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22.行間

この旅路の目的は、人里を襲う正体不明の襲撃者の討伐である。一応、あくまで友好国ファシオスの応援という体にはなっているが、彼の国が討伐に手をこまねいていて、被害が拡大し続けている現状、代わりに討伐してやろうという気マンマンである。

その襲撃者とやらが、いつカシワシまでやってくるかわからないし、友好国とはいえ、戦力を派遣する口実にはなっている。

そして、その襲撃者は、俺が元の世界に帰るために、もとい、この物語を理解するうえで、重要な人物だと俺は考えている。

何故なら、彼はこの物語における"悪役"なのである。

これまでも、意地悪な側近や、ちょっと強引なラクタの親父さんの話はあったが、せいぜい性格が悪い程度で、何か致命的な迷惑や犯罪を犯している訳ではなかった。

ある意味、人間のリアルな穢さは存分に味わったものの、ここで度を超えた……物語らしい、救いようのない悪役の登場が予定されている。

これは絶対に、何か重要な物語の鍵を握っているに違いない。まさかここまで引っ張っておいて、すんなりぶっ飛ばしてはい終わりって事はないだろう。

それもあって、不謹慎ではあるが、俺は早くその襲撃者とやらに会いたかった。

しかし、俺はこの物語のテンポの悪さを忘れかけていた。

今まで、俺を取り巻くキャラクターたちは、アミラ、リコ、ラクタの女の子たちが中心だったが、旅が始まってからはフルクス、マルトス、ラーゲンも加わった、計七人の物語になった。

すると何が起こるかと言えば、それぞれのキャラでくだらない日常イベントが発生して、さらに物語の進みが遅く感じるのだ。

この前のように、悲惨な現場を目の当たりにして空気が悪くなることもあれば、女の子たちの水浴び中に迷い込んじまうお色気イベントがあったり、楽しいような辟易とするような出来事が続いた。

そんなこともあって、異世界に来てからの近頃というもの、人生における一日一日に対して「何事もないような日にも、何かしら出来事があるんだな」と感じるようになった。

「毎日、その日の出来事を下敷きにして小説を書け」と言われたら、かなり難しく感じる。たとえ、それが出来たとしても、「そんな話を小説にする意味あるの?」と思ってしまう。

しかし、日常とは、小説にするほどの事ではなくとも、小説を書けるぐらいの出来事は起きているのだと。

小説でいう「行間を読む」の「行間」をこの身で体験している様で、不思議な気分だった。

さて、ではその行間を省略して……。

カシワシを出発して一ヶ月弱。

我々一行は、友好国のファシオスの中央都市にたどり着いた。

中央都市と呼ばれるのだから、さぞ発展しているものだろうと思っていたが、現状はそんな気楽なものではなかった。

カシワシにもあった、焼きレンガ造りの城壁は至る所に大穴が空いて崩れ落ちており、街の中は台風と大地震が同時に襲ってきたような壊滅状態だった。

なまじ、栄えていて建造物やモノが多いばかりに、瓦礫の始末が遅々として進んでいない様にも見えた。

我々一行は、道中の燦々たる光景を目の当たりにしながら、ファシオス領主との謁見に臨んだ。

幸いと言うのも不謹慎に思えるが、役所や領主の館といった重要施設は破壊されておらず、建物の中に入ると、悲しげな民衆の目から逃れることが出来た。

「私はファシオス3世だ。この度は、よく来てくれた。本来なら、極上のもてなしを施させていただきたいところではあるが、ご覧の通り、例の襲撃者によって対応がそれどころではない……。本当に、申し訳ない」

