15.茶番
「わたしが出征している間の寮長は、ラクタに任せることになりましたので、また始まったばかりの生活にはなりますが……ご主人様はこれまで通りお過ごしできると思います」
アミラと顔を合わせるのも一週間以上ぶりになる。彼女は既に出征要請を聞いており、いまその準備に忙しいらしい。
「忙しい時に呼び出してしまって申し訳ないけど、ちょっとまた色々聞きたいことがあってね。そこに座ってよ。いまお茶を出すから……」
「ああいえ、お茶の用意ならわたしが……」
「大丈夫、俺にやらせて? それぐらいの余裕は俺にはある」
「左様ですか……では、お言葉に甘えて」
俺は、この部屋に住み始めてから初めて使う、白磁に金縁があしらわれた上等な茶器をテーブルの上に揃え、紅茶を注いだティーカップをアミラへ差し出す。
アミラは「いただきます」と微笑んで、持ち手をそっとつまみ、口元でカップを止めて匂いを楽しんだ後、紅茶に口をつけた。
「とても美味しいです。実は、ずっとここの紅茶を飲んでみたかったのです。いつも、お客様に出すばかりで、わたしはいただけませんから……」
アミラは紅茶に映る自分を感慨深そうに眺め、そう呟いた。
アミラは穏やかな微笑をたたえているが、仕組まれたように察しのいい俺は、その表情の裏で抱えている憂いや不安といった感情が透けて見える様だった。
「それで、訊きたいことというのは、魔素戦争の話であってね」
「ああ……はい」
「橘氏と一緒に戦っていたって聞いたよ。大変だったんだね……」
「それは……はい。しかし、わたしの能力が戦争終結に役立つとのお話でしたので、喜んでお供させていただきました」
「そんな英雄と持て囃されても不思議じゃない人が、どうしていまこのお仕事をしているのかも気になったんだけど……」
「今回の出征、どうしてアミラが選ばれたのかわからなくてさ。他の人じゃダメだったのかなって。これは機密なんだけど、実はラクタも出征隊の候補だったんだ。だけど、橘氏が年齢を理由に却下して、別の人を代理で探すことになった。でも、アミラも女の子で、戦場に似つかわしくない。戦うって感じの女の子じゃないんだよ」
「ええ……」
「それで、選定理由を側近に尋ねても『最重要機密です』としか教えてくれないし、橘氏に訊こうとしても、側近に遮られてしまった。具体的には、みんなアミラの能力を教えてくれなかった。どうしてなんだ?」
あの会議の後、物語のキーパーソンとなるアミラについて色々と調べたり、政務局の職員やリコにも訊いたりした(ラクタと会うと機密を読まれる恐れがあるので訊けなかった)
すると、みんな口々に「知らない」と言い、政務局の重役の一部は知っている様だったが頑なに口を閉ざし、リコや他の召使いたちは本当に知らなそうだった。
この物語が、俺に推理させることを目的にしているなら、こうまでもわかりやすく秘密にされていることを調べない訳にはいかなかった。
仮に、物語に関係がなかったとしても、アミラとは個人的に関係があるのだ。理由を説明されないまま、はいそうですかと信頼している人を危険な場所に送り出す気にはならない。
「どうやら、この世界の人は何かと秘密主義らしい。そんなに、俺は信頼出来ない人間なのかな」
「いいえ……ご主人様は、とてもお優しい御方です。まだ、一ヶ月と少しの短い関係ではございますが、それはとてもよく肌身に感じます」
「だからという訳でもないけれど……俺に、アミラの能力とやらを教えてくれないか? どうせ、俺は何の能力もなくて、上司の顔色をうかがいながら一生デスクワークだ。それを知ったところで、何の野心も叛心もない。だから、嫌でなければ……俺が納得してアミラを送り出せる理由として、教えてほしい」
アミラは、言いづらいというように、口を固く閉じて、目を横に逸らした。それから、しきりにまばたきをして、それを落ち着かせるように目を瞑り、考えるような仕草をした。
「もし……答えなければ、いかがなさるおつもりですか?」
俺はそう返されて、逆にぎょっとした。
てっきり、物語の流れ的にすんなり教えてくれるものだと踏んでいたので、そこまで渋られるとは考えてもいなかった。
「俺も出征隊に参加して、アミラと一緒に戦う。転移者ってみんなすごい力を持っているんだろ? だから、ハッタリでもスゴイ転移者が来ているとの看板があれば、ファシオスの連中も心強く感じるだろうし、カシワシの面子も立つだろう?」
俺は咄嗟にデタラメな脅し文句を言った。
実際にこの理屈が通るかもわからないし、アミラが「じゃあ着いてきてください」と言い出したらそれまでだ。
いや、戦場に出れば結局アミラの能力を見られる。
そもそも、物語の流れ的に、戦場が用意されている以上、俺もそこに向かえと促されているようにしか思えない。
どちらせよ同じことなのだ。
「今回、わたしに呼びがかかったのは、敵の情報の少ない中でも、わたしにしか出来ないことがあるという判断があったことは理解しています。当然、わたしはそれに従うべきであることも承知しています。それでいけませか?」
それは、実質ノー回答だった。
つまり、アミラであれば正体不明の襲撃者を倒せるという確信があって選ばれている。
ならば、何故アミラ以外の英雄パーティを集めているのか。橘氏という特殊な火力要員が不在でも、正攻法で強いメンバーで戦いに行くのに、何故アミラの特殊能力が必要なのか?
