13.くさい台詞:後編「自分らしく」
「精神性エネルギーは、"自分らしくありたい"という思いの力。学びは人生を豊かにし、己の人間性を多様に広げていく。精神性エネルギーを高める為の鍛錬というものは本質的でなく、あくまでも副産物として捉えるぐらいが適当」
七日目の休日。
昨日はリコに励ましてもらって少し元気が出てきたところで、ふと思い立ってラクタにも顔を見せることにした。
本当はアミラと会いたかったのだが、今日は用事で政務局の方にいるらしい。
ラクタと顔を合わせるのは一週間ぶりになる。そういえば「引っ越しても魔法の勉強を続けよう」という約束があったことに気づき、これから毎日会える訳ではないだろうけど、今日一日で進められるだけ教えてもらおうと思った。
また、リコから教えてもらった「体力性エネルギーとは、生きたいと願う力」という話が興味深かったので、精神性エネルギーの使い手であるラクタにも、同じ質問をしてみたのだった。
「リコから聞いた肉体性エネルギーの話もそうだったけど、案外魔法に関するエネルギーって、哲学的なところから生まれているんだね」
「リコの説明に補足すると、肉体性エネルギーは"実践"、精神性エネルギーは"思索"のエネルギー。科学の原点が哲学であるのと同様、魔法も哲学を起源にして、それが質量を持った形である……という説もある」
ラクタは親切に補足を入れてくれたが、相変わらず小難しい言い回しで、まだイマイチピンと来ていない。
そんな俺の様子を察して、ラクタはさらに柔らかい表現で追加の補足をしてくれる。
「つまり、"幸せになりたい"という強い思いが、力を持ったのが、魔法や魔力」
「なるほど、そう言われるとわかりやすい」
俺が納得すると、ラクタは魔法本論の教科書へ目を落とし、細くしなやかな指である一節をなぞる。
「でも、魔法本論には、"精神性エネルギーの源は欲求不満である"と定義されている。つまり、ストレスを与えることで人間的な成長や耐久性を鍛える手法が前提にある。この方法をわたしは好まない。大きな苦しみと引き換えに得られた能力を、わたしは誇れない」
ラクタは、俺に魔法の勉強を教えることで"自分らしさ"を表現している様に思えた。
この世界では、こだわりの強さなどの人間性の幅が、魔法の能力として表れ、認められていた。
以前、ラクタがプチ家出した時も、アミラから「たまにあること」と扱われていたのは、甘やかしや諦めではなく、ラクタの性格と能力の性質両方を思った彼女なりの気遣いだったのだろう。と、今になって思い返した。
「ラクタは本当に魔法が好きなんだね」
「そう、魔法が無い世界なんて信じられないぐらい。また、そんな想像をしたら不便すぎて頭がおかしくなりそう」
彼女はそう言うと、俺の顔を見て嬉しそう口角を吊り上げた。
ラクタの笑顔はいつも口だけが歪んで、目が死んでいるように不器用なのだが、それでも自分の世界の技術(魔法)が誇らしいという気持ちはとても伝わってくる。
「俺の世界には魔法なんてものないからね。代わりに、科学技術がとても発展していて、それはもうとても便利なものさ」
「厳密には、魔法も科学の一種。科学の種類が一つ少ないご主人の世界の方が優れているという理屈にはならない」
あれ、もしかして俺の世界馬鹿にされてます?
