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1.駄作の予感

ふと気づくと、俺は青空の下で背丈の低い芝が広がる、草原のド真ん中にいた。

なんだ、首元がチクチクするなと思って上体を起こした。

固い地面に寝ていたことに身体が気づいて、体の節々が思い出したように鳴き始めたバキキボキキ。

あれ、ここはどこ?の次に、確か俺はウチのベッドで奥さんと一緒に寝ていたはず。と、声も出さず五分程度困惑した。

狼狽もほどほどにして、目の前の現実を冷静に受け止める必要に気づいた。

パニックを噛み潰して、己の賢さをグッと信じて、考えを巡らせる。

自分はまだ夢の中にいるのではないかと疑ったが、さっきから首や裸足を刺してくる芝のチクチクや、カミソリ負けで敏感になった顎に当たるヒリヒリとしたそよ風が、必死に現実であることを訴えてくる様だった。

「これは、所謂異世界転移ではないのか?」

そう直感したのは、自分がそういう類のお話を散々書いてきた人間であるからだった。唐突な始まり方のラノベを散々読んできたし、最近なんかは、人の作品を添削なんかしたりして金をもらっているからこそ、どこか見覚えのある景色に感じる。

タチの悪いドッキリという線も、ダウン◯ウンの番組で大掛かりな拉致をかまされるような芸人ではないので除外。

「とりあえずスマホがあれば……」と、パジャマのポケットをまさぐっても見つからず(そもそも重みで無いことは気づいていたが)

昨晩ベッドの中で鼻をかんで、ゴミ箱に捨てるのが面倒で突っ込んでおいたティッシュが入っていた。

てかなんでこれはあるんだよ。


次に、ステータスメッセージが開けたり、魔法が使えたり、なにかしら特殊能力が発動しないか、あれこれ踏ん張ってみたり、ポーズを取ってみたりした。

この世界にやってきてから、最も無駄で、最も愚かな一五分を過ごしたと思う。

もうすぐアラフォーの成人男性に何やらせてるんだ。

腹が立ってきた。

自分としては「異世界転移」させられた時に試すことや当たり前の反応を一つ一つこなしているだけだが、特にクセも属性もない主人公任せで、何もイベントを起こしてくれないってのは物語のテンポが非常に悪い。web小説サイトで投稿するつもりなら、読者さんららはもうブラウザバックしてるぜ。


ここで出来ることはもう無いと早々に悟ったので、次は誰か人間を、もとい登場人物を探したり、人里や都市へ行って情報収集しようと考えた。

太陽は真上にある。つまり、南中しているということで、南へ向かう。どこに何があるかわからない以上、方角を知ったとて……といった所ではあるが。

幸いにも、数十メートル歩くと、いかにも荷馬車が通るような平らな土の道が現れ、東西に続いている様だった。

適当に東へ向かって、十分ほど歩いたか、後ろからパカパカガタガタとおあつらえ向きの馬車がやってくる音がした。

「おーい! すいませーん!」

と、大きく手を振って、馬車を操る主を捕まえた。

「すいません、ちょっとお話伺ってもいいですか?」

二頭の馬に物置ほどの荷物を引かせていた主は、東南アジア系の色の黒いハゲたおっさんで、裸に粗野な質感の革?のベストを一枚羽織っていた。

大方、この類の世界観にはありがちな庶民の風貌だった。

「どうしたにいちゃん? んー? あんま見ない格好だが……」

日本語は通じるんだな。

「すいません、わたし、何者かに拉致されてしまって、気づいたら着のみ着のままで見知らぬ場所に捨てられてしまったんですけど……」

少し助けてもらえませんか? とお願いする前に、煮卵のおっちゃんは「おお……それは災難だったな。とりあえず、近くの街まで送っていくか?」と、心配しながらも気前よく馬車に乗せてくれた。

街までの道中、マックと名乗る旦那からこの世界の設定に繋がる情報を引き出そうと思ったが、途中自分の息子・娘の話になって盛り上がってしまい、つい肝要なところを訊き忘れてしまった。