「魔素戦争でタチバナ様が活躍された戦法については、国家秘密となっております。もし漏洩すると、この国とわたしの命が危なくなります」
マジかよ、そんな代物なのか。
正直言えば、このやりとりは所詮茶番であることは分かっているのである。
だからこそ、俺は仕組まれた運命の中で、出来る限り自分の思いを乗せて、納得できる理由を得たいのだ。
それが、運命に抗えないなりに、自分を失わない為に出来ることであった。
「秘密は守れる。約束する。俺だって、事を荒立てることはしたくない」
俺は真剣な眼差しでアミラに訴えかけた。
…………。
五分程度沈黙が続いた。
「では、ご主人様の命に従います。お話ししましょう」
「はあ……ありがとう」
俺は、これはたかが茶番であると思う自分、その茶番に真剣に向き合いたい自分、それをバカバカしく冷笑する自分などが混じった緊張から解き放たれて、変な吐息が出てしまった。
〜
「わたしの能力は、対象のものの時間を経過したり、戻したりする力です。これも一応は魔法の一種ですが、術式やエネルギー制御はまだ解析されておらず、わたししか使えません」
アミラはそう言うと、紅茶を飲み干したティーカップをテーブルに置き、それに手をかざして紫色の光を発すると、一瞬で一握の砂に変えてしまった。
「このティーカップの将来は、割れて粉々になった後は、微粒な粒子となって土や水の中に拡散していきます。また、ティーカップの前世の姿は……」
アミラは手をかざしたまま黄緑色の光を発すると、今度は砂の山を丸い粘土に変えてしまった。
「このように、わたしは対象を過去と未来の姿に変えることが出来ます。そして、どれだけ時を進め、戻すかの調節も分単位で行えます」
なるほど、まるでタイ◯風呂敷の人間版だな。
「確かにすごい能力だけど、それが魔素戦争とか戦いにどんな役に立つの?」
「はい、魔素戦争の際は、タチバナ様の能力『初手ブッパで最強説』という魔法と合わせて使用しました」
必殺技の名前もう少し考えてくれよ橘氏。
シリアスパートで頭の悪い単語出てくると感情がおかしくなる。
「タチバナ様の火力砲は、戦闘開始時に一発だけしか出せません。なので、わたしが合流するまでは緒戦の戦力削りか、切り札的な運用でした。ですが、わたしの能力でタチバナ様を"魔法を使う前"の状態に戻すことで、火力砲の連続使用が可能になりました」
「え、なにそれズル。それこそ最強じゃん」
「はい。なので、どんな大軍相手でも最初の数分で殲滅が完了しますので、やがて侵略国側から停戦を申し込まれ、戦争が終結したのです」
ははあ、なるほどね。
アミラの能力で、橘氏の特殊スキルの欠点が無くなり、火力のゴリ押しが可能になって、核兵器みたいな抑止力となったのか。
さらに考えてみると、アミラの能力はヒーラー的にも有用そうである。
「人の時間も戻せるとなると、傷を直したり……なんなら、人を生き返らせたり出来るの? 不老不死もいけそう」
「傷の治療は出来るのですが、流石に人を生き返らせることは出来ません。魔法は科学とも密接な関係がありますので、その性質もある程度は物理法則に左右されるに加え、イメージも関係してきます。例えば、ティーカップが割れた時、割れた原因はカップの物質の結合が壊れたと分かります。元に戻すには、その結合のつながりの状態を戻すのです。人が死んだ場合、その死因を特定して適切な処置をせねばなりません。失血死なのか、多臓器不全なのか、或いはもっと別な理由なのか。この能力はミクロな領域の理解まで要求されるので、細胞から器官までの単位の医学的知識が必要です。その上で、人が生き返るというイメージ・常識は全くありえないものですので、人間の蘇生は不可能なのです。また、一つの物体に対して時間を操作できる時間量には限度がありますので、不老不死も不可能です」
「そうなんだ……ご丁寧に説明ありがとう」
なるほど、筋が通っているような、通っていないような。作者が必死に理屈コネコネしている様子が思い浮かぶな。
「でも、そしたら橘氏とセットで運用が前提なのに、なんで橘氏がいない出征隊にアミラだけいなければならないんだ?」
「それは、最悪の場合、わたし襲撃者の時間を進めて消滅させることを想定しているのでしょう。私の能力発動半径は約一メートル程度なので、かなり肉薄する必要がありますが……」
「え、それかなり危ないじゃん。単騎で集落いくつも滅ぼして、いまや国の存続を脅かしてるようなバケモノだよ?」
「それはそうですが……その前にも、タチバナ様と運用した戦法は、他の戦闘員とも応用が可能ですし、あくまでも最後の手段ですので……」
俺は納得出来なかった。
アミラが白兵戦になる前に、他の戦闘員が仕留める前提だったとしてもだ。
最後の手段として、アミラの肉薄に委ねられる状況になった時点で、彼女の自衛力は皆無に等しく、リスクが高すぎる。もしや、側近たちは刺し違えも考えているのでは?
