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2.二つの仮説

「もう五日経つんですけど……いつになったら、話が進むんですかね」

ぶつけどころのない苛立ち。つい愚痴っぽく独り言を呟いてしまう。

俺はいま、ヤギ臭の強いミルクコーヒーを飲みながら、チャカチャカと掃除や洗い物に勤しむ少女たちを眺めている。

あの次の朝に、役所とは別のところから三人の世話役が派遣されてきた。それも、オタクの好きそうな容姿・属性が満遍なくそろった美少女たちで、この人選……いや設定には、どうにかスケベを起こそうといった何者かの意思を感じる。


一応、それぞれ紹介しておくと……。

いま台所で野菜の皮むきをしているのが、幼馴染萌え殺し担当、快活赤茶のボサ髪ショートボーイッシュ少女のリコ。人懐っこい性格で、ここに来てから俺が一番よく喋っているコ。表情やリアクションが豊か、いつも楽しげに仕事をしている一方、たまにドジを見せるところもあるが、眺めていて飽きない生態をしている。


空中に浮かせたノートにありえない速さでペンを走らせ、ときどき魔方陣を発生させている。

清廉無口なコバルトブルー……今度はストレートショートヘアーのラクタ少女。

言葉は必要最低限で、四六時中黙々とデスクワークをこなしている。細身で体力がなさそう、メイド服を着てはいるが、今のところ家事らしい家事をしている所を見たことがない。

いつもぶきっちょな面持ちで仕事に励んでいるが……その仕事ぶりを見て、俺はわかった。同時に多くの情報処理をこなして脳汁が出ちゃうタイプだ。優秀なワタシカッコいいと悦に浸っちゃうような、可愛らしいイタさを感じ取れる。


最後に、俺のとなりで一緒にコーヒーを飲んでいるのが、うぐいす色のゆるふわ髪をふるわせて、いい匂いと母性を振りまいているおだやかお姉さん。

もちろん、ショートヘアーのアミラ。

歳はリコとラクタのいくつか上といった感じで、妹分二人をまとめ、俺の相談ごとや役所(?)や機関の便宜を図ってくれる頼れる相談役。

物腰柔らかで大人びており、先日のおばちゃんとはまた違う種類の話しやすさがある。

現在、この世界で天涯孤独である俺から、最もアツい信頼を獲得している人物だ。


しかし、なんでみんなショートカットなんだ。また、みんな肩の出たデザインのメイド服を着ている。この世界を考えたヤツの趣味が窺える。


それは置いておき、あの夜から今日で五日目を迎えるが、この国の行政から何の音沙汰もない。

「先任の転移者がいるなら、ソイツと会わせてくれ」という旨は、アミラを通じて毎日のように伝えているのだが、どうやらその人物とはこの”カシワシ”の領主らしく、多忙と手続きによって対応が遅れているらしい。

なんでそこはなんかリアルなんだよ。いい感じの女の子寄越してご都合展開を考えるよりも、気持ちよく話を進めるとこちゃんと考えろ。

ここ数日であったラッキースケベとか説明しないからな? 

彼女らの説明も面倒くさくて適当になっているからな。


「ごめんなさいね……一応、ご領主さまのお耳には入っている筈なのですが。今朝、政務局に伺ったところ、なにぶん稀な案件なので、大臣や側近の皆さまとの合意や、ヒビヤさまの待遇について決めかねている様で……」

アミラは眉を困らせて愛想笑いをしながら、現在わかっている情報を教えてくれる。

「え、俺ってそんな厄介者扱いされてるの? そういうタイプのお話?」

「い、いえ! そんな筈は! 正直なところ、政務局の腰が重いのはこの国の特徴といいますか……私がそう言ってたのは内緒ですよ?」

「ああいや、ごめんねそんなこと言わせちゃって。全然アミラたちは悪くないから。寧ろ、君たちのおかげでこの生活は快適だし、とても助かってるよ。ありがとう」

「そう言ってくださると、私たちも嬉しいです」

アミラは先ほどまでの曇った表情を振り払って、柔らかな笑顔を見せてくれた。

そして、アミラは椅子から立ち上がると、出かける支度をしながら妹分へ指示を出した。

「私はまた政務局へ行ってきますので、リコは引き続きお昼ごはんの用意を」

「はーい」

「ラクタの作業はどう?」

「少し時間が掛かったが、この部屋のインフラストラクチャー、つまり水道や空調など生活設備を魔力制御なしにご主人様でも使えるようにした。この拠点の半径2km以内にラクタがいれば、ラクタの精神エネルギーから設備を使用できる」