この国の領主は、初老の壮健な紳士といった印象の男性であり、民衆からの人望厚く、国内外で評判の良い領主として聞こえていた。

「いえ、我々はもてなされる為に参上した訳ではございませんので、どうかお気になさらず」

フルクスは出征隊の隊長として、返礼の言葉を返す。やんごとない身分の人間と話すのは慣れている様だった。

また、魔素戦争終結の功労者たちで構成されているパーティだったので、ファシオスの領主様もこの応援を喜んでいた。

「フルクス殿、マルトス殿、ラーゲン殿もお変わりなく。アミラ殿とラクタ嬢は……ご立派になられましたな」

「はい、魔素戦争の折以来で。タチバナ様もよろしくと仰られていました」

「そうかそうか……。ところで、短髪の御令嬢と男性は……」

「あっ、申し遅れました。ヒビヤと申します。こちらはリコといいます」

なんだかいまいち会話の段取りが掴めないが、フルクスを中心とした世間話を少し挟んでから、現在の状況について踏み込んでいった。

「被害が報告され始めたのは三ヶ月ぐらい前だ。実際はもっと以前からあった様だが、小さな集落は一人残らず死に絶え、状況が伝わらなかったという話もある」

「そんな……ひどい」

アミラは両手で口を覆い、悲しみを堪えている様な仕草をした。

「初期の方は、我がファシオス軍も討伐部隊を編成して討伐を試みたが、犠牲が増えるばかりで全く歯が立たなかった。これ以上、いたづらに戦力を損耗することは国防にも関わり、民の生活の為にも今は街の復興作業に全力を挙げている」

「お言葉ですが、ご賢明な判断だと思います。戦災孤児の気持ちとしては、国がそう動いてくれることが、心の安らぎになります」

アミラは口元を抑えながら、そう申し上げる。その様子を、ラクタが複雑そうな面持ちで見つめている。

「ありがとう。全ては不甲斐ない領主の責任にあり、今は諸君らの活躍に期待するしか希望を見出だせないくらいだ。こちらとしても、討伐に必要な資材や人員は可能な限り提供する。また、知りたい情報があったら何でも訊いてくれ」

「ありがとうございます」

フルクスがそう頭を下げるのを見計らって、俺たちも頭を下げる。

「長旅で疲れておられるだろう。今日のところは、こちらが用意した宿で休まられて、明日にまた会議と臨もう。また、宿舎にはこちらの報告をまとめた資料をお送りするので、一読してもらえれば」

「何から何までありがとうございます。一日も早い平和を願って、必ずや襲撃者を仕留めます」

「なんとも頼もしいお言葉、誠に感謝致す」

ファシオスの領主は、フルクスの勇ましく頼もしい言葉に感極まった様子で、左手で涙を拭っていた。

「こいつは、紛れもなくヒトそのものだな」

ラーゲンが、ファシオス領主から送られた資料を読みながら不機嫌そうに呟く。

パーティ一行は案内された宿舎にて、就寝前のミーティングを行っていた。

「カシワシにも前情報が入ってはいたが、こいつにゃ具体的にその根拠が述べられている。明らかに人間の魔力を観測でき、無差別と言いながら効率よく目標を攻撃する頭も持っている。獣の類には見られない特徴だ」

「ヒト……つまり、俺たちと同じ種族ってことか?」

俺はこの世界にエルフやゴブリン、魔物の類などはいないという設定を、もう一度確認する。設定がガバガバな作者のことだから、もしかしたら、気づかぬ間に"いる"ことに修正されているかもしれない。

「種族って……まあ、そうだな」

ラーゲンは「何を言ってんだ」みたいな目で呆れたように俺の顔を見てきたが、「まあそうか」と、再び紙の資料に視線を移す。

「これはとても有用な情報だ。我々と同じ人間だってことは、そのまま人の弱点に攻撃すればそれが通用するということだ。目眩まし、猫だまし、騒音などの小手先の技から、動揺を誘って隙を突くことも出来るだろう」

「マルトスの、暴走した魔動機説は外れたな」

「そうですね……しかし、それは"そうであって欲しい"という希望的観測でもありました」

マルトスがそう答えると、場には重苦しい雰囲気が漂い始める。

確かに、いくら大罪人とはいえ、同じ人間を手にかけるのは気が引けるが、何故またそう深刻な空気になってしまうのか、俺はまだ理解していなかった。

「あの領主、人徳厚そうなナリをして、かなりの狸野郎だな」

突然、ラーゲンがそんな事を言い出して、俯いていたみんなが一斉に顔を上げる。

「どうして? ご領主様は民思いの優しそうなおじちゃんだったじゃん」

「お嬢ちゃん、この報告資料をよく読んでみろ。これは、あまりにもよく出来すぎている。これだけ調査が進んでいれば、中央都市はともかく、地方の集落があれほどまでに壊滅することは無かったはずだ」

「それは……ちょっと酷な話じゃない? いくら、ご領主様で責任があるからといって……」

「おまえは自分の持っている情報が少ないくせに、人の理屈に食い下がる癖がある。論理で戦う前に、常日頃から視野を広げて世界をよく観察しておくんだな」

リコは、ファシオス領主の第一印象から、彼を擁護する立場でラーゲンに食いついた。

しかし、ラーゲンはリコの感情論を鋭く一蹴する。

「襲撃者が人間であり、かつそいつの出没が完全に読めないとあれば、つまり襲撃者は街の人々に紛れて潜伏している可能性が高い。この人相書は、襲撃者が戦闘時に変身した姿だってことだ」

