11.ご都合主義は誰のため
翌日、俺はお勤めをズル休みした。
まるで小学生か中学生のガキが、先生に電話するみたいに、橘氏へ電話を繋いでもらった。
「確かに最近疲れてるみたいだったっスね。一日と言わず、一週間ぐらい休んでみたらどうです? こちらの方は気にしなくていいんで。やる気が出たらまたこっちで情報探してもらって、オレとお話ししてくださいよ」
「ああ……じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとう」
「いえいえ〜お大事にっス」
橘氏の"やる気が出たら"の一言で、志気の低下を見破られていたように感じた。意外と人のことを見ているんだな。
もしくは、隠し切れないほど俺は憔悴しているのか。
一週間の休みをもらうのは、すなわち一週間何も話が進まないことと同義なのだが……。
ここまで来たら、年単位の長期戦も覚悟しなければならず、もはや誤差でしかない。
この世界に来てから一ヶ月が経とうとしている。
今のところ、魔王を倒すとか、この国を発展させなければいけないとか、これといった目標の提示がない。
スローライフをやるにしても自由はないし、この世界の文明・技術はちぐはぐながら、俺の介入が無くとも充分に発展している。
それに、俺は話のタネとなるような専門知識を持ち合わせていない。元の世界では、ちょっといい文系大学を出た、ごく普通の第三次産業従事者だ。
売れたラノベなんて、女の子とイチャイチャしながら色んな敵と戦っていく異世界バトルモノ。はっきり言って、それなりの構成力と文章力があれば、何の知識も教養も要らない、まさしく軟派なライトノベルである。
それは、恐らく作者も同じなのだろう。
でなければ、どうしてこんな頭の悪い話を書こうとするのか。
その中でまたわからない。
どうして俺みたいな人間を主人公に据えて、何を伝えたいのだろうか。
俺の考え方や人生にそんな面白いところあるか? 普通に生きて、たまたま運よく一発当てて、それからまた慎ましく生きていただけじゃないか。
などと、鬱々とした考えごとはいくらでも可能だった。何時間でも、何日でも。
いや、時間の単位が違うか。何行でも、何話でも、何章でもやってやれるぐらい、それこそ俺のモノローグ次第で物語を崩壊させることだって出来るんだぞってことで。
作者からの誠意で何かあったっていいだろう。いや、既にサービスは十分にいただいております。とってもありがた迷惑なやつを。
休みをもらった初日は本当に何もしなかった。
部屋に引きこもり、ひたすらベッドで寝ていた。それぐらい心身ともに疲れていたのだろう。
朝食・昼食・夕食のアナウンスも全て無視して、何も考えずベッドの中でじっとしていた。
真夜中になって流石に腹が空いて、一昨日差し入れてもらったクッキーを平らげ、また眠りについた。
二日目、アミラや召使いたちに昨日の無視を謝罪し、寮の厨房で料理をした。
食料庫の中を見せてもらい、この世界にある食材で何が作れるかうんうん唸りながら、感覚でオムレツを作った。
卵、豚ひき肉、塩、胡椒、玉ねぎ、ピーマンなど。ケチャップをかけて、そのオムレツを米の丼の上に乗っけて崩しながら食べるのが、日比谷流だった。
丸一日ほとんど食べていなかったので、痩せ型の自分でもびっくりするぐらいの、一日フードファイターに変身した。
そして、その一日は摂取した栄養を体力の回復に充てるべく、調理以外の時間はベッドの中で過ごした。
三日目、オナニーした。
四日目、そろそろ冷静になり始める。
これまでは、ひたすら情報を集めて、帰納法的に今後の展開を予測しようと考えていた。
しかし、それでは情報の取捨選択が難しく、作者の気分で設置されたイベントに振り回され、疲弊してしまった。
ならば、今度は物語の「お決まりのパターン」をいくつか挙げて、最も"こうなりそう"と思える展開を考えていこう。
では、取り敢えず考えた三つを挙げていく。
一つは、ハーレムパターン。
俺はこの館で次々と女の子と知り合い、好感度上昇イベをこなし、イチャイチャラブラブを続けていくパターン。
物語のはじめに初期メンツとしてアミラ、ラクタ、リコがあてがわれ、この前はラクタとリコの個別イベントを完了した。
恐らく、三人の個別イベントが一通り終了してから、新メンバーが加わっていくだろう。
しかし、このパターンだと物語はとても長くなるな。現時点でまだ三人で、最近のラブコメなら平気で十人とかいくし、このペースで百人とか行かれたら絶望である。
だが、あまりこの線は無いような気もしている。
その根拠として、魔法関係の設定やこの国の情勢にある。もし、ハーレムモノであれば、戦闘用魔法とか魔素戦争といった話を利用するのはどうにも考えづらい。
特に、ゆりの木の館と政務局のデスクワークに縛られている現状、積極的に外に出て交流を広げるといった予感はしない。
ラノベ作家の俺が思うに、この作者は少ない登場人物で、キャラクターの心の動きを濃密に表現するタイプのエンターテイナーではないかと分析している。
