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20.いい話風

(確かに、コイツはおれを倒せない。しかし、おれもコイツを倒す決定打を持ち合わせていない)

(しかし……おれは、守れなかった女の形見で、また誰かの大切な女を殺すのか)

(どうして運命は、おれに残酷なことばかり手を染めさせる……)

(もう、引くに引けない状況になってしまった……誰か、気のつく奴はおらんのか……)

突如として、嘆きにも似た誰かのひとり言が頭の中に響いた。

同時に、鼻の中で鼻血を溜めているような、血生臭い不快な感覚が喉元あたりからじんわりと広がっていく。

「これは……」

俺は思わず声を漏らすと、ラクタが小声で語りかけてくる。

「人の心を覗くというのは、相応の代償と責任を伴う。そして、彼の心がわかったところで、最適な手を打てるわけではない」

「ラクタ、お前の仕業か?」

彼女は頷くこともなく、じっとラーゲンの後姿を見つめている。

「ご主人がなにかやらかしそうな気がしたから、不本意だけどわたしの能力を使った。わかったでしょう? みんなが、わたしを心配していた理由が」

人の考えていること(心)を読めるのは便利な能力である。しかし、それに付随して本人の感情やトラウマまで感じ取れてしまうのは、非常に大きな精神的負担だ……。正直、気持ち悪い。

感受性が高い人ほど、心を読んだ相手の思考やバックボーンに圧倒され、押し負けてしまいそうである。

幼い頃からその能力を大人に利用され、それも人死にの多い戦場でたくさんの人々の感情を浴び続けてきたラクタの精神は、どれだけ傷ついていることだろうか……。

話で聞くばかりで、生の感覚を味わってから初めて、彼女がどのような人生で苦しみ抜いてきたかを少し想像できた気がした。

そして、ラーゲンもそれなりに抱えて生きてきたのだと、出会って日が浅いながら、一方的に複雑な感情を抱いてしまいそうになる。

「見てて、きっとどうにかなる」

俺はラクタから視線をラーゲンたちに戻し、促されるまま事の顛末を見守ることにした。

よく見れば、ラーゲンが短銃を抜き、引き金に指をかけるまでの所作が、妙にわずらわしく時間をかけているように見えた。

その隙を狙って、再びリコがラーゲンに突貫する。

大振りな回し蹴りを浴びせてくるのに対して、ラーゲンは慣れたように左腕受け止めようとした。

しかし、直撃した脚は、先程までの攻撃とは違って、ラーゲンの体勢が曲がるほどに深々と食い込んだ。

「ッ!」

ラーゲンが苦悶の表情をしたのも束の間、リコは続けざまにアッパーを繰り出し、力の抜けた左手から音さを弾き飛ばし、こんどは彼の懐に深々と蹴りを差し込んで吹っ飛ばした。

