表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/21

21.新章

「おやじが……お前だけはって……おれは、おふくろと一緒に逃げようとしたんだけど、うう……」

出征の旅の途中、俺たちは襲撃者に襲われた集落に立ち寄った。

ここは3日前に、例の襲撃者が突如として現れ、半日の間に破壊と殺戮を尽くしていなくなったとのことだった。

目の前で泣きじゃくるのは高校生ぐらいの少年。襲撃者は、各地で殺戮を繰り返し、多くの犠牲者と、彼のようや孤児を生んでいる。

「つらいことを訊いてしまってごめんよ。この仇は、必ず僕たちが討ってやる」

フルクスは少年の肩に手を置き、勇ましい言葉をかける。

「…………お願い」

そして少年は、少し変な間を取った後、ぺこりとお辞儀をして、とぼとぼと悲しげな背中を見せて歩いて行ってしまった。

フルクスは気まずそうな顔で、俺やマルトスなどのパーティメンバーを見廻した。

「情報収集も必要だと思ったけど、不躾に尋ねるのは止しておいた方がよさそうだな」

フルクスは自分の行為に言い訳をするように言った。

「フルクス、村人のことはそっとしておきましょう。なるべく刺激しないように、村の外で野営するように……」

アミラがそう提案すると、みんなも納得して、我々は村長に一言伝えただけで足早に集落を後にした。

カシワシを出発してからニ週間ほどになる。

途中、何度か難民とすれ違って、話を聞くことはあったが、家財道具を持って逃げ出せた人たちはまだマシな方だったらしい。

これから何をすればよいか分からず、全てを失って途方に暮れた人々は、瓦礫の街で呆然とするしかない。

ここに来て、初めてわかった残酷な現実だった。

俺たちが派遣された目的は、襲撃者の討伐ではなく、あくまでも討伐の"協力"である。

なので、まずはカシワシの南方にあるファシオスという国の中央都市に向かい、正規軍と合流することが命じられている。

少数精鋭の戦闘部隊であるがゆえ、俺たちには彼らに何の施しも与えることが出来ない。

先ほどのこともあり、集落を出てからしばらく、一行は無口であった。

「ラクタ、顔色が悪いように見えますが、大丈夫ですか?」

ある時、アミラがラクタの様子を心配した。

「え? いや、大丈夫。水飲む」

ラクタは何でもないように言って、腰に下げた水筒に口をつけた。

そして、アミラに向かって"心配しないで"というように微笑む。

しかし、ラクタは水を飲む仕草だけをして、口に入れていない様子を俺は見ていた。

前を歩いていた俺は「悪い、靴紐を結びたいんでちょっと先行ってて。ラクタ、俺の荷物持っててくれない?」と、さりげなく人払いをして、ラクタから話を聞いた。

「俺は見てたよ」

俺はわざわざ靴紐を解いて、また結び直しながら言葉少なに尋ねた。

「そう……」

ラクタも、言葉少なに声を漏らすだけだった。

リコが乱入した出陣式典の日から、ラクタがこのような性格になった経緯が分かったような気がしていた。

人の心が読めるラクタは、読んだ対象の感情さえも受け取ってしまう。それが、とてつもない精神的な負担であること。

また、彼女自身も繊細で、感受性が豊かな少女であり、それも相まって多くのことを抱え込んでしまう性格であること。

実は、出征隊入りを誰よりも心配されていたのは、ラクタであるのだ。

戦場を臨むのに必要というだけでなく、ラクタのこれからの人生にとっても、適切なケアが必要であると俺は考えていた。

「長旅の間、ずっと気を張っていたら体に悪いよ。何か溜め込んでいたら、俺に言ってくれれば相手になるから」

俺はあの日にラクタと"人の心の中を覗く"という感覚を共有して、その苦しみを分かったつもりになっていた。

少なくとも、その感覚を知らない人よりかは、ラクタに理解を示しているつもりでもあった。

ラクタはやや俯き、少し葛藤の表情を見せた後、喋りづらそうに吐露し始めた。

「あの少年、わたしたちに、期待と失望を感じていた」

「うん」

「『どうして、今ここで助けてくれないの? 仇討ちに意味なんてあるの? やっては欲しいけれども、この人たちはぼくの明日明後日を助けてくれる気はないんだ』……って」

やはりか……と、俺は思った。

「いまここで説明しきれないほど、複雑な感情が流れ込んできて、少し気分が悪くなった。でも、もう大丈夫。心配かけて申し訳ない」

「うーん……まあ、心配はしたよ。でも、言ってくれてありがとう。今度じっくり話を聞いてあげるから。今は、ヒビヤ様は安心できる人だってことを心の片隅に置いておいて、ちょっと元気を出しな?」

