第二話 ③
それは、あまりにもいきなりだった。
ドクンという強烈な鼓動が全身を揺るがしたかと思うと、高く掲げられた俺の胸のブローチから強烈な光が溢れ出る。
その光は謎の男性の体を包み込み──
キランッ、キランッ
そんな音を立てて男性の四肢が、体が、髪が変わっていく。
光が分散した時、そこに立っていた人物を見て俺は自分の口を開いていることに気がつくのに数秒ほどかかった。
「我が燃え盛る心は民への真実の愛! インフィガーネット、見参!」
腰まである長い薄桃と赤のツートンカラーのふわふわとしたボリュームのある髪。
炎のような赤い瞳。
ピンクを基調としたフリルとリボンを多用した膝上丈のドレス。
額には赤い宝石がついたサークレット。
胸元の大きな赤いリボンの真ん中についたブローチには、∞のマークが描かれている。
そんな服装の"少女"がそこには立っていたのだ。
あれ、さっきここにいた人って男性だったよな?
「えっ、男の人が……女の子になっちゃった!?」
同じことを思ったリンネは尻餅をつきながらその少女(?)を見上げる。
中学生くらいの女の子だ。
比喩でもなんでもなくキラキラとした光を放つ少女は、赤い瞳で燃やさんばかりに怪物と男を見つめていた。
その瞳は、あまりにも年不相応のものだった。
「テメェがヴリイソンの言っていたインフィナイトか!」
インフィナイト!?
この少女が、インフィナイト!?
「ヴリイソン……やはり、あの男の仲間でしたか」
「ああ、そうさ! オレはアナンダ! リヴァイアサン様が忠実なるしもべ! ……やれ! ズルバッカー!」
「ズルバッカーーッ!!!」
「ぬいぐるみ殿! 貴方はその少女と退避を!」
話が全く読めないうちに、本の怪物は少女──インフィガーネットに何かを大量に投げつけた。
あれは……紙!?
しかしインフィガーネットは地面を蹴って高く飛び、その紙弾を全て避ける。
インフィガーネットに当たらなかったその紙弾は全て地面で弾け、爆風を撒き散らす。
なんとか少し離れた箇所に移動したが、その爆風で飛んできた木の枝や葉っぱが俺たちの体を掠めた。
瞬く間に木の上まで飛んだインフィガーネットの姿は、太陽光の中に消える。
本の怪物もアナンダと名乗った男も俺たちと視力は大して変わらないのか、彼女の姿を見失ったらしい。
「クソッ! どこ行きやがったァ!」
「ズルバッカー!」
「……ハァァ!!!」
上空から声がしたと同時に、キラリと閃光が舞い降りる。
本の怪物のページ溝に上空から勢いをつけたキックをかます。
「ズルっ」
宙を舞って着地するや否や、少女は奴の足にパンチとキックを繰り出す。
あまりにもその動きは軽やかで、しかし命中するたびに音が響くほど重い一撃一撃を放つその姿は、格闘初心者の俺ですらありえないと思うほどだ。
「あんな動き、人間にはできない……」
格闘の心得があるリンネはその動きに見惚れているようで、この状況下でインフィガーネットに見惚れていた。
アナンダはやられる本の怪物を見て頭を抱える。
「ええい、何やっている! 反撃せんか! カウンター! パリィ!」
「ズルっ、ズルズルッ!」
「いや、その図体でカウンターは結構無理あるでしょ!」
リンネのツッコミの通り、本の怪物は完全に翻弄されて見切るどころではなかった。
本の怪物が漫画のように目をグルグルと回しながら片足を大きく上げてよろけた瞬間、インフィガーネットはバックステップをして少し距離を取った。
「トドメです!」
インフィガーネットの腕輪がピンク色に光り、形を変える。
巨大なランスだ。
「インフィナイト! ガーネットドラゴンジャベリン! ハアアァァーーーッッッ!!!!」
投げつけたランスはピンク色の光を纏い、まるで巨大な竜のような大きさっとなって怪物を貫く。
インフィガーネットが怪物に背を向けると同時に、
「プリプリズ〜〜〜ム」
怪物がシュワシュワと音を立てて光の塵となって消えていった……
***
アナンダは「クソッ、インフィガーネット! 覚えてろ!」と言って消えてしまった。
怪物が暴れたことで薙ぎ倒された木や荒らされた土はいつの間にか元に戻っていた。
インフィガーネットがゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
俺とリンネはあまりのことにいつの間にか抱き合っていて(ほぼリンネが抱きしめてきている状況だが……)、リンネの身震いがこちらに伝わってきた。
「ごめんなさい、驚かせてしまって。まずは、動けますか?」
インフィガーネットは優しく微笑んで手を伸ばす。
リンネはその手を恐る恐る取ってゆっくりと立ち上がる。
2,3秒インフィガーネットを見つめた後、「あっ!」と声を上げた。
「マルティナさん! 無事なの!?」
「怪物にされた方ですか。彼女の体は街にあります。なので、先ほどのジェラシーストーンの中にあった彼女の魂は戻っているかと」
「……無傷ってこと?」
「ええ」
先ほど立ち上がったばかりにも関わらず、リンネはヘナヘナとその場に膝から崩れた。
呆然としたり、泣きそうな顔になったり、安心しきったり、忙しい奴だ。
でもよかった。
俺もホッと胸をなでおろした。
「よかったあ……」
「お友達ですか?」
「うん。この街で"リンネ"を大切にしてくれた人」
「そうですか。解決してよかった。──ところで」
インフィガーネットは微笑みを消して俺の方に目を向ける。
見とれるほど美しい少女だ。
その目はやはり強く燃え盛っているようだった。
「やはり貴方はただのぬいぐるみでは無いようですね。そして、そちらのお嬢さんも何かご存知ということで」
インフィガーネットはいつの間にか槍から戻していたブレスレットを掲げる。
すると、彼女の体を光が包んで──
「えっ」
光が分散して現れたのは、プラチナブロンドの髪、桃色の瞳、通った鼻筋、広い肩幅……
そこにいたのは紛れもない、まるで絵本から出てきた王子様のような男性だった。
「申し遅れました。私の名は……」
「ノア第一王子!?」
リンネはその男性に指を差して叫んだ。
俺と男性に目を向けられ、リンネはパッとその差した指を口元に当てる。
「あ、えっと、失礼しました」
「おや、ご存知でしたか。私の名はノアール・グランジェニ。ドラ=グランジェニ王国第一王子。そして……」
彼はすっと手首を見せてくる。
そこには、ピンク色の石に∞の紋章が刻まれた金のブレスレットがあった。
「信じていただけるかどうかわかりませんが……先ほどのインフィガーネットでございます」




