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19.脚本を信じよ

「あんたのご主人によくよく言いつけてもらうよう仕込んだつもりだったが、人は思うようにならんな!」

「きっと、それはおじさんが不器用なだけだよ!」

そう叫び返したリコの表情は、闘いの中で日ごろの鬱憤を発散しているような、晴れやかなものだった。

「だいたい、わたしも自分の気持ちを伝えるのがヘタな不器用仲間だけど……いつもお利口にしているんだから、たまにはワガママ言わせて欲しいんだよねえ!」

リコは、鍔迫り合いから跳ねの退いて後方にバク転し、ラーゲンと距離を取った。

「おれは、とうとう非常手段に訴えるしか頭が回らなかったあんたよりは賢い。結果的に、世の中では真面目とされている大人なんだよ」

ラーゲンはここで上着を脱ぎ捨て、本格的な戦闘態勢へ移ったことが見て分かった。カウボーイ風の見た目からして、腰にはガンホルダーに収められた短銃を確認できたが、彼は何故か世界観に似合わない二又に分かれた鉄製の短い棒を左手に構え、別のホルダーから同じ刃渡りのナイフを取り出して右手に構えた。

「何故、そうまでしてついて来たがる。この前ははぐらかされたが、その理由をきちんと説明出来ることが最低条件だ」

「それね。とっても単純。ラクタが行くから」

リコがそう言った時、ラクタははっと驚いた顔をしていた。驚愕もそれなりに、表情はやりきれなさや悔しさで子どもが愚図る時のような複雑な皺を刻んだ。

「そんな大層な理由がある訳じゃないんだけどね。わたしだけ、仲間外れというのが我慢できなかったんだよ。でも、ラクタがまた戦場に行くと聞いて、絶対最初からそんな筈ではなかったと思った。だって、ラクタが魔素戦争で嫌な思いをたくさんしたって話はよくしていたし、賢いあの子のことだったら、お呼ばれしたってどうにかして断ると思うもん」

「ラクトスの娘が戦場に出ることは、おれも納得しちゃいない。しかし、上の命令なら仕方ない」

「わたしはそう割り切れないんだよ……情緒不安定な、反抗期だからねえっ!」

リコはまた絶叫して、ラーゲンの間合いに蹴り込んでいく。

ラーゲンは彼女の右足を左腕で受け止め、右腕のナイフを突きだそうと構えるが、その次の瞬間にはリコが次の脚撃を繰り出し、ラーゲンは絶え間ない攻撃を受け止めるのに徹するしか出来なかった。

外から見ていると、リコの技は全身を使ったダイナミックな重い一撃一撃の連続であった。それにしては、遠心力や溜めを使うような予備動作がなく、跳ねながら入れる脚撃はまるで浮いている様だった。

いや、あれは浮いていないか?

回し蹴りやサマーソルトの加速が、物理法則を超えた挙動をしている。

「前にも教えたけど、飛行魔法や浮遊魔法は、姿勢制御のために高度な術式設定とリアルタイムの膨大な演算が必要で、安定して使える者はとても少ない。ましてや、戦闘利用なんて実用的じゃないのに……」

何が起こっているかてんでわからない俺に、ラクタが魔法の専門家として解説してくれる。

「なるほど、この世界では空を飛ぶことのハードルが高いパターンなんだな……じゃなくて! リコはいきなり襲ってきて、どうしたいんだよ!」

リコの発言から察するに、この襲撃は出征についていく為のものだというが……言ってしまえばこの行為はテロであり、どの国でも重罪として扱われるものだろう。

「わからない……けど、何か策があるのだと思う。その鍵は恐らく、ラーゲンが握っている」

ラクタは神妙な面持ちながら、俺の顔を見てそう教えてくれた。やがてリコとラーゲンの戦闘に顔を戻して「リコが、どうにかしてでも出征に着いて行きたがることは、ある程度予想していた。しかし、こうなるとまでは読みきれなかった……」と呟いた。

ラクタは自分の視界を制限するように、両手を頬の前にかざしてリコとラーゲンの決闘を覗き込んだ。

そして「やはり、運命には抗えないということか……」と呟き、だらりと両腕を下ろした。

「ボソボソ言ってるんだよ! とにかく、俺らはどうすりゃいいの!」

「ここで、わたしたちに出来ることはない。なるようになる……はず。ご主人は安心していい」

ラクタはそう腹の底から絞り出すような声で言ってくるが、俺はあなたの顔に浮いている緊張や不安の汗が心配でなりません。


ラクタと俺のやりとりの一方、リコとラーゲンは拳を打ちつけ合いながら舌戦を交え、互いの戦い方を読み合っていた。

「おじさん、魔法使えない人なんだね」

「そうだ。だからこそ、魔力関連の弱体化や内部破壊工作に強い。さっき、フルクスの剣を砕いたのは、魔力をまとわせた物体のエネルギーの流れを狂わせたのだろう?」

「よくお見通しだね! そっちはさっきから攻撃してこないけど、この連撃程度で手一杯になる腕じゃないでしょ?」

「今回の役は、ヒビヤ殿の護衛だ。その手腕を見せてやろうと思っただけだ。攻めの手も見たければ、今見せてやるさ!」

ラーゲンはリコが繰り出す横薙ぎの蹴りを受け流すように払う。

そして、左手の十手を突きだした自分の左手の甲に向かって振り、金属の防具に叩きつけた。

次の瞬間、リコは思わず両手で耳を塞いで固く目をつむって悶え苦しむような仕草をした。どうやらあの十手が衝撃派を発生させる道具らしく、時間差で彼らを取り囲む結界が波打つのが見えた。