表現力の問題はさておき、実際にラクタとリコは非常に人間くさく、今後に伏線になりそうなバックグラウンドや設定が盛り込まれている。
リコが護衛役である話なんか、「おまえ襲われるの確定な」と言ってるようなもんじゃないか。
ハーレムモノの線は却下。
二つ目は、追放パターン。
どこかのタイミングで俺はこの国から追放され、安全な街から危険な荒野か治安の悪い地域に行くことになる。
どうやら俺は、橘氏の側近たちから疎まれているらしく、これなら戦闘魔法の設定やリコが護衛役というのも活かせる。
旅の最中で元の世界に帰る手がかりを見つけられそうでもある。
いや、この線も少し無理があるかなと思った。
何らかの罪や落ち度をでっち上げられて追放されるのなら、俺にアミラやリコのような従者を携えて、一緒に旅をするというのは不自然である。
また、嫌われているのは側近たちからであって、橘氏を含めその他の人たちからは概ね好感度が高い。
そこで理不尽に追放されそうになれば、誰かが止めてくれるのが筋だろう。
いや、どんな突飛な出来事な起こるかもわからない以上、あらゆる事態も覚悟しておかねばならないのだか……。
この作者は、物語の展開に関わる重要な設定の整合性や理屈づけは、非常に律儀であるように感じる。一方、興味のないものにはとことん雑で、そのせいで俺は迷惑や不便を強いられたのだが。
それはともかく、もし追放モノにするなら、もっとそれらしい設定や場づくりが施されていただろう。
彼に限って、展開ありきで理屈や整合性を疎かにすることはしないように思える。
そして、三つ目のパターン。
異能力バトルモノになる。
これなら、魔法の設定の濃さや、リコの護衛設定。難民の話もあり、この国の情勢が伏線として張られている。
大方、隣の国か族が攻め込んできて、その迎撃に駆り出されるといった具合だろう。
あれ? それなら、何故俺は魔法の適性が無いんだ?
いや、適性が無くとも、代わりにリコやアミラ達が戦ってくれて、俺は別の役割があるとか。
しかし、バトルモノに移行するとしたら、その先の結末がどうなるかまでは読めなくなる。
定期的に敵が攻めてきて応戦、またはこれまた最近流行りのクランバトル編に突入するかもしれない。
もし俺だったら、この三つ目の策を取るとはいえ、そしたらこの作者は一体どのタイミングで俺を元の世界に帰してくれるのだろうか。
いや、そんな保証が無いことは初めからわかっていた。
ここでも、二つの仮説が考えられる。
俺を元の世界に帰す気がないのであれば、現時点はまだ物語の序盤である。
帰す気があるならば、既に序盤を過ぎて中盤に入り、次は起承転結の「転」に入っていくのではないか。
それは、このゆりの木の館での生活がどれだけ続くかを計れば、今後のスケジュールをある程度予測できるかもしれない。
また、恐らくこの後アミラとの個別イベントが発生する。彼女とのやりとりがどれだけ物語に影響するかは未知数だが、何かしらの意味はあると考えた方が良さそうだ。
ここまで考えたところで……結局、俺は何が出来るのだろうか?
今後の展開を予測したって、俺には何の決定権もない、主人公という物語上の駒の一つでしかない。
俺の行動がストーリーにどう影響するかなんて、それこそ作者にしかわからない訳だ。
だとすると、作者が俺を元の世界に帰す気であるなら、俺は物語の展開に逆らおうとせず、逆に何もしない方がいい。
しかし、帰す気が無いのなら、どうにかして「俺を元の世界に帰す」という結末が良さそうだと思わせなければならない?
そんなことが出来るのか?
物語の目的やメッセージ性もわからないのに?
また、推理が暗礁に乗り上げた。
何が辛いかって、ただ状況に流されるだけで、適切な努力さえ教えてもらえず、何もさせてもらえないのがもどかしい。
しかし、このまま腐っていては、主人公としての役目を果たすことが出来ず、作者も俺も望まない停滞に陥りそうでもある。
……待て。
実は、今日の考察ではどの仮説でも「作者の望み」という概念が重要な要素としてあった。
それはしばしば、設定の濃さで作者のこだわりが窺えた。今まではお色気イベントや勉強イベントに対して、受動的に向かっていたが、これを「積極的に迎合」していったら、どうなるのであろうか?
俺が下手に抵抗したり、不適切な対応をすると、物語の進みが遅くなる可能性だってある。
もしかすると、この物語は主人公の都合ではなく「作者のご都合」で作られているのではないか?
また、ラノベ作家という属性を持つ俺をこの世界に転移させ、文句を吐き散らかさせているのは、作者の都合に振り回される主人公を描きたいからではないのか?
そう考えると、俺が出来る努力は「作者の都合に振り回されること」だと導くことが出来た。
それって、今まで通りじゃん。
「作者のやりたいこと」を理解出来たの大きな進歩である。しかし、今後も理不尽な展開が続くという残酷な未来を突きつけられただけだった。
俺は再び憂鬱に襲われるといそいそとベッドに潜り込み、大人げなくいじけるのであった。