「コノヤロウ……戦場に出る前に手負いにして、使い物にならなくさせるつもりか……」

ラーゲンはよろめきながら立ち上がるが、左腕は重力にしたがってだらんと揺れており、恐らく骨折か脱臼しているように見えた。

「やりすぎだ……いや、これまで手加減してやがったな……?」

リコは顎を引いて、ニイと口元を歪ませた。

「平時は前線に女兵士を置かないっていう決まりのせいで、特防の予備役にまわされちゃったんだけど、わたしの戦闘スタイルは超攻撃型なんだから!」

すると、ラーゲンはカッと目を見開いて「ライン越えだ……もう遊びでは済まされん。今度こそ引導を渡してやる」と、震える右手でリコに銃口を定めた。

しかし、リコは処刑宣告に臆することなく、ラーゲンの前で堂々と構えている。

「その魔性銃、おじさんが作ったものじゃないね?」

「それがどうした!」

「魔石製の銃弾が貴重だって話も聞いたけど、その銃もおじさんにとってよほど大切なモノなんじゃないの?」

ラーゲンは図星を突かれたのを隠すように、顎を引いて帽子の影で自分の目元を覆うようにした。

「この銃を扱えることが、おじさんが出征隊に呼ばれた理由なら、それを壊しちゃえば”おじさん自身”は要らないコになっちゃうよね?」

「どこまで大人を舐めくさるつもりだ……」

「それも、おじさん専用に術式が掛けられてるものだろうから、そう簡単に作り直せないモノだと思うんだけど?」

たしかに、ラーゲンの心を覗いたとき、あの短銃を「守れなかった女の形見」と言っていた。

リコの推理は当たっており、ラーゲンの短銃は彼の一撃必殺の武器であり、また様々な過去や思いを孕んだ、最も失いたくない大切なモノ(弱点)でもあった。

それでもラーゲンは、リコの真っすぐな目から注がれる覚悟に、顔を背けている様だった。

彼は今度こそ、引き金に指をかけた。

「最後に聞かせてくれ」

「なにを?」

「何故、おれに連れて行ってもらおうと頼んだ。あんたの主人や、他の連中だっていただろう」

「何故、”おれ”なんだ?」

ラーゲンが言った「何故、おれなんだ」という言葉は、まるで自分の運命に向かって、理不尽さを訴えているように聞こえた。

やはり、ラーゲンはリコを殺したくないらしい。しかし、もう後戻りできないところまで来てしまったという焦りが、無意識に時間稼ぎをさせている様だった。

「……おじさんが、優しかったから」

「なに?」

ラーゲンがそう驚いて漏らした低い溜息には、自嘲の成分も混じっているように感じられた。

「わたしって、聞き訳のいいコとして生きてきたから、自然とそう立ち回るのが癖になっちゃってるんだ。もちろん、おじさん以外にも頼みに行ったよ? フルクスさん、マルトスさん、タチバナ様にもお願いしに行った」

そうだったのか? と、俺は橘氏たち大人連中に顔を向けると、彼らは皆気まずそうな顔をしていた。

「みんな大人でそれぞれの立場があるから、きちんとした理由で説明してくれて、そう諭されるとつい素直に従っちゃうんだ……でもね?」

「ラーゲンさんは一見とっつきにくい所はあるけど、一番自分の言葉で向き合ってくれる優しい人だと思ったんだ。だから……」

「なんだかんだ冗談にしながら、子どもの我儘に付き合ってくれそうだなと思ったの」

そう思いを吐露するリコは、やがて覇気を収めて戦闘態勢を解き、伏し目がちに穏やかな笑顔を浮かべた。

そして「なんで……大人に甘えや期待することを覚えちゃったのかな……」と、意味深に呟いたのだった。

リコは、アミラからも”聞き分けのよい素直なコ”と評されていたことに、コンプレックスを感じていたのだ。また、日常生活で実用的な能力のあるラクタやアミラに対して劣等感を抱いていたことも、以前聞いていた。

普段、引け目を感じながら生活している中でも、彼女が自分を自分らしく表現できることが、運動であり、最も能力を発揮できる分野が戦闘であったのだろう。しかし、それも大人の都合で抑圧され、自分の思い通りにならない。

我々、大人たちの理屈では、却下して然るべき話ではあれど、却下した後のケアをしてやれた大人がいただろうか? 俺でさえ、リコの素直さに甘えて、大切と思っていながら、彼女の感情をなおざりにしていたのではないだろうか……。

