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第四話 ④

 アーロン・マルティグラ。

マルティグラ家はドラ=グランジェニ王国騎士団団長で、アーロンはその第一子。

5代続けて騎士団長を務める家系の中でも彼は特にガタイが良い。

現実世界のリンネの父親よりもガッシリしている。

性格は見た目通り豪快で正義感がとても強く、騎士としての誇りを重んじる一方で少し不思議な面もある人物だそうだ。


 小さな木造の建物裏に捨てられていたバスケットを拾ったのはそのアーロンだった。

すぐにリンネが俺(の入ったバスケット)を回収しにきてくれた。

身体測定のためバスケットを置いて教室を離れていたところ、リンネをよく思っていないクラスメイトに勝手に捨てられてしまったらしい。

このイベントは原作通りで、放課後にジュノーと手分けしてバスケットを探して回るそうだ。


「ここね、王子と休学中のラファエル以外の攻略対象の誰かにランダムで拾われるんだけど、RTAのリセマラポイントなの」

「乙女ゲームなのにRTAとかあるんだ」


 今回はアーロンが拾った。

本来であれば、ここでアーロンとリンネは2,3言葉を交わした後に解散、という流れなのだが──


「ということはやはりヒスイ殿は精霊さんなのか!」

 俺はアーロンに無遠慮にペタペタと触られていた。

「あーもう! そんな触んな!」

20cm程度の体躯でこのゴツゴツとした太い指で触られるのは軽い恐怖だ。

「おっと、すまない」

 俺が拒むとアーロンはパッと手を離し、真顔に戻った。


 外で話すのは良くないということで、俺たちはその木造の建物内に招かれた。

ラックには模造された剣やら槍やらが置かれていて、窓側にはカカシのような人形が置かれていた。

ここは鍛えたい生徒向けの訓練所らしい。


 今日は訓練所に人は来ていなかったが、前日に忘れ物をしたアーロンはたまたまこの辺りにいた。

「いやあ、訓練時に着替えた時忘れてしまったらしくてだな!」

 その忘れ物は首からぶら下げている指輪だ。

どうやら指が太過ぎて装着できない次期騎士団団長の指輪らしい。

それって紛失したらシャレにならないものなんじゃ……。

俺もリンネもあははと苦笑を浮かべるしかできなかった。


 そしてアーロンは最初こそ動くぬいぐるみである俺に対してあの驚きようだったが、

「ははは、さすが聖女候補サマとだけあるな! そのような精霊さんを従えているとは!」

 と、リンネの持ち物だと知るや否や勝手に納得してくれた。


 これってリンネの主人公補正かインフィナイト補正なのかな。

そう思ったが、リンネ曰く、アーロンは妖精とかを簡単に信じてしまう意外とメルヘンなキャラらしい。


「しかし、入学早々災難だったな。まったく、そのような嫌がらせをするとは貴族として感心できん。犯人は分かるか!?」

「いえ、分かりません……」

 リンネはそう言うが、これは半分嘘で半分本当だ。

嫌がらせをする伯爵令嬢には使い回し(モブ令嬢)の立ち絵が使われているので顔は何となくわかるが、名前は設定されていないそうでわからない。


「どうせ平民であるリンネ嬢への嫌がらせだろう。学園内で家格を振り翳すのは厳禁のはずだ! 犯人が分かったら教えてくれ! 正義を叩き込む!」

「お、お気持ちだけでありがたいです!」

 リンネは引き攣った顔で首を横に振った。

この熊のような男に叱られているところを想像したが、いくら何でも加害者側が可哀想だ。

それに家格はどうのと言っておきながら、騎士団長の息子がそういうことをするのはどうなのだろうか。

アーロンはとにかく正義感が強いが突っ走るタイプのようだ。


「どこかの誰かさんそっくりだな」

 思わず小声で漏らしたら、

「聞こえてるよ」

 と、リンネがドスの効いた低い声で威圧してきた。


「うーむ、ノアのやつに相談しとくか」

 ん? ノア?