分かったことといえば、どの世界にも親ばかはいるということだ。

マックの旦那は大家族で、七人の子どものうち、息子が三人と娘が四人いる。

末っ子の一歳の娘ちゃんが手のかかる上に、上から二番と三番の娘が色気づいて化粧だの服だのと金が掛かって仕方ないのだと。もっとも、男児らは放っておくとすぐ物を壊して大変なので、最近は薪割りでエネルギーを発散させているって。

ウチは息子一人・娘一人で、小学校も高学年で親の躾が良いためか大人しめな性格、それでも昔は大変だったよと共感してみたり……。現状には全く関係のない話だったが、不安な気分をしばし忘れることが出来たし、退屈はしなかった。

正確な時間はわからないが、体感二時間ぐらいべらべらと喋っていると、やがてレンガ作りの城門らしきものが見えてきた。手前には水を湛えた堀があり、一応戦闘を想定したような作りと窺えた。

水掘に掛けられた木製の橋を渡ると、城門の脇に寄りかかっていた門番と思しき若い兵士がこちらを見てきた。

マックが「よお!」と声を張り上げると、門兵は「ウス」と首だけで会釈して、そのまま我々を通してくれた。

城門を通ってすぐに、馬車や荷車が集められた広場……ロータリーのような空間があり、マックはその端に車を停めた。

「ここは”カシワシ”って街なんだけど、知ってるか?」と尋ねられ、俺はぎょっとした。

まさしく、日本の地名の”柏市”なのである。

「い、いや。申し訳ない、知らない街ですよ」

「あーそうか、ここの周りだと、アスス、ペルス、イオシスっていう街もあるんだけど、そこは知ってるか?」

「いやー……知らないです」

「そうかー……相当遠い所から連れてこられたんだな。可哀想に。じゃあ、役所の難民保護窓口に行ってみな?あそこの建物が役所で、入って右から二番目の受付だから」

「ああ、そんなものがあるんですね」

「あんたがいいオトーチャンだってのはさっきの話でよく分かったんだけどよ、すまんがオレもこれから仕事があるもんで、これ以上面倒は見れないんだわ。ごめんな?」

マックは、太い眉毛を一生懸命悲しそうに曲げて謝ってきたが、俺は「ええ、そんな大丈夫です。とてもありがたかったです。短い間ですがとてもお世話になりました」と、何度もお辞儀をして馬車から降りた。

指を差された役所に向かって歩く途中、何度も振り返って手を振り、マックが再び馬車を走らせようとしたところで役所の扉を開けた。


役所の中は全体的にダークオーク?の暗い木目調で、歩くと床のギシギシ鳴る音が空間を占めるような、静かな施設だった。

難民窓口のおばちゃんは色白の日系人といった風貌で、制度の説明や書類の手続きをとても丁寧に説明してくれた。また、しきりに「あなたも大変だったでしょう、すぐ落ち着けるようにしてあげるから安心して」と優しく励ましてくれた。

その心遣いはとても嬉しかったのだが、渡された記入書類の項目で、いくつか気になるところがあった。

種族・職業・タイプ(?)・スキルなどファンタジーな属性を書く欄が目につくが、それ以外に『生年月日(西暦・和暦・その他)・性別・氏名・住所・連絡先(電話番号・郵便番号)を書けるところまで書いてください』とあった。

いかにも、日本でよく書かされる個人情報を書く欄が並んでいたのだ。電話あるのかよ。

これで、この世界には「先任の異世界転移者」がいることがほぼ確定していた。それも、恐らく街の制度や文化に口出しできるようなポストに出世している、既に何かしらの成功を収めたのだろう。