しかし、そう省みて、後悔したところでもう遅かった。

ラーゲンは深いため息を吐きながら、帽子の影から白く光る三白眼を隠した。

「おれの優しさなど、果てしなく無力さ。たった一度の甘えが身を滅ぼす、この世の理を恨んでくれ」

「やめろおおおおっっ!」

俺の絶叫をラーゲンは無視して、無情にも短銃の引き金を引いたのだった。

ぱあん……と、間の抜けた音がした。

およそ、人を殺める能力のある銃声ではなかった。なんなら、さっき叫んだ俺の声の方がデカかったぐらいに思えた。

「なんだ……これは……?」

ラーゲンが持つ短銃の先には、小さな花束が飛び出しており、前方にはチープな紙吹雪がちらほらと舞っていた。

「こんな……ふざけ……」

すると、ラクタがすたすたとラーゲンの側に歩いていき「ちょっと見せて」と、彼の右腕を引っ張って短銃に刻まれた字を読もうとした。

「”愛すべき者を犯さんとする者に向けられた時、これを滅せんと火を吹く。また、愛すべき者に向けられた時、場を和ませんと花を吹く”と、術式が掛けられているね。ラーゲンさん、魔法が使えなくても、魔法の勉強はしておいた方がいいよ」

殺伐とした状況から一転、みんなポカンとして、白けた空気がしばらく場を漂っていた。

ある時、ラーゲンがハッと何か気づいた様で、リコから背を向けて俺らに向かってこう叫んだ。

「サプライズだ! どうだ、みんな驚いただろう? 少々やりすぎな演出になっちまったが……なあ? タチバナよお」

すると、みんなの注目が一斉に橘氏の方へ集まる。

「あ……ああ! そうだな! いやー、なかなか迫力ある演出だった! 結構結構!」

なるほど、ラーゲンはこの騒ぎを「あらかじめ仕組んでいた余興」ということにして、場を収めようと考えたのか……。

うーん、なかなか無理のある……。

これがラーゲンが苦し紛れに考えた打開策か、いや実力不足の作者が考えたオチなのかもしれない。

「タチバナ様……では、あの少女は一体何なのです? こんなにも式場をめちゃくちゃにして……修繕費用などいかがなさるおつもりで?」

物陰に隠れていた女性の側近が、まったく迷惑だと言うようにしゃしゃり出てきて、橘氏に詰め寄る。

橘氏は彼女の剣幕に押され気味になりながら、ラーゲンに助けを求めるように視線を飛ばす。

すると、ラーゲンはカツカツとブーツのかかとを鳴らしてリコの側に歩み寄り、彼女の肩をガッと掴んで、こう言い放った。

「コイツは、今回の出征でおれの従者として連れていく『リコ』という女中だ」

リコは「え……?」という、信じられないといった表情で、無精髭の生えたラーゲンの顔を見あげている。

「コイツは、"部分的"にはおれを凌駕する性能を持っている。連れて行っても足手まといにはなるまい。未熟な部分もあるが、みんな仲良くしてやってくれ」

「お……おう」

マルトスやフルクスがぎこちなく首を縦に振ると、ラーゲンは俺の方に顔を向けて「そういうことで、いいか?」と改めて尋ねてきた。

俺は……ここで、リコを連れて行かないとなったら、どうなるかわからない。

俺は、ラーゲンの前まで歩いてゆき、彼の正面で自分の思いを伝えることにした。

「いいよ、そういうことで。彼女の面倒はラーゲンさんが見るの?」

「そのつもりだが、よろしいか?」

「いいよ、こちらこそ。リコを頼む」

そして、俺はラーゲンに右手を差し出し、彼とガッチリと痛いぐらいの握手を交わした。

これで、いい話風になったかな?

「ラーゲンさん」

男の友情を演出している間に、またラクタが割り込んでくる。

「ラクトスの娘か……お前にゃ色々と訊きたいことがあるが……」

「ラクタと呼んで。お父様は関係ない」

ラクタは自分から話しかけておいて、彼に対して非常に冷たい態度であった。

「……そうかい。じゃあラクタ、あんたの友達は預からせてもらうぞ」

「うん、わたしからも頼む。絶対に……絶対に、リコのことを守ると誓って」

友達思いのラクタらしいと言えばそうだが、その台詞は非常に大袈裟なように見えた。

ラーゲンもその口調の強さにやや驚いている様子だったが、彼は穏やかな表情で宥めるように「安心しろ。リコは、ラクタが思っているよりずっと強い。勿論、おれも仲間が死ぬのは見過ごせないが、心配が必要な奴をおれは連れて行かないさ」と言った。

