秀なやつはいる。

俺は決してそうではないが、結婚はしている。

「い、いや……そういうわけでもないんですけど……」

「まあ、取り敢えず中へお入りください」

そうして、青年のご厚意に甘えてお宅に招き入れてもらったら、きれいな女のコが出迎えてくれた。

ほら、やっぱり彼女いるじゃん(本当に厚かましくてごめん)

しかし、どうやら様子がおかしい。

「…………………。」

ようこその言葉もなく、きょとんとした顔でじっとこちらを見つめている。

彼女の容姿は、地黒の肌にほどよく厚く艶のある唇が乗り、まつげの長い可愛らしい猫目で、銀髪のツインテールという、よくよくエキゾチック&二次元っぽいキャラ造形をしていた。

わかるぞ。これは作者の性癖だな?

つまり重要人物! 興奮してきたな。

「お、お邪魔します……」

俺がそう挨拶してからもしばらく間があった。

そして、彼女が「あっ」と口を開くと、俺の隣にいた青年の後ろに隠れてしまい、彼の肩の後ろからまた俺の様子を窺っていた。

姿勢の悪さと女の子というバイアスで気付かなかったが、彼女は顔の幼さに反して意外と背が高かった。小動物の様にちょこまかと青年の後ろに隠れる立ち振る舞いをしたって、彼氏とそうタッパが変わらないように見えた。

背筋を伸ばしたら、彼よりも背が高いかもしれない。

なんでデカ女と小動物系美少女という相反する属性を混ぜちゃったのか知らんが、これもなかなか「萌え」である。

「すみません、彼女は口が聞けないものでして」

「ああ! いえ、こちらこそ失礼しました」

あっ、これはあんまり触れちゃいけなそうなやつ。

「イナ、お客さんだ。でも、仕事の依頼じゃない。こちらでもてなすから、奥にいていいよ」

青年は肩を掴む少女(?)の手を握り、首を傾けて言うと、彼女は「うん」と無音で頷いて、たたっと奥の部屋に駆けて行ってしまった。

さっき、彼女とか言ったけど、もしかしたら兄妹かもしれないな。いや、にしては人種がはっきり違うから、やっぱり彼女か。

「彼女さんですか……?」

俺がそう尋ねると、青年は「いえ、そんなものではなく」とはにかみながら答えた。

「いや、とても可愛らしいコだなと思いまして」

「ありがとうございます。人見知りで恥ずかしがり屋なもので、後でそう伝えておきます」

「いやいや……」

若い男女が一つ屋根の下暮らしていたら、すーぐそういう事を勘繰ってしまう下世話なおじさんはそろそろ自重するとして。

俺は客間に通されて、お茶とお菓子のもてなしを受けてしまった。

「申し遅れました。ぼくの名前はサイカワといいます」

「あっ、ヒビヤです。すみません、お宅に上がらせてもらっちゃって」

「いえいえ、こちらの気まぐれですからご遠慮なさらず」

サイカワ……なんか、日本人の苗字っぽい名前だな。思えば、この世界の人の名前は、アミラとか、ラーゲンとか、名字がなかった。

リコとか、日本人っぽい名前はいるけど、橘氏も"タチバナ様"としか呼ばれておらず、下の名前忘れちった。

「ヒビヤ……なんか聞いたことのある響きですね。昔いた国の地名に似ているんですよ」

「えっ? それって、もしかして東京……」

「あっ……」



お上品に差し出された紅茶は、豪快なロックのウイスキーに替わり、食紅で可愛らしく彩られたクッキーは、不健康な脂をてらつかせた鶏の甘辛炒めと替わった。

「いやあ、まさかこんなところで同じ転移者に会えるとは! わざわざ遠くから来た甲斐がありましたよ!」

「ええ、ぼくも初めて転移者と会いました。カシワシの領主は転移者だって聞いていましたが、ぼくが会えるような身分じゃなくて」

「ああ、橘氏は俺の友達だよ。俺はカシワシの官僚で、彼の命令でこのファシオスに来たんだもん」

「へえー、それはすごい。いやいや、これはもう楽しい夜というか、話したいことなんか尽きませんよねえ!」

「それもそうだな! 俺こんな楽しいの久しぶりだわ!」

といった感じで、奥ゆかしく庶民的な好青年"才川君"と意気投合し、お互いものすごい勢いで距離を縮めていった。

才川君は二十三歳で、三年前にこの世界にやってきたらしい。俺とは違って、高い魔法適性を与えられたものの、橘氏のように華々しい活躍は望まず、スローライフ型の主人公として穏やかに暮らすことを選んだらしい。