「どう考えても、アミラが危険すぎる。最後の手段になった時には、もうアミラの身の安全は保証されていないよ」
「戦場では、安全は保証されないものですよ」
「それでも納得出来ない。何か他の方法を探すべきだ。それこそ、もっと戦力を充実させるとか、アミラが行かなくても済ませられるほどに、対策を考えるべきだ」
「援軍に戦力を割きすぎますと、国防が疎かになります。また、もし国外で襲撃者を片づけられなかったら、今度は我が国が襲われるかもしれません。そうなったら、今度こそどんな被害や犠牲があるか……また、そうなればわたしが戦場に出るのも同じことです」
本当に、アミラはよく理解していた。
この国の事情も、自分の魔法の性質も、何もかも俺より詳しい上で、自分の運命を理解していた。
対して、俺が知ってることなんてたかが知れてるうえ、作者の仕組んだ運命に逆らおうとまでしている。
非常に大人気ない。しかし……
「そこをどうにかするのが大人で、国というものだろう? 最小限の被害にするため、最大限の予防をする為とはいえ、個人が犠牲になることを強制するのは納得できない。俺が会議の場で直訴してやる」
「いえ! わたしは納得しており、強制などもされておりません! ですから、どうかそのようなヒビヤ様のお立場を悪くされることはおやめください」
「強制されてないなら断ってよ! アミラは優秀なんだから、相応の代案を考えて提案すれば認めてくれるさ!」
「それでは、結局別の方を危険に晒すことになります! ヒビヤ様はそれでよいかもしれませんが、わたしは嫌でございます!」
そう言われて、ぐうの音も出なかった。
俺が本当に訊きたかったのは、アミラの意思だった。
「魔素戦争の時は、最前線とはいえ、遠距離から砲撃する戦法上、敵からは距離が離れていました。此度は肉薄も想定されているだけ、恐ろしく感じます。しかし、やらなければいけないことなのです」
アミラの理屈は筋が通っていた。
理不尽なことは仕方がないとして、自分で納得している以上、彼女の意思を尊重することが自然であるように感じた。
仕方がない……。
俺は椅子から立ち上がり、アミラの隣に片膝をついて、膝の上の彼女の手を取った。
「こわいんだね……」
アミラは俯きがちにテーブルの茶器に視線を置いたまま「はい」と答えた。
そして、俺は彼女の柔らかな鶯色のショートヘアーを撫でた。
「こんなかわいい女の子が、戦場に出なければいけないなんて間違ってる。たとえ、信頼があっても、平気で命令できるやつらの感覚は理解出来ない」
「左様でございますか……しかし……」
俺は再びアミラの手を両手で握り、彼女の膝の上で落ち着けた。
「俺は、どうにかしてアミラが戦場に行かなくても良いように動くよ。もしそれがダメなら、俺が代わりに戦場へ行く」
「それは、いけませんが……心強いお言葉です。本当は止めなければいけないのですが、嬉しく思ってしまいます」
アミラの不安な表情が、段々と和らいでいる様子が窺えた。
それどころか、こちらを見る眼も恍惚と潤んで、信頼以上の何かを感じさせる意味深な眼差しである。
よし、このキザな茶番ももう一押しだ。
下衆だが、このままヒロイン攻略まで漕ぎ着かせてもらう!
アミラの単身戦場行きを回避するには、無理やりでもアミラと俺が一緒にくっつくしかない。
もし結婚まで行けば、旦那の俺がアミラの出征を拒否する発言権が得られたり、または戦場への同行を許されるかもしれない。
または、こっから無理やりイチャラブハーレムルートに切り替えて、アミラとラクタとリコとその他大勢のヒロインとゆりの木の館で贅沢三昧するんだ!
あ、いいこと考えた!
このまま既成事実を作ってしまい、責任を取らなければいけませんって話にしちゃって……そんで! 受精した卵子の時間をアミラに進めてもらって、出征前に身重の体にしちゃえば、流石に戦場に行かなくても済むよね!
あー流石小説家の俺! なんたる発想力!
考えることがキショ過ぎてキショキショキショキショキショキショ!!!!
アミラ、いい雰囲気でこんなキショいことを考えている男でごめん。
そして、元の世界にいる妻と子どもたちよ。
これは浮気ではなく、人を救う為に仕方のないことなんだ。どうか許してくれ
俺は、立ち上がりながら握っていた左手をアミラの頬にあて「俺は、アミラを手放したくない……」と言いながら、彼女の薄い桃色の唇に顔を近づけていった。




