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第三話 ⑤

「駆けつけるのが遅くなってすまない」

「いやいや……」

 リンネの部屋にて王子に開口一番に頭を下げられ、ついつい恐縮してしまう。


「どうやって来たんすか?」

「わからない。気がついたらここにいたのですよ。こちらがお尋ねしたいくらいです」


 王子は本来の宿泊先を変更してこの一帯の領主である伯爵邸の客間にいた。

その時、腕輪が光り脳内にリンネがバケモノに突っ込んでいく絵が見えたそうだ。


「視界の位置が低かった。もしかしたら、君の見たものが私に届けられていたのかもしれません」

 王子は伯爵邸を抜け出してこちらに向かう準備をしようとしたが、王族の宿泊のために厳重化していた警備が逆目に出たらしい。

脱出できなかったそうだ。


「どうしようかと思っていたら、助けてくれ、という君の声が聞こえ、気がついたらここにいました」

「つまり……王子を呼び出したのは俺ってこと?」

「そういうことかと」

 なんかとんでもないことをしでかしてしまった気がする。

一国の王子をワープさせてしまうだなんて……


 それよりもだ。


「来たはいいけど、どうやって戻ろう……」


 昼間、余裕の態度だった王子も流石に眉をほんの少し寄せていた。

脱出が困難だったほどの警備なのに、外から侵入するのはさらに困難だろう。

俺には突破する方法が浮かばない。


「脱出成功した体にして、正面から戻るか……」

「でもここから伯爵邸って馬で走っていく距離っすよね。歩けなくはないでしょうけど」

「ええ、その通りです」

 陽も落ちて暗い中歩くのはいくらなんでも無用心を通り越して無謀だ。

ため息を吐くと、リンネが部屋に戻って来た。

明日遠くの学園に行くとは思えないほど疲れ切った顔をしている。


「どうだった?」

「とりあえず帰ってもらえたよお」

「ご対応、ご苦労おかけします」


 とりあえず、リンネに王子の状況を話す。

リンネは疲れのせいか少し上の空だったが、

「なにはともあれ、ノア殿下にお礼言わなくちゃ。ありがとうございました」

 と、頭を下げた。

 俺もそれに続いて頭を下げる。

「王子、助けてくれて本当にありがとうございます」

「構わ──」


 シュン、と音を立てて王子の姿が光となって消える。


 え、どういうこと?

王子が消えた?


 リンネと俺はぎこちない動きで首を動かし、顔を見合わせる。

陽がほとんど沈んでいるからか、リンネの顔は妙に青白く見えた。

部屋の外から「明日早いのだからもう寝なさーい」という夫人の声が聞こえて来た。


「……。今日はもう、疲れちゃった」

「……俺も、流石に疲れたかもしれない」


 その後特に会話もなく、リンネは明日の準備をしてから寝る支度をする。

ほとんど俺が荷造りしていたため、リンネはあまり荷物を入れずに済んだ。

リンネがベッドに横になったのを見て、俺は布が敷き詰められたバスケットの中に入る。


「ね、ヒスイ。今日は助けてくれてありがとうね。……そういや昔もヒスイがモノ投げて助けてくれたことあったよね」


 そう、あの時思い出したこと。

 配られた風船で遊んでいたら、リンネが持っていた指輪が風船と一緒に飛んでいってしまったのだ。

一緒にいた俺は近くの石を投げて風船を落とし、リンネの指輪を取り戻したのだった。

 もちろん人気のない公園とはいえ石を投げたことは怒られたが、リンネが大切にしていた指輪を取り戻したことは褒められた。

 その時にリンネのご両親から言われたんだっけか。


──ヒスイくん、いつもリンネがごめんね

──でも、ありがとう


「ま、俺でも役に立てて良かったよ。……おやすみ、リンネ」

 そんなふうに過去のことを思い出していたら、こちらに来てから今まで一切感じなかった眠気が襲って来た。

ふあぁ、と大あくびをしてしまった。

1日に2回もありえないことが起きたのだ。

当然だろう。


「おやすみ、ヒスイ」


 俺は目を瞑り、そのまま睡魔に身を委ねた──


***


 灰色の抑揚のない天井、味気ない真円のLEDライト。

左手の窓からほんのりと光が漏れている。

パッと俺は目を開いた。

俺の部屋だ。

咄嗟に上体を起こし、手を確認する。

ちゃんと指が5本ある……人間の手だ!


 まさか、戻って来れた!?

というか、すごい夢だったってことか……?


「おはよー、起きるの遅いわよ」

「え、ぎゃあ!?」


 横から声をかけられ、咄嗟にメガネを着けてそちらを見る。

そこにいたのはリンネ。

俺のクッションに腰をかけ、ちゃぶ台に肘を立てていた。

彼女は王立学園の制服を着ている。

何故リンマスのリンネがここに?

どういうことだ?

こう言う夢?


「そ、こういう夢だよ。……ね、ミノオちゃん」

「!?」


 リンネの向かい側で俺の座椅子に座っているのはセミロングの黒い髪を持った幼馴染の少女、箕面 凛音だった。

リンネは俺たちの学校、八岩高校のセーラー服を着用している。


 全く状況が理解できない。


「これはわたしが聖女様の力を借りて見せてる夢。あなた達は元の世界に戻ったわけじゃないわ。ヒスイ君の記憶を借りて、あなたの部屋を創造させてもらったの」

「いやあすごいね、クロム。部屋作り放題じゃん」

「ミノオちゃんの部屋もなかなか面白かったわよ。ヒスイ君はずいぶん部屋に色々飾って……」

 2人のリンネは楽しそうに話し、棚に飾った俺のインフィナイツのフィギュアをチラッと見る。

俺はついついその棚を隠すように立ってしまった。


「ヒスイ君、インフィナイツのこと大好きなのね」

「えー、まあ、ハイ……」

 乙女ゲームのリンネはくすくす笑っている。

いやだから、どう言うことだよ。


「わたしはリンネ・クロム。クロムって呼んで。今はそこのミノオちゃんに体を貸しているの」

「つまり、原作リンネってこと?」

「そういうことになるかしら。……時間がないから手短に説明するね。しっかり聞いて」


 クロムはある日夢の中に聖女が出て来た。

世界を救うために、体を異世界の勇者に貸してあげてほしいと言われ、それなりの問答があった末に貸したそうだ。


「よく貸したね」

「余計な質問は無し。次説明するわ」


 クロムはリンネが眠っている間、こうして短時間だけ夢の世界で会える。

なのでリンネはクロムとはすでに話していた。

そしてその夢の世界に俺を巻き込むことも可能だそうだ。


 クロムの記憶はリンネに共有されているため、リンネは「リンネ・クロム」としてのこの世界での立ち振る舞いを理解している。

だから街にも問題なく馴染めていたそうだ。


「今日はこんなところかしら」

「えっ、まだ5分も経って……」

「だから言ったでしょ、時間がないって」


 クロムはそう言ってから立ち上がり、窓の方を見た。

そういえば、夢って5分〜20分程度の長さだというのを聞いたことがある。

その中に割り込んでいるのだろうか。


「あと伝えたいのは……そうね。聖女様イコールダイアナ様ね。彼女に関してはそのうちわかるから今は考えなくて良いわよ」

 俺の予想も、一番知りたいこともわかってる、と言わんばかりの牽制だ。

そう言われると「あ、そうっすか」としか返事ができない。


「それと、ミノオちゃん」

「うん?」

 クロムはリンネに優しく微笑みかけた。


「わたしのパパとママ、街のみんなを守ってくれて、ありがとう」


第三話はここでおしまいです。

第四話の①は明日更新となります。

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