ラーゲンは資料のあるページを開いて、バサッとテーブルの上に放り投げる。

そのページには、鉛筆でスケッチされた襲撃者の正面・横面・攻撃時の姿と解説が書かれており、まるでゲームの設定画集の一面の様だった。

そして、肝心の襲撃者の姿形はというと、頭部は縦長かつペリカン類に似た大きな嘴があり、身体は人の造形に近いながら、筋肉質な胴体に反して細い四肢が付き、背中にハンググライダーのような三角形の羽が生えている。印象としては、鳥類型の恐竜ケツァルコアトルスとゴリラの合の子といった雰囲気。

ただ、長い両腕の肘から手先にかけては西洋の両手剣のように太く両刃が付いたような形で、両足の膝から足首にかけては、陸上用の義足のように後方に大きく湾曲して、バネを意識した意匠が感じられる。

「人に紛れているって……つまり、敵はわたしたちのすぐ近くにいるかもしれないってこと?」

「そういうことだ」

「マジかよ……」

「だから、私は魔動機であって欲しかったのです……」

「…………」

我々の中でも、小さな動揺が起こる。

「つまり、これらの事実を公表しちまうと、民衆の間で無秩序な私刑(リンチ)が横行して、混乱が起こるかもしれない。だから、ファシオス王はこの秘密を徹底的に秘匿して、敢えて対策を遅らせていたのだろう。そのクセ、自分の身の回りは少数の若者と婦女子で固めて、標的にされにくくしている。恐らく、襲撃の目的が、政治的なモノではないともわかっているのだろう」

「じゃあ、復興に全力を注いでいるというのは……?」

「民衆へのご機嫌取りだろう。民思いな領主を演出するために、中央集権的な福祉政策を行っているに過ぎない。地方は切り捨てるか、カシワシに押しつけるかして、商業都市としての機能を維持しようとしているのだろう」

ラーゲンの語る陰謀論に、リコは絶句していた。純粋な彼女には、ショックの大きい話だろう。

「ラーゲン、話が脱線しすぎだ。仮に、そんな陰謀が働いていたとしても、僕たちの役割は変わらない。一日も早く襲撃者を仕留め、ファシオスの人々の平和を取り戻すことだ」

フルクスは左手でリコの肩に触れ、彼女を宥めながら凛々しい台詞を言った。

彼の言葉にまたラーゲンは呆れた素振りを見せながらも、「まあそうだな。ただ、仕事を終えたら、早々にこの国からおさらばした方がいいかもしれんな。秘密を知ったおれたちの存在を、あちらさんがどう扱ってくれるかが知れん」

「ラーゲン! 貴様、いつも場の雰囲気が悪くなるようなことを!」

「フルクス君、ここでケンカしてもどうにもなりませんよ」

「そうだ、ちょっと落ち着けって、俺たちは気にしちゃいないよ」

遂にキレたフルクスが席を立ち、ラーゲンに掴みかかろうとするが、俺とマルトスで彼を抑え宥める。

「建設的な話をしよう」

「ラーゲン、おまえは少し黙ってろ」

俺も少し頭に血が上っていたのか、らしくなく強い口調でラーゲンに向かってしまった。

彼は少し驚いたような表情をして「言うじゃねえか」と、俺を睨み返しながら憎たらしく笑みを浮かべていた。

野郎共が殺気立っているせいで、先ほどからアミラたちが怯えきっている。リコなんかは、今にも泣き出しそうになっている。

「建設的な話をしましょう……我々が行うべきことは、襲撃者を探し出し、最小限の被害でヤツを仕留めることです。そうですね?」

マルトスが、立場の悪くなったラーゲンの言葉を代弁すると、ラーゲンは無言で顎を引き頷いた。

「では、まずはどうやって襲撃者の正体を見破り、探し出すかです。ヤツは神出鬼没で、襲撃の知らせを受けてから向かっては手遅れな場合も考えられます。強力な戦闘形態に移行する前に、ヒトに擬態した状態のヤツを先に攻撃出来れば有利になります」