「ありがとう……っと、それじゃラクタがいないと使えないから、私たち三人の誰かがいれば使えるようにしておいて」

「わかった。では、個人の魔力特性に応じてスペックは変動するが、改良を加えておく」

「うん、お願いね。では行ってきます」

てきぱきと追加の指示を済ませると、アミラは出かけていった。

色んなことを知っているアミラから、もっと話を聞きたいんだけど、連絡係をしているせいでここにいる時間は意外と少ないんだよな。

かといって、残っている二人は作業をしていて邪魔するのも……。


「再設定完了。ご主人様、術式発動命令の設定、つまり生活設備のオン・オフをどう命令するか決めて」

と、珍しくラクタの方から話しかけてきた。事務的な用事だけど。

「えー、決めろって言われてもね。なんか専用の合言葉みたいなの詠唱しないといけないの?」

「別に……何でもいい。物理的なスイッチでも、合言葉でも、命令でも、何でもいい。多少の言葉遣いの可変には対応している」

ラクタが構築したとても便利なシステムには、なんだか既視感があった。

「じゃあ、『ラクタ、灯りつけて』『ラクタ、部屋あったかくして』とか、『ラクタ、〇〇して』に反応するようにお願い」

すると、ラクタは少し不思議そうな顔をしてから「それは、魔力供給者がリコ・アミラである場合も?」と尋ねてきた。

「そう、ラクタが作ってくれたシステムだからね」

「わかった。では、そのように設定しておく」

これはあれだ。ア〇クサだ。

アミラの外出は予想に反して長くなり、彼女と一緒にお昼ごはんを食べることは叶わなかった。

一方、嬉しいこともあり、例の”ご領主”と謁見することが許された報告を聞けた。

やっと、話が進みそうである。

この数日で三姉妹から話を聞いてあれこれ考えてはいた。

大まかにわかったことは「基本的に、ステレオタイプな異世界ファンタジーに基づいた設定である」「部分的に、近代的な知識を持った人間による知識・技術的な介入がある」「作り込みが甘い設定と、逆に精密すぎる設定がある」ことの三点だ。

これらの点により、俺は二つの仮説を考えた。

一つは「純粋に異世界へ転移させられた」という説。さっきから、テンポが悪いだの設定が雑だの文句を言っているが、批評家的な気質でまだ現実を受け入れられていないだけかもしれない。


もう一つの仮説「誰かが考えた物語の世界に転移した」というものである。

もし、俺が物語の主人公であるとしたら、あまりにも自分のいる世界を疑い過ぎる。そして、見えすぎているのだ。

小説というものは、説明していない・するまでもない設定は、読者の想像力で補完してもらうものである。ライトノベルなんかは極端なもので、イラストありきで成立している作品なんてザラにある。

お話の中の主人公も読者と同じで、「アレがない」「ここがダメ」と、よほどの欠陥が無ければ、細かい矛盾や過不足を気にするやつはいない。

(この世界は普通に致命的な矛盾が生じているが)

この仮説を採用した場合、元の世界へ帰るには「この世界を考えたヤツ」の意図を推察して、適切な行動を取らなければいけない可能性がある。


まずはその、ご領主とやらになっている先任の転移者と会って、大きな手がかりを得られればよいのだが……。


ご領主と呼ばれる彼の屋敷は、昔海外旅行で見た宮殿などと比べると、随分規模が小さかった。

だが、黄金作りの装飾や、まぶしい朱色のカーペット、平時でも勇ましくなびく軍旗など、一応の威厳と貴さの象徴として存在していた。

ご領主といえば、勝手に国のドンっていうイメージがあったが、思い返せばここは"カシワシ"という街であると説明されていた。

だったら、ここの偉い人は精々市長や県知事レベルで、王侯貴族のシステムは合わねえんじゃねえの?

と、設定のおかしさも気になった。

こういう矛盾は言われないと気づかなかったり、推敲が足りないと発生する。やっぱり、作者は勢いで話を書いてるんじゃねえか?

