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第四話 ⑥

 先ほどから「ヒスイ殿!?」「ノアが女の子に!?」ともがいていたアーロンの方に向き合う。

 アーロンを拘束するリボンを緩めようとした。

 しかし、人間の時と変わらない筋力を使えるとはいえ、インドア派の俺は下手をすればリンネより弱いくらいだ。

 しかもガーネットとの攻防の度にズルバッカーが激しく動き、振り落とされないようしがみついてなかなか作業が進まなかった。


「ヒスイ殿、これはどういうことだ!?」

 ぶんまわしが一旦落ち着き、アーロンとリボンの隙間に手を突っ込んで必死に引っ張っていると、アーロンがそう聞いてきた。

 インフィナイツでは大体こういう時救出対象は都合よく気絶してくれるものだが、あれだけ振り回されたにも関わらずアーロンはピンピンとしている。


「説明は後。今は脱出に集中してくれ!」

 これは状況的に実際そうだし、それと、アーロンにどこまで喋っていいのか分からないというのもあった。

 リンネの『インフィナイトになりそうな人予想』で挙がった名前とはいえ、迂闊に言っていいのか自信が持てない。

「ヒスイ殿ッ! それではっ! あそこで戦ってる! 桃色の髪の毛の人物はっ! ノアなのかっ!?」

 振り回されたりリボンの拘束を解こうとしながら、アーロンは尋ねてきた。

「そ、それは……」

 答えられず口籠もりながらも、俺は下を見た。

 そこではノア王子──ガーネットはリンネを守りながら一人で戦っている。

 槍で突進しても叩きつけても、そして槍をしまって正面からパンチを放ってもズルバッカーに全てを避けられてしまう。

 懐に入り込んでインファイトに持ち込もうとしているが、悉く避けられてしまっていた。

『ガーネット! もっと広範囲の技出せないのか!』

 ──無理です! アーロンを巻き込んでしまう!

 このズルバッカーは卑怯なことに、ちょこちょこアーロンを盾にするような振り回し方をしていた。

 

 それでもガーネットは膝をつくことなく真っ直ぐと立ち向かっていた。

「あの目……やはりノアということで、合っているんだな?」

 アーロンはそう静かに呟いた。

 そうだ、この人は王子の幼馴染だ。

 どれほど仲がいいかは分からないが、その声に込められた深い感情は、間違いなく上っ面だけの付き合いから出るものではなかった。


「ハッハッハ! インフィガーネット! 貴様の行動はインプット済みだ! ヴリイソンが!」

 他人の手立てだということを公言した上で高笑いをするアナンダ。

「それにヴリイソンの言った通りそこの女の周りでは非常に良質な『妬み』が集まるからなぁ! おかげで強いズルバッカーが作れやすくて助かるぜ!」

 わざわざ解説してくれながらアナンダはズルバッカーにスマートウォッチをかざす。

 一反木綿でいう胸元の辺りにある緑色の煙が充満した珠がぼんやりと光り出した。


 ──あの芋女……許せない。調子乗っているだけでなく、殿下にお声がけしてもらうだなんて!

 ──持ち物隠すだけじゃ甘かったわ!