「えー? 魔法使えるんだったら、強制的にその能力を生かす人生に持ってかれるんじゃねーの?」

「そうでもないですよ。まあ、時々使わされることはありますけど、ぼくはヒビヤさんみたいに振り回されたりはしてないですね」

「いいなあ。俺クッソ大変なんだけど。出来ること少ないし、俺っている意味あんのかなって、さっきあそこで絶望してた(笑)」

「マジすかwww だからあんな人生思い悩んでますみたいな顔してたんですね。かわいそうな人だと思って、慰めなきゃと思っちゃいましたよ」

「優しいじゃんよ〜君。俺様の株上げといて損はないぜ〜」

うん、酔ってる。俺こんなキャラじゃないけど、とんでもないカタルシスの解放で気持ちよくなってる。カタルシスの使い方合ってるかな。

「じゃあイナちゃんは、才川君の物語のヒロインなのかな?」

「そうっぽいですけど……でも、ぼくは彼女のことそんな風に扱えなくて……」

才川君は一転して気まずそうに呟くが……。

「…………。だよなあ! いざ、かわいいコあてがわれても『はい、いただきます』とか受け入れらんないよなあ!」

「ッ! そうですよね! そうですよね! それがリアルですよね!」

「いやー、この感覚わかってくれる人いて嬉しいわー。そこんところ、ラノベ作家とかホントわかってない。俺もこっち来るまでは分かってなかったけど。あ、ちなみに、俺元の世界ではラノベ作家やってたんだ」

「マジすか! 俺も大学の文学部で小説家目指してたんですよ!」

「うおー! え、これどんな確率だよ! 小説家が二人も同じ世界に飛ばされるって。どおりで話が早い訳だよ!」

もう盛り上がるわ盛り上がるわで。

「そういえば、"お手紙の依頼"って言ってたけど、郵便屋かなんかしてるの?」

「いえ、郵便屋じゃなくて……この世界で新しく始めたのですが、まあ謂わば"手紙の代筆"を仕事にしています」

「なんだそれ。もっと詳しく聞かせてよ」

「はい、まあ手紙の代筆というのはですね。ご存知の通り、この世界は長距離伝達手段が未発達でして、魔動機の電話も範囲が限られていますから、まだまだ文通が主流なんです」 

「ほう、そうらしいな」

「そこで、最近は詩的に凝った手紙を送り合うのが流行っているんですよ。まあ、その流行りを作ったのはぼくなんですけど」

「すげえじゃん、パイオニアってやつだ」

「でもみんながみんな文章を上手に書ける訳じゃないので、ぼくが依頼人の伝えたいことをきれいな文章にまとめたり、手紙にぼくの名前も載せてもらって、ぼくから見た依頼人と文通相手との関係に、コメントしてあげたりするんですよ」

「え、それって相手からしたら、急に全く知らないやつが話に入ってくることじゃん。怖くね?」

「いやそれが意外と需要あるんですよ。それぐらいぼくも名前が売れたってことで、ぼくの文章が入ってると喜ばれるんです」

「そりゃいいご身分だな。流石、小説家の才能があるんだな」

「いやいやいや、書籍化してるヒビヤさんの方がすごいですよ! ぼくはお話をつくる才能が無くて、小説家は諦めました」

「諦めることはないだろう? そんだけ文章力があるんだから。いずれにせよ、文章で食っているということは、立派なプロなんだから誇っていいことだよ」

「いやあ……」

俺も大分出来上がってきて、つい青年を褒めちぎるのが楽しくなり、少々ご機嫌取りが過ぎてかわいそうかなと思った。

才川君は顔と耳を真っ赤にしながら、彼の創作論を語ってくれた。

「お話を作る才能と、文章を書く才能って全然別物なんですよ。特に手紙なんかは、一人の感情にダイレクトに効くように書けばいいので、物語みたいに構成やら整合性を考えなくても出来るんですよ。ぼくが物語を書こうとすると、伝えたいことが先行しすぎちゃって、面白いお話にはならないですし。お話を構成する要素って、結局メッセージ性よりも、キャラクターや世界観の設定の比重が大きいじゃないですか。それがどうにも、本質的にぼくは設定というか、色のある映像に興味が無いみたいで。興味のないモノはうまく書けないじゃないですか?」

「本当にそれ。ホント、この世界の作者に言いてえ。興味のないモノを無理して書くなって! 俺は脳内アニメを具現化するの大好きマンだから、そういうやり方で書いていたんだけども」

「いつかヒビヤさんのラノベも読んでみたいですね」

「おう! じゃあ元の世界に帰ったらプレゼントしてやんよ! サイン付きで! 売れっ子作家じゃないからプレミア付かないだろうけど勘弁な!」

「あはは! 楽しみにしてます!」

と、俺は勝手に才川君と一緒に元の世界に帰るような事を言ってしまうぐらい、完全に出来上がってしまい、そのいい気分のまま、朝まで彼のお世話になってしまうのであった。

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