大きな隙を晒したリコはラーゲンの容赦ない蹴りをモロに腹に食らい、結界の端までぶっ飛んで地面に叩きつけられた。

「うぐぐ……」

「頭がいたい……」

「吐くかと思った……」

遠くで眺めている俺は何も感じなかったが、橘氏とラクタ、アミラ、フルクスもうずくまって苦しそうに悶えていた。

もしかして、モスキート音みたいな"若者"にしか聞こえない音波でも使ったのかな。

「タチバナ様。他の者の避難は済みました。あなたも避難してください。ヒビヤ様も、アミラ、ラクタ嬢も私に任せてご退避を」

音波攻撃を食らわず結界を張り続けていたマルトスがそう進言するが、橘氏は「いや、オレは見届けるよ。どんな事情があるのか分からないけど、どうにかして穏便に済ませるために見ておかないと」とこの場に留まる覚悟を示した。

するとラクタとアミラも「わたしたちも大丈夫です」と言って立ち上がり、両手を突き出して結界の展開作業に戻った。彼らがそう言うのなら、俺だけ退避する訳にはいかないし、そうしたいとも思わない。

決闘の実況に戻り、リコはしばらく蹴られた腹の痛みにもだえて地面に倒れ、身体を起こしながら負け惜しみを吐いていた。

「かはっ……いやらしい攻撃……ヘンテコな武器、そうやって使うんだね」

「これは武器ではない。見たことないか? これは音さと言ってな。本来の使い方ではないのだが、重さといい、形状といい、音や振動による人体の破壊にも使えて、なかなか気に入っている」

ラーゲンは、音さの二又にナイフの刃を引っかけ、片手で自在に回して見せたり、次々と空中に放り投げてジャグリングしたあと、ナイフはそのまま左腰のホルダーに、音さは背中側のホルダーにしまわれた。

次の瞬間、やっと立ち上がったリコにラーゲンは急接近して体当たりをかけ、また彼女を結界の端まで吹っ飛ばした。

「あんたはおれに勝てない。体力性エネルギー由来の魔法による身体強化も、所詮出力されるのは運動エネルギーだ。あんたにとって、おれは魔力の攪乱も効かぬ相手であるうえ、体術も劣っている。戦術も、突っ込んでくるだけで手数が少なく、それこそ戦場に連れていく必要性が見つからない」

「もう終わりにしよう。おれは冗長な戦いを好まん」

ラーゲンはそう言うと、これまでずっと抜くことの無かった、ハードボイルド・カウボーイの象徴であるアメリカンな見た目の短銃を右手に持ち、よろめきながら立ち上がったリコに照準を向けた。

「この銃の弾丸は魔石製だ。魔石の希少性と性質はよく知っているだろう? こいつを打ち込まれた存在は、痛みも感じる暇もなく全身が微小な粒子となって霧散する。弾の調達にちっと金が掛かるが、敵を必ず殺せる一撃必殺の武器だ。この銃を扱えることが、おれが出征隊に選ばれた理由だ」

「どうせ死刑は逃れられない。ならここで、楽にしてやる」

なんだかラーゲンが物騒なことを言ってる! おい、このままだとリコ殺されちゃうよ!

「ラクタどうしよう! なんとか出来ないの?!」

「…………」

しかし、ラクタはじっとリコをにらんだまま黙っている。

「そうだ! 橘さま! どうにかしてリコを死刑じゃなくさせること出来ないのか? いや、この国の司法がきちんとしているなら、然るべき裁判と手続きをもって罪を償わせるべきだ!」

「いや……多分、このケースだと”反乱の鎮圧”という名目でその場で処刑が妥当だと思う……そして、多分この場でそれが出来るのは、オレとアミラ、そしてラーゲンだけ……」

マジか……。

おれは絶望の最中にいた。

能力や立場的に、俺が出来ることは何一つ考えられなかった。

ラクタは大丈夫だというが、流れ的にリコはこのまま殺されてしまうだろう。

最悪な結末ばかりが頭をよぎり、視界がどんどん真っ暗に狭まっていくような気分に陥る。

しかし、思考が自分一人の世界になった時、ふと忘れかけていた思考方法を思い出す。

そうだ、メタ的に考えよう。

リコは言うまでもなく、この物語でキャラ付けを存分に育まれていた。そんな人物を、ここでそんな無残な方法で退場させると思うか? いや、俺だったら絶対しない。ベタ的にもしないのが当たり前だし、この世界ではリコを処刑する理由があっても、物語的にはリコを殺す理由や必要性はない。

だから、きっとリコは退場しない!

だいたい、主人公や重要なキャラが絶体絶命な展開になっても、物語の話数的に絶対死んだりしないとか思いながらアニメ見てたもん俺!

だが……この小説を書いているやつは、小説の定石どころかお話をつくる才能がまるでない。

俺は、この物語の作者を信用していないうえに、脚本も信用できないんだ!

チクショウ、作者が本当にリコを殺すつもりなら、ラクタが止めようが俺は黙っちゃいないぞ!

俺が物語の世界に取り残される事態になろうが、精神的にやられていた時に考えていた"俺が大暴れする"方法で、リコが死ぬというプロットから変更余儀なくさせてやる。

俺は、この世界で社会的に死ぬ覚悟を決め、いつでもド変態に発狂できる準備をして、心の中でそう叫んだ。


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