「うん、ありがとう」

ラクタはぎこちないながら、口元を歪ませて微笑んでくれた。

さて、ここいらで靴紐を結び終えたとして、一行がどれだけ先に行ったかを眺めると、既に五十メートルぐらい離れてしまっていた。

この遅れを歩いて取り戻すには、なかなか時間が掛かりそうだった。

走って追いかけるにも、まだ調子の悪そうなラクタを走らせるのもかわいそうだ。

それなら……。

俺はラクタの前にしゃがみ込み、後ろ手で彼女の太腿を持ち上げて、俺の背中に前のめりに倒れ込ませた。

「な! なに!」

息子のサイズ・体重とは違うが、いけそうだ。

そのまま、立ち上がって、俺はラクタをおんぶする形になった。

「な! な! 何をしているの!」

ラクタの表情は見えないが、恥ずかしがっているのか、俺の肩をバシバシ叩きながら暴れる。

おとと、態勢を崩しそうになると、ラクタは慌てて俺の首に巻きついてくる。

「遅れちまったからな。このままからしっかりつかまってろよ!」

「え! ちょっと!」

彼女がそう言う間もなく、俺は小走りで駆け出した。

ラクタは柄にもなく、キンキンと女の子らしい叫び声を出していたが、俺はそれが久しぶりに愉快で仕方がなかった。

子どもを持つ親として、たまにはこういう事をして思い出さないと、自分がまた独りよがりな独身の感覚に戻るのが怖かったのもある。

「ちょっと! 恥ずかしいって!」

俺とラクタが一行の隊列に戻ると、皆はぎょっとした顔でこちらを見ていた。

「ははん、ラクタ嬢。いいお馬さんを見つけてきたものだなあ」

ラーゲンが、あごの無精髭を撫でながらそうからかった。

「違う! これはご主人が勝手に!」

「今日のお姫様はラクタ様だ! 明日はアミラをおぶってあげるよ!」

「いえ……わたしは遠慮しておきます……」

「えーいいなあ、次はわたしやって!」

リコの反応は、まさに兄妹がいると見られるやつだった。

「筋肉の塊のおまえは、もやしの旦那には無理だ。諦めろ」

「えー! じゃあおじさんがおぶってよー! いつもお嬢ちゃん扱いしてくるでしょー?」

「バカ言え! おれぁそんなことするかっ!」

「えー」

そのふざけた茶番を見て、フルクスもマルトスも笑ってくれていて、なんとか良い雰囲気を取り戻せた一行だった。



日が暮れたところで本日の行軍は終わりにして、野営をすることになった。

アウトドア経験のない俺でも、二週間毎日テントの組立て、火起こしから夕食の準備とキャンプ生活を送っていれば、その段取りも慣れてきたものだった。

焚き火の周りで夕食の団欒をした後、男組と女組のテントに分かれて眠りにつく。

「おやすみなさいませ、皆さま夜更かしはほどほどになさってくださいね」

「お酒もほどほどにねー! 明日、酒臭いおっちゃんの背中に乗るの嫌だかんねー!」

「まーだ昼間のこと言ってるのかよ。やんねえからな、おれぁ」

ラーゲンはそう言いながら、横目で俺を睨んでくる。うん、これは余計なことしてくれたなという目だ。ラクタが人の心を読まなくてもわかる。

アミラとリコがおやすみの挨拶をして帰った後、おっさん(俺、ラーゲン、フルクス、マルトス)四人と若者(フルクス)一人の野郎どもは、いそいそと寝袋に入る。

「なあ、野郎ども。少し作戦会議いいか?」

フルクスがランプの灯りを消す前に、ラーゲンが一言かける。

「いいけど、寝酒も無いのにラーゲンのエロ話はキツイよ?」

「バカ野郎、素面であんな恥ずかしい話できるかってんだ。ちげえよ、そうじゃない。真面目な話だ」

そう聞いて、俺とマルトスも起き上がって、ラーゲンの話を聴く体勢になる。

「昼間に聞いた話あったな」

「『おやじが殺された』って話?」

フルクスは礼儀正しく正座をして答える。

「心が痛いながら、これまで被災した連中に話を訊いてきたが、どうやら『おやじ・おふくろ』ばかりが殺されているように思えるんだが……」

ラーゲンがそう言い出して、俺はどきりとした。

親を亡くすというのは、子どもにとって一番辛いことだろう。家族が殺されたとして、親としても子どもとしても、もし自分だったらと思うと鳥肌が立った。

「いや……まあ、確かにそうでしたが、考え過ぎじゃありませんか? 統計的に考えても、市民や兵士を含めて襲撃者に立ち向かう大人は子持ちの年齢が多いでしょうし、そういう話が多くなるのは必然のようにも思えます」

マルトスがいかにも理知的で、研究者っぽい理屈を持ち出してくれる。

「いや、どうにもな。何しろ、無差別という前情報とは違って、明らかに殺す相手を選んでいるような気がする。しかも、殺し方も一人一人に恨みがあるようなむごいやり方だ」

ある時、友人の父親が殺されたという青年から、襲撃者が命を奪う瞬間を見た話を聞いた。

それは、出会った瞬間に、目にも止まらぬ速い一撃で、頭から肩までの上半身を吹き飛ばし、胴体を輪切りに三等分したというのだ。

凄惨な状態の遺体は早々に回収し、街中にある悲劇の跡を思い出させないようにすることで復興を早める……と、さっきの集落の長が言っていた。

「ファシオスもこの傾向は把握しているかもしれないが、襲撃者が優先的に殺戮する対象が決まっているとしたらだ。様々な年齢・性別の混成パーティのおれたちの戦術も少し考える必要がある」