もしくは寝不足で深夜テンションで書いてもこうなる。

そんな事を考えながら……長かった。俺にとって重要なキーパーソンである、先任の転移者と対面の儀。


「面をあげなさい」

跪いて顔を上げた先には、重ね着をした豪華な衣装に飲まれそうになっている一人の青年が王座に座っていた。

「我の名はタチバナ・アイトだ」

出た、橘。

橘って名字の主人公の作品三つは知ってるぞ。

「貴殿の名は?」

「えと、ヒビヤ・タカシです」

「そうか、貴殿の話はある程度報告を聞いている」

なんか、一生懸命威張って喋ろうとしているが、性に合ってない感が出てる。

三姉妹や周囲の侍従たちが平伏して話を聞いているので、こういう需要に応えてやってるんだろうけども。

「えー、我も元はこの世界の者ではない故、積もる話もあり、内密に話したいこともあるので、他の者には人払いを願いたい」

「ご領主様! まだこの者が安全な者と決まった訳では……!」

逆V字に飛び出た髭の老侍従が申し上げたが、青年が「大丈夫だ。安心せい」と一言なだめると、すんなり引き下がった。


こちらも三姉妹に席を外してもらったところで、いよいよ本題に入った。


「いろいろと訊きたいことがあります。改めて、日比谷隆です。よろしくお願いします」

「ああ……どうもご丁寧に、橘藍人です」

おお、あちらも根は臆病な日本人と見える。

「お若いようですが、おいくつなんですか?」

「あー、八年前に一七でこっちに来たんで、多分今年で二五っスね。日比谷さんの方が歳上だと思うんで、そう畏まらずにお願いしまっス」

「あ、俺は今年で三十五で、仕事は広告代理店の企画部で働いてました。まあ、普通のサラリーマンって感じですね」

「そうなんですか〜真っ当に生きてられた感じじゃないっスか〜、オレなんかちょっと学校サボりがちで〜」


と、まずはアイスブレイクで二十分ほど喋り、橘氏の人柄や素性も分かってきたところで、この世界に来てからの質問を交えていった。


「橘さんはこの世界に来た経緯って覚えてます?」

「あー、普通に交通事故ッスね。気づいたら、だだっ広い草原に倒れていて、そしたら人が魔物に襲われてる所に出くわしたんで、そいつらをチートスキルでぶっ飛ばしてからトントン拍子で今こんな感じ」

「チートスキルってどんな?」

そう質問すると、彼は待っていましたと嬉々として自分の能力について教えてくれた。

「"初手ブッパ"で最強ですって感じのスキルで、最初の攻撃だけ超破壊力の魔法を使えるんすよ。極太のゲロビで薙ぎ払ったり、座標を指定して核爆発みたいな爆発を起こしたり。一撃の火力全振りで、その後はカスになるんですけど、色々研究したり対策して、魔王撃破までやりました」

「ああ、じゃあお話としては山場は越えたのね」

「そういうことになりますね。あとはまあ、周りが祭り上げてくれるので、そこでいい暮らしと便利な暮らしをする為に、出来る限り現代の技術を教えています。オレ、頭悪いんですごく中途半端になってますけど」

「いやいや、よくやってると思いますよ?俺も最初来てびっくりしたし」

橘氏は自分の頭に自信がない分、近代技術の伝播にはこの世界の有能な技術者・魔法使いを取り立てて、彼らなりの理解で魔力を中心とした文明に応用しているらしい。

だから、断片的に近代技術の香りが普及していたのか。

一方、領内の政治は現地の高官と相談しながら行い、その結果彼らの顔色を伺いながら公務務めているのだという。

「いやー本当に申し訳ないっす。あのオヤジたち、なんか外から来た連中に冷たいんすよね。オレが来た後も時々転移者がいたんすけど、みんな外で頑張ってくれーっていうか、あいつらはあいつらで色々楽しくやってるみたいだからいいんだけど」

「あー、なるほどね」

恐らく、橘氏周辺の高官や侍従たちは、概ね優秀な他の転移者が自分たちのポストを脅かすことを危惧しているのだろう。すると、お人好しであまり賢くない橘氏が領主である方が都合がよい。

残酷な推測ではあるが、これを伝えてもよいのだろうか……。

「いやー、こういう"社会の現実"みたいなやつって、どこにでもあるんすね」

「そうだねえ。そこんところリアルに作られているあたりも、この世界の作者の趣味かもしれない」

「世界の作者ってなんです?」

「ああいや、もしかしたらこの世界って、どっかのラノベ作家が考えた物語の中なんじゃないかなって仮説を考えていて、心当たりとかない?」

「オレはここで純粋に楽しく暮らしてたから、意識したこと無かったッスね。もしそうだったら、なんかあるんすか?」

橘氏はひねくれ者の俺と違って、実に素直にこの世界を受け入れている様だった。

「元いた世界に帰る手がかりを探すのに、作者が何を考えてイベントを用意したのかとか、そういう推理が必要かもなと思って」

俺は重ねて尋ねた。

「決して疑っている訳ではないけど、もしかしたら橘くんも物語で"作られた"人物かもそれない」

「えっ、なんか怖いこと言わないでくださいよ」

「いやいや、だからといって、橘くんには何の問題もないと思うよ。俺は元の世界に残してきた妻や子どもが心配だからあれこれ考えてるだけで……」

橘氏はどこか腑に落ちないような微妙な面持ちをしていた。彼に俺の頭の中の議論をそのままぶつけても通じないように思えた。

「まあとりあえず、帰る方法が見つかるまで、オレが身元の保証しますよ? 日比谷さん頭良さそうだし、側近として召し抱えるんで、こっちの仕事を手伝ってくれると助かるんですけど、どうです?」

「ああ……勿論喜んでと言いたいけど、侍従や大臣たちの意見は大丈夫なの?」

「そこら辺はどうにかするんで。なんだかんだ言って一番偉いのはオレだし、一番強いのもオレだから」

ある物語の主人公であった橘氏は、快く俺を歓迎してくれたのであった。


勢いで書くのは良くない(2025/12/25)

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