「そんなの、どうやって見破るんだよ。それこそ、民衆の間で私刑が行われるのと変わらないじゃないか」

フルクスがやや苛立ち気味に尋ねると、ラーゲンは黙ったままわずかに目だけを動かして、ラクタの方に視線を向ける。

それに気づいたラクタが、彼の意図を汲んで……いや、心を読んだのかもしれない。

「わたしが一人一人街の人の心を診てまわる」

「おい、それは……」

「ラクタ、それでいいのですか?」

俺とアミラはラクタの提案が何を意味しているのかを咄嗟に理解して、彼女を心配する。

ラクタの特殊能力(魔力透視)は、人の感情も敏感に受信する特性から、精神的な負担が非常に大きい。

ましてや、街を破壊されて心身共に疲弊している人々の心なんて読みに行ったら、それこそ今度はラクタの精神が持つか心配になる。

「でないと、わたしがついてきた意味がなくなる。そうでしょう? ラーゲン」

ラーゲンは目を瞑って顎を突き出すように天井を仰いでおり、口元はわずかに満足げな笑みを浮かべている。

「本当に大丈夫なの?」

リコは先程まで自分が一番憔悴していたことをすっかり忘れて、心配そうにラクタを見つめる。

「大丈夫だから。あと、この際に言うけど、みんなもうわたしのことを心配しないで。そういう気遣い、いい加減鬱陶しい」

突然、ラクタが全方位を刺してきたため、一同は声を詰まらせた。

一方で、ラーゲンは一人おかしそうに「フッフッ」と鼻で嗤っていた。

「ラクタ! あなた!」

「ごめん……本当に、大丈夫だから……。ただ、ちょっとは甘えさせてね。おねえちゃん」

「ッ……」

アミラは歯を食いしばってさらに爆発しようとしたが、マルトスが「まあまあ」と宥める。毎度のこと、年長者のマルトスがケンカの仲裁に入っており、彼の気苦労が知れて本当に頭が下がる。

しかし、思い出した。

そういえば、出会ったばかりの頃は、このように毒と煽り特性の高いクソガキだった。それがこの頃のシリアスパート続きで鳴りを潜めていたのがおかしかった訳で、いま彼女の全然反省してなさそうな顔を見て、俺も少し安心を感じ始めていた。

ラーゲンの策に乗せられている感はあるが、ラクタもあいつの為に自己犠牲をするようなタマじゃないだろう。きっと、何か考えがあるはずなのだ。

「ミーティングはこれぐらいにして、今日のところは皆さん休みましょう。旅の寝袋生活から今日でやっと解放されるのです。では、私からお先に失礼します。早く羽毛とスプリングの安らぎに包まれたいのです」

マルトスはそう言って席を立ち、楽しみそうに自分の寝室へ向かっていってしまった。

「それじゃあ、みんなお疲れ。また明日よろしくね。おやすみなさい」

俺もマルトスに続き、アミラたちに挨拶をして席を立ってミーティングルームを出る。

扉を閉じきらないうちに、すぐラーゲンが出てきたので「さっきはすまなかった」と声を掛けた。

彼は「いいのサ」と、言葉少なにハードボイルドに言い残して、自室へ歩いて行った。

次に、フルクスが出てきたので、「なあ、この前のことといい、昔からこのパーティはあんな雰囲気なのか?」と尋ねた。

フルクスはやや困ったように眉を曲げたが、口元は笑っていて「いや、タチバナがいた頃は、ふざけてばっかりでまったくバカバカしいパーティだったよ。いまはみんなちょっと真面目すぎるだけだ。僕も本気にしてない」

「そうか……それならいいんだ。ごめんな、変なこと訊いちゃって」

「お気遣いありがとう……いや、それはいけないな」

「え? どうして?」

フルクスは少しの間をあけて、急に否定してきたので俺は驚いて真意を尋ねた。

「ヒビヤ殿もだいぶ気が滅入っているだろう? どうだ? これから気晴らしに、夜の街に繰り出さないか?……まあ、それどころじゃないかもしれないが」

そこで、俺の方もフルクスから気を遣われていることに気付いた。

俺は、そのお誘いにすぐに返事が出来なかった。

「まあ、今日着いたばかりだからな。また今度でいい。いつか、サシで飲みにでも行きましょう」

フルクスはそう提案して、俺が迷う苦労をを取り払ってくれた。

「そうしよう。じゃあ、取り合えず今日はご苦労様です」

「ああ、おやすみ……」

そうして、我々は久々にプライベートな空間で頭を冷やす時間を与えられ、各々で静かな夜を過ごすこととなった。


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