確かに、転生モノの主人公は転移先の世界を「未開文明」みたいに扱って、無意識に見下しているような傾向はあるけど……。
あ、俺がいつもツッコんでいるのは、設定の粗さであって、彼女らの住む国や世界を見下している訳じゃないよ。
「それこそ、魔法を使えるわたしがご主人の世界に行ったら、いろいろ強すぎて持て囃されそう。フフフ……」
ラクタってそんな笑い方できるんだ。
「もし、魔法が無い世界があるとしたら、その世界を作った神様は意地悪」
「そこまで言うかね……」
しかし、自分の世界に誇りを持つのは結構だけど、他人の世界を見下したり貶したりするのはいただけないな。
このあたり、頭でっかちな割に年相応の情緒が窺える。
それはそうと、この世界にも神様の概念はあるんだな。あんまり深くツッコむと面倒くさそうだから、敢えて考えないけど。
まあ、その世界の物理法則を設定しているのが神様と言うのなら、物語の世界の設定を考えている作家も"神様"と言えなくはないだろう。
「じゃあ、ラクタは自分の世界を作った神様の気持ちを考えたことあるの?」
「わたしは神という非現実的な概念を信じていない。世界は時間と物理の偶然が創り出したと考えている。決して、人や意識が創り出したものではない」
おい、じゃあなんでさっき神様とか言い出したんだよ。
親密度が上がってきたからか、この頃ラクタは俺に対してナメた態度を取っている気がする。この前のメイドわんこそば事件といい、その前にも俺の頭の中を覗いてきたことなど。
ここらで俺も皮肉というものを考えてみる。
「俺にとっちゃあ、魔法のある世界の方が、誰かの作った"お話"の世界にしか思えないけどなあ」
これは俺の本音であり、この物語の作者に吐きかけた皮肉でもあった。
ラクタは「なんか失礼」と頬を膨らませた。
それはそうだ。「お前のいる世界は、まるでおとぎ話だ」と馬鹿にされたようなもの。
「確かに、魔法がある世界は便利だけど。俺も、自分の生まれた世界の文化や物理法則を愛しているんだ。それは、ラクタが誇っている魔法と同じで、他人の世界を尊重できなければ、自分の世界も尊重してもらえなくなるよ」
ラクタは、見たこともない大人の表情に驚いた様で、いつか見せた丸い目のハイライトは消え、大きな黒い瞳孔が細かく揺れていた。
少女に向かって言い諭したことは、自分の子どもにもいつか教えたいと考えていたことだった。
「理由があれば、人を馬鹿にしてもよい」という人間をどれだけ見てきたことか。
かくいう俺も、これまでこの世界の作者を「技術不足」や「考えが浅い」などと散々馬鹿にしてきて、そういった気質があることは自覚している。
しかし、ラクタに馬鹿にされて、自分を俯瞰できたから言えたことでもある。
たとえ、この世界が"物語"という作りモノであっても、そこで一生懸命生きる人たちを尊重しようと決めたからには、俺はそう伝えるべきだと思った。
少女は気まずそうに目を逸らし、はっと何かに気づいたような顔をした後、今度は目を閉じて固い唾を飲むような仕草をした。
そして、再び俺の顔に目を向けると。
「ご主人様に失礼な態度を取っていたかもしれない……。誠に申し訳ございません」
と、謝罪の言葉を口にした。
「よく気づけたね。偉いぞ、ラクタは」
俺は、自分の子どもにもよくやる様に、彼女の頭を優しく撫でてやった。
まっすぐなコバルトブルーの髪は、恐ろしくきめ細やかな手触りで、手のひらで流体のように形を変え、またとても軽やかであった。
召使いたちは、封建制度の下で生きてきて、大人に甘えさせられることもなければ、情操教育において叱ってくれる大人もいなかったのだろう。
その中で、ラクタは賢く魔法の才能があった。世界の常識として、能力が高ければ多少の融通が許される価値観で、彼女は増長していたのだろう。それが、才能を潰さない為の"気遣い"でもあったから。
精神性エネルギーの源は「自分らしくありたい」と思う力であるなら、ラクタは一時的にその力が弱まっただろう。
しかし、自分のこだわりが崩れた後、また新たに組み上げたこだわり、ひいては人間性が、さらなる成長をもたらすものだと、ラクタはこの一瞬で気づいた。