しかし、ラクタはまだ不満げな様子だったが、渋々納得したような仕草を見せて「わたしからもお願い」とラーゲンに握手を求めた。

めちゃくちゃになった式典の後始末を終えた後。

俺、アミラ、ラクタ、リコの四人でゆりの木の館に戻り、話をすることになった。

「ヒビヤ様、失礼致します」

アミラはそう前置きして、まあまあな勢いでリコの頬を引っ叩いた。

ピシャンという破裂音が耳を刺して、思わず「オーウ……」という情けない声が漏れ出てしまう。

「リコ、あなたはとてつもない罪を犯したのですよ。それは、お分かりで?」

「わかってます」

リコの態度は毅然としていて、芯の強い目でまっすぐとアミラの説教に臨んでいる様に見えた。

「わたしたち召使い、下女といった身分は、忍耐の多い仕事です。幼い頃から、甘えや我慢を抑圧されてきたあなた達は、甘えさせてくれる大人に飢え、ヒビヤ様やラーゲン様にその姿を投影しているでしょう。しかし、おつとめの中でも、自らを満足させられる幸せやこだわりを見つけて、その欲求不満を克服することは出来ます」

「はい」

「でも……」

そこで、リコよりも身長が高いために上から目線で叱りつけていたアミラは、やや屈むようにしてリコの目線に合わせると、今度は穏やかな口調で諭すようにした。

「でも、わたし個人としては、あなたたちの気持ちもよくわかりますし、その気持ちにきちんと寄り添ってあげる方が、健やかに育つのではないかとも思います。だから、世間や大人に言われるがまま抑圧して"良いコ"を演じるのではなくて、"良いコ"である自分に納得して、誇りをもっておつとめに臨めるようになってください。その相談なら、いくらでも乗ってあげますから……」

「アミラ……ごめんなさい……」

そして、リコはアミラの胸に飛び込んで、溜め込んでいた涙と感情を声をあげて吐き出すのだった。


その感動的な光景を、どこか冷めた視線で眺めていた者が二名いた。

俺とラクタである。

「ラクタは、これで良かったと思うか?」

「良いも悪いも、なるようになったとしか言えない」

「やたらと達観しているな……ではなくて、ラクタはいいのかということだよ。リコを出征に連れて行きたくなかったのだろう?」

「そうだけど、運命は変えられないから」

そう、少し前から、ラクタは"運命"とかそんな意味深なワードで、達観しているような、先を見通しているような発言が引っかかっていた。

「ラクタ、お前俺に隠し事をしているだろう」

「余計なことは言わない方がいいって、普段アミラから言われてる」

「こういう時だけいいコちゃん気取りかよ……。それはともかくとして、ラクタには何が見えているんだ? 未来か? さらにはまた別の何かか?」

恐らく、ラクタには未来予知の能力があるのではないかと、俺は推測していた。

リコが出征に参加することで、何か不都合なことが起きるから、ラクタは俺に主人の権限で説得するように提案したり、リコのお守りをするラーゲンに強く釘を差したのではないかと考えていた。

「人の心を読むような事をしていると、色々考えてしまう。ご主人も今日わかったでしょう? あの感覚、あんな感情に常日頃から晒されていれば、少し変わった性格になるのも当然といえば当然」

つまり、ラクタがこんな可愛げのない性格になったのは、魔素戦争の時に軍事利用されたトラウマや、その他能力の濫用で多大な精神的なダメージを受けたからであると、彼女は自分の人生を振り返って呟いていた。

「何かあればきちんと伝える。プライバシーの権利は、わたしたち召使いにも法律で保障されている」

「まったく、普段は人のプライバシーの中にズカズカ踏み込んでいくクセに」

つい、俺は負け惜しみのような独り言を言ってしまった。

ともかく、この件は一件落着(?)したようで、さらにラクタの不気味さが増したような、手放しにスッキリ快感で終わらせてくれない一日であった。















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