ならば、そいつに事情を訊けば話は早い。

「すいません……実は、俺”異世界転移”してきた者っぽいんですけど……」

我ながら、恥ずかしいセリフである。

すると、窓口のおばちゃんは目をぱちくりさせた後、わあと笑顔になって「あらーそうだったの! いやー珍しいわね~。転移者さんは若い人が多くて、元気いっぱいで活躍してるってイメージだったからね。どうりで見ない服だと思ったわ~」

言っていなかったが、俺が着ている服は薄緑色の柔らかい襟がついたヨレヨレのパジャマである。それに、二人の子どもがいるもうすぐアラフォーのいい大人で、典型的な異世界系主人公のように自信過剰でなければ、テンションも高くない。

しかし、おばちゃんの悪気はなくとも、本来勇敢でカッコいい存在であるはずの転移者が、難民窓口に泣きつきに来たというのは、なんともみじめというか、恥ずかしさを感じる。

「じゃあ色々とわからないこともあるでしょう。すぐに宿と世話役をつけてあげるからね」

自分から言っておいて、おばちゃんの優しさがとても痛く感じる。


書類を出してしばらくして、窓口のおばちゃんにしばらく寝泊まりする指定の宿への案内してもらった。持ち場を空けて大丈夫なのかと尋ねると「最近は平和で難民もいないから暇なの」と言われた。

案内された部屋は、なんと一家族が暮らせるような1LDKで、男一人が短期的に泊まるには少々過ぎた大きさだった。四人掛けのテーブルいつ使うんだよ。

この頃で日もすっかり暮れ、いい時間になった。

近くの料理屋から夕食の出前を取ってもらって、なんだかんだマックの旦那よりも長い時間をおばちゃんと過ごすことになった。

話を聞くと、彼女は歳の割に大きい息子がいるらしく、俺と同じくらいの歳の偉丈夫なそうな。別世界の住人で共有できる話題が少ないかと思いきや、どこの誰にでも家族はいるもので、その話題で一定の歳の連中とはすぐ仲良くなれた。普遍的ながら盲点だったなと思った。

ちなみに、夕飯はまったりとしたじゃがいものスープとすじ肉を甘辛く煮込んだ”どて煮”みたいなもの、それに小さいラグビーボールのようなパンが三つ。ちぎってスープに浸して口に運ぶ。量は多く、パン一つを残してしまったが、腹持ちが悪そうな食事だったので、夜食にでも取っておくことにした。

だらっと食事を終えると、適当なところでおばちゃんが洗い物を持ってお暇していった。

「明日には世話役が来てくれて、色々と面倒を見てもらえるよ。今後が決まるまでしばらくここで生活してもらうことになるだろうから、なんとか気を強く持って頑張ってね!」

相当仲良くなったので、出来ればこのままおばちゃんに面倒を見てもらうのが気兼ねしなくていいのだが、それは我儘というものだろう。


おばちゃんが魔力で発光する灯りを消して帰ってしまったため、暗い部屋に残されたら、あとは寝室のダブルベッドで寝るしかやることがない。なんでダブルなんだ。

あ、風呂と思っても、風呂場はない。外に井戸と桶があるのを見たが、湯を沸かせないし、外は長袖でも少し肌寒いぐらいだったので、残念ながらこのまま寝るしか無さそうだった。


すっかり外着になったパジャマを脱ぎ捨て、少し寒いがTシャツとパンツの肌着で布団に潜り込む。


目を閉じて、途中でやめてしまった推理の続きをしようかと思ったが、そんな難しいことを考えられるほど心身共に体力が残っていなかった


本日の総括的なことを言えば、今のところ劇的な展開も無ければ、カッコよく世界を渡るアプローチもしていない、俺は実に日本人らしい奥ゆかしさで物語を進めた一日だった。

仮に自分がお話の主人公だったにしろ、この世界がファンタジーでエンタメありきで考えられているにしろ、あまりに平坦でテンポの悪い話の進みに、苛立ちを通り越してもはや心配になってくる。


こんな世界、誰が考えたのかは知らないが、ラノベ作家的に言えば、この作品は紛れもなく”駄作”である。




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