ラクタは「あの……わたしは……」と声を発したが、それからぼそぼそと断片的な単語を呟くのが聞こえるものの、メッセージとして成立させられなかった。
彼女らしい言葉の表現が見つからなかったのか……いや、心のありのままを稚拙な表現で伝えることを躊躇っている様に感じた。
普段、固い独特な言い回しをするのは、気恥ずかしさを誤魔化す為だったのかもしれない。
「無理に言葉にしなくてもいいよ。俺は十分分かってるから」
「そう……?」
「うん、それよりもさ。俺のいた世界の話をもっとしてもいい? いや、本当に面白いものだらけなんだって。例えば、テレビゲームってのが、あってね。あ、そういえば、橘氏から『魔動機でRPG作ってよ!』って言われたんだった」
「あーるぴーじー、ってなに」
「あ、その説明もせなあかんのか……」
「とにかく、そのテレビゲームとやらはどうやって作るの? 魔法術式で作る算段はついているの?」
「えーっと……これまで学んできた魔法理論で、魔動機のしくみはプログラミングに近いってわかったからな……」
「こんどはご主人が難しい話をしている……」
ラクタは若干呆れたような顔をしたが、すぐに気を取り直して、普段術式の構築に使っているメモ帳を机の上に差し出してきた。
「ここに、ご主人の考えている魔動機のフローチャートを書いてみて。大雑把でいいから、まずは図式して可視化することが大事」
「おお、流石。てか、フローチャートっていう言葉は出てくるんだな……いったいどういう基準なんだ……」
「今度は実践練習。時間も限られているからさあ書いて」
本当に、魔法を語っている時のラクタは、とても自分らしく、幸せそうであった。
〜
「ご主人は、元の世界では"お話"を作っていたの?」
「専業じゃないけどね。昔から色んなお話を考えるのが好きでさ。男のコってそういうところあるから」
「小説はあまり読まない。投資する時間に対して得られる教養や情報が少ないから」
「まるでタイパだコスパだ言ってるZ世代みたいだな……」
「それもわからない。でも、ご主人は不思議なことを考えるから、お話を作っていたというのは、納得できる」
「不思議なことねえ……例えばどんな?」
「この世界は神という高次の存在が創造したと考える人は一定数いる。しかし、"誰か"とか、"小説家"という俗世的な存在が作り出したというのは、少々卑下しすぎ」
「卑下しているつもりはないけど、自分も物書きとして、クリエイターの気持ちを考えようとしちゃう癖があるんだよ。ラクタはどう?」
「そう……思考実験としては面白い。じゃあ、やってみ……」
その時、ラクタのペンを持つ手がぴたりと止まった。
「ラクタ?」
俺は察しがいいので、すぐに彼女の異変に気づいた。
ラクタが仕事や思索に入り込んでしまうことは、これまでの生活で時々見ていた。
頭を回転させるほど、術式を書くペンの速度や魔法陣の数に現れる。
しかし、今回のそれはまるで様子が違う。
机に肘を突いて俯いたままぴくりとも動かず、金縛りに遭ったように硬直している。
またトラウマを踏んでしまったか?
いや、この前みたいに家を飛び出したりはしていない。
健康に問題が生じたと断定することも出来ず、五分ほど様子見していると、ラクタはだらりと脱力して机に突っ伏して「大丈夫」と言った。
「何が大丈夫なんだ……具合でも悪い?」
俺は心配して、彼女の背中をさすった。
作者の性癖により、メイド服の背中から胴にかけて大きく素肌が見えている。しかし、大胆なデザインへのツッコミは置いておき、彼女の背中は冷たい汗でしっとりとしていた。
ラクタは「いや、本当に大丈夫……」と、顔を上げると、疲れた顔でにまっと口を歪ませた。
「ちょっと、面白いことを考えていた」
「面白いこと?」
ラクタが無理に楽しげな話題に変えようとしていたのは分かったが、俺は心配を捨てきれなかった。
「わたし、いつかご主人の書いた小説を読んでみたい。元の世界で書いた作品でも、この世界で書いた作品でも。また、あーるぴーじーというゲームを作って、ご主人の作った物語を体験してみたくなった」
ラクタの不器用な笑顔には、お気楽に演出された世界観には似合わない、気持ちの悪い深刻さが滲み出ていた。




