第三話 ②
そんなこんな話していたら、コンコンとノックがされる。
「入って大丈夫ですか?」
「あ、はいどうぞ」
色々と話す前に俺たちに作戦タイムをくれてやった。
そんなところなのだろうか。
王子はかなり埃っぽい屋内に躊躇いなく入ってくる。
テーブルのそばにあった椅子が埃まみれなオマケにカビが生えているのを見て少し顔を顰め、「……長時間いるわけではございませんので、立ち話でもかまいませんか?」と言って来た。
俺もリンネも「ぜんぜんぜんぜん」と首を縦に振った。
「改めまして……俺はヒスイです。異世界から来た存在です」
「なるほど。して、聖女候補とはお知り合いで?」
「えっと、その」
「ちょっと待ってください!」
初っ端からぶっこまれて慌てるが、リンネが割り込んできた。
「あたしのこと、知っているんですか?」
「ああ、今回の公務のついでに来週から弊学に通うという12年ぶりの聖女候補を視察をしようと思いまして」
「あの、ということはもしかして三日前にいらした……」
「ええ。小剣を研いでもらった客です。ヒスイ殿と再会できて良かったですね」
ん? 客?
どういうことだ?
リンネは頬を手で押さえ、「あ、おあ……」と言っている。
完全にやらかした時の挙動だ。
そういえば昨日の夜、リンネは理髪店の客に片っ端から「ヒスイを知らないか」と訊いたと言っていた。
リンネの店を訪れたというこの王子にも訊いていたのだろう。
そして、そのせいで関係を聞かれた時は「昨日偶然拾ったので昨日が初対面」と説明しようと考えていたプランが砂の城のように崩される。
オマケに先に俺が異世界からやってきたと説明したせいで、必然とリンネも異世界と関わりがあることを隠せなくなってしまった。
「どうする? もう全部話す?」
「……まあ、原作でも王子は秘密守ってくれる人だし、いいんじゃないかな」
俺たちの小声の作戦会議に王子は微笑んでいる。
完全に下手を打ってしまった。
まあ、仕方あるまい。
「……そうです。あたし、ヒスイと一緒に異世界から来ました」
俺たちの魂が三日前からこの世界にあること。
流石にこの世界が乙女ゲームであることは(そのような概念を理解できるかどうかが分からないので)伏せたが、
少なくともリンネはこの世界で1年以内に起こる大雑把な出来事は知っていること。
しかし巨大な怪物が来襲して、王子が変身することはその予知の中に入っていなかったこと。
それらを伝えても、王子はうんうんと頷いてすんなりと受け入れてくれた。
「君たちが言っていることが真実かどうかは私自身の目で今後見極めていきます。そもそも変身の時点でおかしいのですし」
「はあ。話早くて助かるっす。……で、リンネが予知できていない"インフィナイト"のことなんすけど」
インフィナイト。
彼女らは自分たちの世界に侵略者が現れた時、「何かを守りたい」という強い思いで変身する戦士だ。
「強い思いを持てばいくらでも強くなれる、無限の戦士ってところっすね。……聞いたことないっすか?」
「残念ながら。少なくとも私の知る範囲の王家の伝承にそのようなものを見た記憶はございませんね」
実はドラ=グランジェニにてインフィナイトが伝説の戦士として伝わっていて、という可能性は低くなった。
王家に伝わっていない伝説とかもあるかもしれないが。
「ところで、リヴァイアサンとやらですが……何か、情報は?」
「悪いけど、アイツらは本当に俺と関係ないし、俺はアイツらのこと何も知らない」
「でしょうね。アナンダとやらの口ぶりからするに、どうやら貴方が動くことを知らなかったようですし……」
……あれ、あのアナンダって奴とその話してる時、王子様いたっけ。
「あの男、声がとても大きいので私の方まで響いていたんですよ」
俺の考えを見透かしたのか、何も言ってないのに勝手に補足をしてくれた。
流石王子様、人の考えていることとかわかるんだなあということでいいか。
「まあ、たとえここでヒスイ殿から敵の情報を聞いたとして、私自らの目で確かめねばならない。それが王族の勤めというものですから」
「ご立派っすね」
「問題は敵が人智を超えた力を利用していること。公にしてしまうと、当然民は混乱する。情報を開示できない以上、敵の素性を探るのは時間がかかるでしょう」
「まだインフィガーネットに関して誰かに伝えたりはしたんですか?」
「いえ、伝えていませんよ。君を見失って変身できなかった以上、証明するものが無かったので」
「あ、ならよかったっす」
それを聞いてホッとした。
インフィナイツシリーズのお約束の展開だ。
"周りの人には秘密だよ"。
スマホこそないが人の口から情報が伝わる世界だからマッハで噂は広がるだろうし、王子の言う通り混乱が生じるだろう。
あと王族の人間が無限の力を持っているというのは、強大な兵器を持っているという威圧につながりかねない。
外交のバランスが崩れるとまた新たな脅威が発生しそうだ。
「インフィナイトのことは絶対に黙っててください。誰かに伝えたほうが都合がいいのなら、絶対に口外しないと信頼できる人にだけ! お願いしますねっ」
シリーズでも稀に最初からインフィナイツについて知ってる一般人はいるが、全員メンバーを思い遣っていて口が硬い人だ。
王子という立場の都合上、そういう人がいるのかどうかは分からないが、釘を刺しておくに越したことはない。
なんせ、インフィナイツのお約束を知らないのだから。
「わかりました。口外しない約束をいたします」
王子は小指をこちらに向けてニコリと笑った。
ゆびきりげんまんってことか?
俺は小さな手でその小指を握った。
ゆびきりげんまんなんて小学生以来にやった気がする。
……"お約束"、か。
そう考えていて、ふと俺の中である仮説が生まれる。
もしかして俺は──
「……おっと、そろそろ時間切れのようです。一旦帰らねばならない」
王子は外を見てそう言った。
リンネも「あー、あたしもそろそろ明日の支度しなくちゃですね」と呟く。
どうやらこの世界の人は外の陽の高さで大まかな時間を知ることができるスキルを持っているようだ。
残念ながら俺にはない。
「そうだ、最後に一つだけいいですか? ダイアナ様ってなるべく早めに会うこと可能です?」
「ダイアナ殿に?」
「ええ。もしかしたらリヴァイアサンについて知ってるかもしれないんです」
えっ、リンネって山神が何者か知ってるの!?
王子もダイアナという名前を当然知っているらしく、腕を組んで「うむ」と呟いた。
「ダイアナ殿が噛んでいるとなると……ううむ、少し厄介だな。神殿に話を通すとなると年度明けになりそうですね」
「やっぱそうですよねえ」
リンネは渋い顔をしつつ諦めたようにうんうんと言っていた。
俺だけ置いてけぼりだ。
「街の入り口手前くらいまで送って行きます。お互い、他言無用で。……あと、本日はなるべく街の近くに泊まらせていただきます。何かが発生しましたら、すぐに駆けつけますので」
「ありがとうございます。何から何まで……お忙しい中なのに」
「いえ、私が巻き込んだようなものですから。可能な限りサポートはさせてください、リンネ嬢」
「えへへへへ……ありがとうございます」
おい、顔緩んでるぞ。
平民なのに王子様に優しくされるなんて、なんかまるでロマンスものの主人公みたいだ。
……って、今は本当にそうなのか。
本日のリンカーネーション☆インフィナイツ豆知識
ノア王子の好きな小説は「破天荒王君」。
城を抜け出した王が城下町の悪を成敗し、最後に自らが王であることをバラして敵を屈服させる内容。
王の乗る馬に思いを馳せているらしい。




