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23.厚み

ミーティングの後、俺はなんとなく眠れず、自室で例の襲撃者の資料を読み込んでいた。

出没する時間帯、場所、目撃例から、拠点はこの中央都市近辺だろうとまで予測されている。

確かに、ここまでわかっていながら、未だに有効打を与えられていないのは、国の怠慢であるようにも思えた。

戦闘スタイルは切り裂き、刺突、破壊光線、大竜巻など。拘束魔法は効かず、弓矢や弾丸などの物理攻撃、及び魔力発射型の火線砲も効かないとある。

そしたら、俺の魔力砲も効かないじゃん。

何のために俺まで来たの?

そんで、戦う前になんでネタバレしちゃうの?

俺は先ほどのミーティングのことで悶々としていた上、襲撃者の資料により、自分の存在意義が薄れていくような絶望的な気分に沈みかけていた。

フルクスの言う通り、気晴らしが必要かもしれない。さっき断った手前、やっぱり行こうとは言い出しづらかったが、一応フルクスの部屋の前まで行ってみて、まだ起きているか確認してみる。

ノックをしようか迷ったが、ドアの隙間からは暗闇が漏れ出ており、しばらく聞き耳を立てていると、微かにいびきが聞こえてきたので、俺は諦めて部屋に戻ることにした。

俺の気分はまるで毛羽立っている様だった。

恐らく、この気持ちのざわめきを知り合いに話しても、解決しないように思えた。

するとやはり、一人で外を歩いて頭を冷やすしかないと思った。

少々の小遣いを持ち、なるべく物音を立てないように宿舎から脱走する。


少し歩くと、かつては繁華街だったと思われる街並みに差し掛かった。しかし、どの店も灯りがついておらず、道を照らすのは冷ややかな月明かりのみであった。

それもその筈で、どの建物もどこかしらがひび割れていたり、崩れたり、屋根が抜けているといった感じで例の襲撃者によって被災していた。

広い大通りの中央は人や車が通れるようにしてあるが、安全に歩ける道幅はせいぜい三mほど。ちょっくら建物の様子を覗こうと道を逸れれば、大小の瓦礫が足を阻んで、もし転んで怪我でもしたら大変という有様だった。

危ないから帰ろうか……と思ったが、歩いている間は、束の間でも気の滅入るような考えごとを忘れられる気がして、また戻るには惜しく感じるほど短い道のりしか歩いていなかった。

繁華街を抜けて、住宅街に入ると、被害はもっと凄惨だった。

道が整備されていないことは勿論、二階がまるごと抉られていて、立っているのがやっとな建物、いつ崩れてもおかしくないような家もあった。

わざわざ覗きに行くほど野暮ではないが……。半壊した家にもまだ人が住んでいる気配があり、時々瓦礫の物陰から人のシルエットがちらついて見えた。

さらに進んでいくと、いよいよ足元が悪くなってきて、俺は疲れてその場に座り込んでしまった。

座っている瓦礫がぐらぐらするので、五分ぐらいちょうどいい体勢を試行錯誤しながら、ここで思索をしてみることにした。

なるべく悲観的にならないように、建設的に考えるように努めて。

まったく、この世界はファンタジー小説のくせに、人間の嫌なところばっかり描きやがる。

皮肉を言えば、この世界の作者さんはそこの辺りの描写がお上手で、お気楽な異世界ラノベなんかより、ライト文芸や純文学を書いた方がよろしいのでは?と俺は思うよ。

ファンタジーの設定が適当なのも、実はあんまり興味がないジャンルだったりして。

そのくせ、魔法とかバトルとか、脳内アニメを具現化したいばかりに、無駄に細かい設定を詰め込んだりして、自己満足に浸っているんじゃないか?

いま、俺が考えたとしても、襲撃者を倒す前に元の世界に戻れそうにはないし、そうはしたくない。

出来るなら円満に、それこそ物語のラストを飾るように感動的な演出を伴って、元の世界へ帰るのが理想だ。

そう考えたところで、結局は作者の都合に振り回されるだけ、俺の願いが叶えられるという保証はどこにもないし、寧ろ今まで思い通りになったことの方が少ない。

異世界転生モノの主人公として、チートスキルも無ければ、キャラクターの属性やバックグラウンドも弱く、ストーリーに影響していない。

俺こそが、誰よりも一番「物語の道具でしかない」扱いをされているのではないだろうか?

よほど、ラクタやラーゲンの方が人間味があり、面倒くさいながらもどこか魅力的で、尚且つ現実世界に存在していてもおかしくない厚みを持っている。

実は、現代日本で小説や物語りうつつを抜かしている人間ほど人生が薄っぺらく、それこそ物語の登場人物未満ではないのか?

いやいやいや、悲観するなと言っただろう?

俺も俺なりに一生懸命自分の人生を生きてきたつもりだ。少なくとも、仕事をしながら家族を養い、小説なんて根気のいる創作を続けている時点で、人よりは向上心があると自負している。

しかし、どうしてだろう。そんな平凡で、幸せな人生を『厚み』として誇れない自分がいる。誇れないとは何か、とても小説なんかには出来ないという、恥ずかしさに近い。

不幸な人生が羨ましいかと言われれば、目の前の瓦礫の街に住む人々に失礼だろう。

それで、俺はこの世界に飛ばされて、初めてどうしようもない理不尽を味わった。

嬉々として、次から次へと巻き起こる理不尽に文句を言って、やがては受け入れてきた。しかしそれも考えてみればしょうもないことで。

必ずしも、新しい環境が自分を歓迎してくれるものだと思うのも烏滸がましいが。

結局この世界でも、元の世界のようにネチネチとした小さな理不尽を"大人"として受け入れて、代わりに担保される束の間の幸せが正義であると、押し付けられていると感じた。

非常につまらないうえに、疲れた。

この前、ラクタをおぶって走った時のことを思い出す。

あれもそうだ。そして、我が妻、娘、息子ともそう。これまでの人生、漠然と受け入れてきた社会の仕組みに、改めて自分一人で立ち向かわされて辟易したとき。

俺は元の世界に戻っても、またその社会のシステムに従って幸せを感じることが出来るだろうか。

それならば、この世界に残ったって同じではないか。

橘氏のように、主人公としての役目を終えてしまえば、物語の秩序を乱さない程度の自由は与えられている様だし、俺だってこの世界の立場は良い方だ。

アミラたちと仲良く暮らすぐらいは許してもらいたいものだ。

俺は異郷の暗闇の中で陰惨な気分を晴らすことが出来ず、しばらく項垂れるしか出来なかった。


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