「アーロン、ノアって王子のこと?」

 先ほど「アーロン先輩」と言ったところ、「俺のイメージする精霊さんと違うから、敬語を使わないでくれ。それで呼び捨てにしてほしい」とアーロンから言われた。

俺も高校一年生なんだけどな、とは言えないのでアーロンの解釈通りの喋り方をしてやってる。


「ああ。ノアとは幼馴染でな! 今じゃスマしているが、昔は野良猫追いかけて登った木から降りれなくなったりしていた奴だったんだぞ!」

 へえ、意外。あの王子が。

そんな風に心の中で思っていたら、リンネは顎に手をやって

「……あれ、そんな話あったっけ?」

 と、俺にしか聞こえないほどの小さな声で言った。


 そして俺の中でもう一つ引っかかることがあった。

「王子に相談って、王子って校内の風紀とか関われないんじゃなかった?」

 馬車の中で聞いたが、王族は委員会に就くことを禁止されているらしい。

公務に駆り出されることもあり、委員会に顔を出せないことが多いのと、家格不問のルールが意味をなさなくなるためだ。


「生徒会長とかに直接言ったほうが……」

「いや、俺から直接ミシェル嬢に言うのは……ちょっと……。彼女最近かなりピリついてるし……」

 アーロンは冷や汗を流しながらどんどんと小声になっていく。

どうやらミシェルのことが苦手なのだろう。

まあ例えるのならば氷と炎だ。

よほどでなければ分かり合えないだろう。


「ミシェル様が最近ピリついてるって、何かあったんですか?」

「あ、いや、何でもないんだ。そんな気がするだけ。忘れてくれ」

 リンネの問いにアーロンは慌てて手を横に振った。

怪しい。

何か隠しているのか?


「そ、それよりもだ。リンネ嬢は平民の出なのだよな?」

 あまりにもわかりやすい話題逸らしだが、詮索を入れては話が進まなそうなのはリンネも思ったようだ。

「ええ。それがいかがしましたか?」

「料理はやったことあるか?」

「もちろん。パパとマ……げふん。両親が忙しい際はあたしが作ってましたよ」

「おお、それは素晴らしい!」

 アーロンは目を輝かせながらリンネの手を取っていた。


「頼む! 俺に君のレシピを教えてくれ!」


***


 放課後、伯爵令嬢シディアンは爪を噛みながら校舎裏庭園を歩いていた。


「平民のくせに、この私の同級生だなんて……」

 平民の出である聖女候補が同級生となることは入学前から聞いていた。

貴族とは、たとえ15歳であろうとそれ相応の教育を受けてくるものだ。

下町で楽しそうに駆け回る同年代の平民の子のような自由は得られない。


 平民であっても貴族の教育を受ける相応の人物かと思っていた。

しかし、実際に目にした彼女は淑女としての教養が何一つ無い小娘としか言えない少女だった。


 シディアンが心に黒い靄を覚えていると、庭園の奥の方にある小さな小屋──確か、今は使わなくなった調理実習舎だ。

そこの前に、4人の人物が見えた。

うち1人の明らかに学生でない男性は知らない。

問題はそれ以外の3人だった。


 憎きリンネ・クロム。

 そして、アーロン将軍子息と……

「王太子殿下!?」

 紛れもない。

 ノアール・グランジェニ第一王子だ。


 信じられない、あの平民、王子と将軍子息に!?

ありえない。

家格不問の校則があるとはいえ、伯爵の子ですらおいそれと話すことが叶わない相手なのに。


 眉間に皺を寄せるシディアンは、自身の背後にいる侵入者の存在に気が付かなかった。


「どうやらあの女の周りには質のいい嫉みが集まるようだなぁ……」

 揺れる瞳でリンネ達を見るシディアンを見て、アナンダは人知れずニヤリと歯を見せた。


「目覚めろヘビーハート! 落ちてしまえ心の果実! さあ、いでよ! ズルバッカー!」


***


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