第三話 ①
***
とある暗い酒場にて。
カウンターにはグラスが並んでいて、青白い髪をオールバックにまとめ、メガネを着けていたその青年──ヴリイソンはグラスを磨いていた。
「カーッ! やられた!」
「お帰りなさい。アナンダ。あなたがコテンパンにされて帰ってくる確率は99.999%でしたよ」
「出た! データキャラ! つーか負けるのに何でオレに行かせた!」
「百聞は一見にしかず。あなたにもインフィガーネットを見てもらうためですよ」
一瞥すらしないヴリイソンに舌打ちをし、アナンダはカウンターにドカッと音を立てて座る。
グラスに入った飲み物をものの数秒で飲み干した。
「インフィナイツ、ねえ……」
「ええ。"アレ"ですね。自分も彼女らを知っているわけではありませんが……なぜ、"この世界で"我々を阻止しにくるのでしょう」
「さあな。……てゆーか! テメェの言ってたぬいぐるみが動くなんて聞いてねーぞ!」
「ぬいぐるみ? あの緑の?」
ヴリイソンはピクリと眉を動かす。
「妖精みてえな見た目なのによ、ぜーんぜん可愛くねえの。チョコマカと動き回るから潰し損なったぜ」
「……ほほう」
ヴリイソンは拭いていたグラスをカウンターに置く。
そして、ポールハンガーにかけていた黒いジャケットを手に取った。
「面白いですねぇ。ちょっと、その『妖精』についてデータを収集するとしましょう」
***
ノアール・グランジェニ。
通称ノア王子。
物語スタート時、王立学園3年生。
容姿端麗、文武両道、17歳にして民を強く思いやる心の持ち主で、次期国王として多くの民から期待されている人だ。
パッケージの中心を飾る『ゲームの顔』でもある。
ノア王子の馬にリンネと一緒に乗せてもらい、森の中にある小屋を目指す。
王子曰く、元々伐採場の小屋として利用されていたそうだ。
まあ、都合がいいなと思いつつ王子の後ろに乗るリンネの膝の上に乗って俺は景色を眺めていた。
馬に乗っている間、王子はインフィガーネットに変身した経緯を教えてくれた。
一週間前のことだった。
リンネの住む街にある目的で訪れていた王子は、森の中で緑色のぬいぐるみを拾う。
なぜこんなところにぬいぐるみが?
子供でも迷い込んでいるのだろうか?
そう思って辺りを見回した時、巨大な怪物と眼鏡をかけた男性に襲われた。
その時に手に取ったぬいぐるみと、祖母の形見である腕輪が光り出し、インフィガーネットの姿に変身したそうだ。
溢れる力を感じて本能的に理解したそうだ。
この怪物を討伐するために自分は変身したのだと。
インフィガーネットの力を使い怪物を浄化したが、拾った不思議なぬいぐるみはいつの間にかなくなっていた。
破壊された森も戻っていて、不気味さを覚えた。
もしかしたら幻覚だったのかもしれないと思い、そのまま街までやってきたそうだ。
「その時いた怪物を繰る男からこのような紙を貰ってね……」
王子は馬を繰りつつ、器用に懐から名刺サイズの紙を取り出してそれを後ろのリンネに渡した。
そこにはこう書かれていた。
『リヴァイアサン直属 ヴリイソン 連絡方法:嫉妬の心を持つこと』
……名刺サイズの紙どころか名刺そのものだった。
何コレ、ギャグ?
しかし王子の顔は真剣そのものだ。
「なぜわざわざこのような紙を寄越してきたのかは分かりませんが……とにかく、私が先週会った男も、先ほどのアナンダと名乗る男も、リヴァイアサンという者が指示しているのでしょう」
リンネがボソリと「この人冗談通じないんだよね」と呟く。
どちらかと言えば世界観的な問題の気もするが……。
小屋に到着した。
「ダイオライト……馬に水を与えなければならないから、先にお待ちください」と王子に言われたので、俺たちは小屋に入る。
中は全体的に埃をかぶって、蜘蛛の巣が張っているが、特に崩壊は起きていないようだ。
窓から青毛の馬の顔を撫で回す王子がチラリと見える。
馬は相当王子に懐いているようだった。
「やっぱ王子ってああだよねえ」
リンネはうんうんと頷いている。
「王子って原作ではどんな人なの?」
「物腰柔らかいし秘密は絶対守ってくれるし思慮深いんだけど……若干ズレてるというかノンデリっていうか」
「ああうん、確かに少し浮世離れしてそう」
馬と戯れている姿はメルヘンの一言に尽きる。
相談相手にはしたいが、友達になれる気はあまりしないタイプだ。
「とりあえず、リンネ。ここまでの情報をまとめてみよう」
俺たちは異世界に転移した結果、乙女ゲーム「リンカーネーション・マスカレード」の世界に来た。
リンネはそのゲームの主人公になった。
ここまではいいが、俺はリンマスには一切出ていない謎のぬいぐるみとなった。
「そして、ノア王子はヒスイの力を借りてインフィナイトに変身した」
ノア王子から聞いた状況──
あまりにもインフィナイツシリーズの流れを汲んでいるのだ。
学期の始まる前に変身する博愛精神の強いピンク色の一人目。
異世界から来た妖精。
キラキラとした変身アイテム。
敵を倒さず浄化。
「リンマスの世界に、インフィナイツの危機が迫っている……ってことかな」
「今のところ、そう考えるのが一番辻褄が合うと思う」
「ヒスイは本当にインフィナイツの妖精になっちゃったワケだ」
俺たちは仮説をいくつか立てた。
その1。
実は発表されていないだけでインフィナイツシリーズとコラボの予定があった。
しかしそれは俺もリンネも可能性が低いと感じた。
万が一コラボするなら現行の『レッツプレイ♪インフィナイツ』のキャラが来るはず。
完全新規の妖精やガッツリ新設定の戦士を作ると話がゴチャゴチャになる。
そもそもリンマスは15歳以上推奨のゲームだ。
インフィナイツとコラボするはずがない。
それが俺の意見。
公式女体化は流石に大炎上するし、というか前科があるし、リンマス開発もそこまでは馬鹿ではないはず。
それがリンネの意見。
コラボの線は限りなく低いだろう。
その2。
インフィナイツのオタクである俺が転移したせいでインフィナイツの文化が持ち込まれてしまった。
転生もので現代にあるものを持ち込む流れはよくある話だ。
が、これも可能性は低い。
王子が変身したのは1週間前。
俺の意識がぬいぐるみに乗り移る前のことだ。
つまり俺は関係ない。
結局なぜリンマスにインフィナイツが侵蝕されているのかはわからずじまいだ。
情報が足りなすぎる。
それに、知りたいことはたくさんある。
王子の腕輪、王子のインフィナイトの知識、この世界のこと。
何よりもまずは──
「ダイアナについて知りたいな」
「そうだね。彼女にさえ会えれば世界の状況を細かく知ることができるよね。よし、ノア王子に聞いてみよう!」
「ああ、俺たちから出す情報も考えとかなきゃな」