 変身元になった人物の声だ。

 その中からはぼんやりととらわれている人物の姿が見えた。

 この発言、もしや……と思ったが、今はこの人物がなにをやらかしたか考えるべきではない。

『ガーネット! この学園の女生徒だ! リボンの色的に1年!』

 この学校は入学年度毎にリボンとネクタイの色が変わる。

 今年度の場合、1年は翠色だ。

 学園の生徒と伝わった瞬間、彼女は眉間に深い皺を刻み、赤い瞳を燃え上がらせた。

「アナンダ……! 学園の生徒を……何故無関係の人たちをいちいち巻き込むのですか!」

 アナンダはそんな風に怒りに燃えるガーネットをせせら笑い、見下して言い放った。

「そりゃなあ。ガーネット、お前、王族なんだってな?」

「それがっ! どうかしましたかっ!」

 ガーネットは槍で何度も突こうとするが、全てを避けられる。

「王族が怪物に殺されたらこの国の人間はどう思うか!? 国家の象徴が! 次世代への希望が! 怒り狂ってバケモンになった国民に!」

「……っ!」

 学校の歴史で習った。

 王族の暗殺が世界を巻き込んだ戦争に発展したことがあると。

 暗殺者グループと同じ民族の排除が発生し、軍事衝突が勃発。その結果世界中で大戦争が発生した。

 戦争が勃発しなくても、王族がこんな未知の生物に殺されたとなると国民に与える負の影響は計り知れないだろう。

「国家の転覆……!」

 ガーネットもそれに気がついたようだ。

 槍を構えて真っ直ぐにズルバッカーを睨んでいた。

「戦争でも起きてくれたら最高だな。そうすればいくらでもヘビーハートを採れるからなぁ!」

 アナンダがそう言うと同時にズルバッカーは猛スピードで旋回してガーネットに突進した。

「うわあああ!!」

 ガーネットは吹き飛ばされる。

 そしてその勢いでズルバッカーの尻尾にしがみついていた俺も振り落とされた。


「ガーネット! 大丈夫か!」

「ガーネット!」

 俺はすぐに浮かび、リンネと共にタイルに叩きつけられたガーネットの元に行く。

 ガーネットを中心にタイルが割れていて、その勢いの強さを物語っていた。

「くっ……不甲斐ない」

 リンネに手を取られながら立ち上がるガーネットの体は傷だらけだ。

 どうすればいいんだ。

 相手はガーネットの動きを完全に読んでいる。

「ガーネットでは勝ち目はないの……?」

「リンネ、そんなこと言うな!」

 インフィナイトにネガティブな感情を持たせるのは厳禁だ。

 彼女たちは強い意志で無限の力を引き出して戦うのだから。

 リンネは「あたしに戦う力があれば……」と声を震わせていた。

「そうだ! 貴様らにこのオレもズルバッカーも倒せん! 観念するんだ!」

 アナンダのドヤ顔に怒りを覚える。

 ガーネットは俯いて唇をかみしめていた。


 その時だった。

「うおおおおっ!」

 ブチブチブチッ! と、多重にちぎれる音が聞こえてきた直後、ズドン! と重いものが落下した音が聞こえてきた。

「ズルッ!?」

「なにぃっ!?」

 ズルバッカーとアナンダは声を上げる。

 土煙が上がる中、そこに立っていたあの圧倒的な体格は紛れもない。

 アーロンだ。

 体についたズルバッカーのリボンをはたき落としながらアーロンはのっしのっしとこちらに近寄ってきた。

「アーロン! 良くぞ無事で……!」

 二人は本当に仲がいいのだろうということは、ガーネットの少し緩んだ顔だけで察せられた。

 アーロンはふっと優しい笑みを浮かべ、「ノア、よく頑張ったな」とねぎらいの声をかけてからアナンダとズルバッカーの方を向いた。

 アナンダは「チッ、この筋肉ゴリラが……」と呟きアーロンを見据える。


「国家の転覆? 戦争? ……貴様、よくこの王国騎士団次期将軍の俺の前でそんなことを言えたな」

 奴らを睨むアーロンの顔はとても高校生のものとは思えない物だった。

 そこで気がつく。

 彼の胸に括り付けられた指輪がぼんやりと輝いている。

 ……王子の変身アイテムは祖母から貰った腕輪。

 これは、まさか……

「何かと思えば次期騎士団将軍って……今はただの見習いだろ? 引っ込んでな!」

「断るッ!!」

 拒否するアーロンの声は挑発するアナンダの声よりも大きかった。

 クソデカボイスのアナンダはスーパークソデカボイスのアーロンに圧倒されて「むぐぅ」と言わんばかりの顔で口をへの字に結ぶ。

「守るべき王太子が危険に晒されているのに見ているだけの人間は将軍どころか騎士の資格すら無い! 俺は17年間そう教わって育ってきた! それに……」

 アーロンはガーネットの方を見てニッと笑った。

「俺をかつて兄君と慕ってくれた幼馴染が戦っているのに、何の力にもならない奴がいるか?」


 アーロンの顔が強い光に照らされた。

 指輪だ。

 本能的に俺は理解した。


「アーロン! 指輪を空に掲げて叫べ! 『インフィニティプレシャス リ・バース』だ!」

 アーロンは首からぶら下げていたそれを外し、指輪を右手で天高く掲げた。

「おうっ! インフィニティプレシャス! リ・バァァス!!!」


 ドンッ!


 俺の胸元のブローチから反動を感じられるほどの強い光が発せられ、その光はアーロンの全身を包む。

 キラキラと音を立てながら変形する四肢にポン、ポンとオレンジ色の膨らんだフリルの袖が付く。

 膝上丈の黄色いスカートはかなりボリューミーでパニエで膨らませたような形。

 赤茶色から鮮やかなオレンジになった髪の毛は、孔雀の羽根のように広がっている。

 仕上げに頭と腰回りに羽根を模した飾りがつき、その姿を現した。


「みなぎる活力は勝利への翼! インフィカーネリアン、見参!」

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