「考えると言ったって、何をどうするんだ?」

フルクスの質問を受けて、ラーゲンは深呼吸をして息を整える。

「この中で一番の歳上はマルトスだ。あんたが一番早く狙われるかもしれない。だが、無情とは言わないでくれ。真っ先に殺されても、幸いに戦術のワンセットに支障はない」

「それ、"幸いに"って言葉、絶対に言ってほしくなかったです……」

マルトスは眼鏡の奥の眼をしょぼしょぼと老けさせる。

その様子を見てラーゲンは「マルトスは、戦術の安定を図るためには必要不可欠な人材だ。魔素戦争で安定して高い戦果を出せたのは、マルトスの功績も大きい」とフォローを入れた。

なんだかんだラーゲンも人の気を遣ったり、気配りで優しい一面があるんだよな。

ただ、仕事に関しては常に非情を意識していて、その態度が表面的にはドライな性格に見える。

「次に狙われるとしたら、齢の同じおれかヒビヤだ。マルトスと同じく、遊撃的な役割で替えの利くおれがやられるのはまだいい。ヒビヤはメインの戦術のトドメを張る、重要な役回りだ。これがやられては、面制圧も点の破壊力も期待できなくなる」

すると、一同はみんな黙り込んでしまって、しんとした空気になってしまった。

「なあラーゲン、誰かがやられる前提の話はナシにしないか? あなたの戦略の立て方は、昔からリカバリーを意識したモノだとは知ってるが、それはまるで将兵を捨て駒にする悪どい参謀様だ。もしくは、独りで戦うのに、失うものが無い人間の理屈だ。感情的に思われるかもしれないが、僕たちはそんな戦略の下で戦うことはしたくない」

ラーゲンはそこで、まるで分かっていないと呆れるようにため息を吐いた。そして、若者に説教をするように、淡々と説明を始めた。

「おれは、最悪の結果の中で、最も被害が少なくなる方法を考えているだけだ。しかし、誰かが手を打っておかねば、最悪の結果になった時に、誰も責任を取れない。もし、マルトス、アミラが殺されたとしよう。その上で、襲撃者を討ち漏らし、さらに多くの人々が殺されたとなったらどうする? おれたちが責められた時『そうなるとは考えていませんでした』で済まされることではないだろう?」

ラーゲンの理屈は最もであった。彼の考え方は所謂"マキシ・ミニの原則"というやつで、現代でも法律や規制の制定に用いられているような、合理的な考え方である。

一方で、その考え方の合理性を知らない人間からすると、まるで最良の結果にする努力を、最初から放棄しているような、やる気のない思考に見える。

フルクスが静かに憤っているのも、恐らくそれであった。

だが、フルクスはラーゲンの理屈に反駁出来ない様であった。

「ヒビヤ殿はどうお考えでしょうか?」

そんな時、しれっと例え話で殺されていたマルトスが、俺の見解を求めてきた。

冷静な大人としては、ラーゲンの理屈は正しいと思う。しかし、パーティ内の協調の為にも、仲間思いなどもフルクスの意見も尊重したい。

「じゃあ、フルクスは"最良の結果にする"努力をたくさん考えて、ラーゲンは"最悪の結果を避ける"努力をたくさん考えて、その両方を実行すればいいんじゃない? 二人とも、襲撃者を倒して無事に帰ってくることで目的は一致しているんだし」

フルクスとマルトスは"おお"という口の形をしていたが、ラーゲンはやや不服そうであった。

「ただラーゲン。アミラ、リコ、ラクタがやられるという想定だけは絶対にしないでくれ。これは襲撃者を倒すことよりも優先すべきミッションだ。いい?」

これだけは、俺も強く言っておきたかった。

するとラーゲンは「当たり前だ。それはおれも、望むことではない」と、はっきりと答えた。

「フルクスも、そういうことでいい?」

「ああ、ありがとうヒビヤ殿。出来ることは全てやる。旅路での情報収集もその一環だ」

フルクスも表情を和らげ、勇ましい台詞を言ってくれる。

「もう夜も遅い。あんま夜更かししてると、アミラたちに怒られちゃうよ。襲撃者への対策はまた明日に考えよう」

「それもそうですね。おじさんは早く寝たいです。今日もたくさん歩いて疲れたので、死んだように眠れます。おやすみなさい」

マルトスは早口でそう言った後、素早く寝袋に潜って、間もなく大いびきをかいて眠ってしまった。

「それじゃあ、おやすみなさい」

マルトスがみんな寝る雰囲気を作ってくれたので、俺もそれに倣って寝袋に潜る。

「ごめんなラーゲン」

「大丈夫だ。気にしてない。ゆっくり休め」

「ああ、おやすみ……」

最後に、フルクスがテントの中央に吊り下げられたランプの灯りを消し、我々の寝床は闇夜の暗さと同化したのだった。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