第三話 ④
……いつまで経っても衝撃が来ない。
おかしい。
目を開くと、俺の前になんと──
「王子!?」
「……!?」
王子自身も驚いた顔をしていたが、腕輪を嵌めた手でバケモノの刃をしっかり受け止めている。
その腕輪は淡い光を発している。
王子は昼に見たマントを羽織ってブーツを着用していたが、その下はかなり緩めの服……おそらく寝巻きに見えた。
「おや、やって来ましたか……インフィガーネット!」
「……あの男っ! ヒスイ殿、行きますよ!」
「おうよ!」
「インフィニティプレシャス! リ・バース!」
王子の全身が光に包まれ、そこから少女が現れた。
「我が燃え盛る心は民への真実の愛! インフィガーネット、見参!」
瓦礫だらけの家でガーネットとバケモノ、ヴリイソンが対峙する。
「ヒスイ殿。リンネ嬢と下がっててください」
「お会いしたかったところですよ、インフィガーネット……」
ヴリイソンは舌舐めずりをする。
まるで毒蛇のような男だ。
呆然として動けないリンネの元に行き、俺は逃げるように促す。
「であれば最初から私を襲撃すれば良かったじゃないですか。なぜ、民を襲うのですか!」
「教えるつもりはございませんね、さあズルバッカー!」
「ズル……ショオーチィー!」
バケモノはコンパスの要領で刃先を振り回し始めた。
巻き込まれた柱が折れる。
ヤバい、このままだと巻き込まれる!
リンネを揺さぶろうとしたが、彼女が立ち上がるのが先だった。
「ガーネット! ヴリイソン! ちょっとタンマ!」
「タン……?」
「はあ? 何故貴女の言うことを聞かねば……」
「タ、ン、マ!!!!!!」
あまりのリンネの気迫にヴリイソンとバケモノも、「タンマ」の意味を理解できなかったガーネットも動きを止めた。
リンネは立ち上がって両手を広げている。
「森に行って。これ以上やったら街に被害が出ちゃう」
「……っ」
ガーネットはハッと気がついたように周りを見回す。
しかし、ヴリイソンはつまらなそうな顔をしてメガネをクイと持ち上げていた。
「なんだ、そのようなことですか。……関係ございませんよ。モブなんて、気にする方が損害ではございませんか」
「モブなんかじゃないっ!」
リンネは両手の拳を強く握り、ヴリイソンに向かって吼えた。
「パパも、ママも! この街の人たちも! みんな"リンネ"を大切に育ててくれた! 時に妬まれるほど輝かしい道を歩ませてくれた! そんな人たちが暮らすこの街を、メチャクチャにされたくない!」
リンネの目には強い意志がこもっていた。
そんなリンネを、ガーネットは何かを期待するような眼差しで見ていた。
「だから、ここで戦わないでーーーっっっ!!!!」
天に向かってリンネが咆哮すると、彼女を中心に周囲の景色がたちまち変わっていく。
俺たちはいつの間にか知らない場所にいた。
ピンク色の空、空中にはキラキラと輝く粒。
床は水色とピンクの人工的なタイルが敷き詰められている。
周りに障害物は無い。
なんだここ、まさか……
「インフィ空間……!」
そもそもインフィナイツの存在そのものがバレることがまずい世界観の場合、存在を隠匿するために作られる異空間。
作品によって呼称やその空間を生み出すキャラは違うが、ファンの間ではまとめて『インフィ空間』と呼ばれている。
リンネがその空間を生み出したと言うのか。
生み出した張本人であるリンネも戸惑い、「えっ、えっ!?」と周りを見回していた。
ヴリイソンも「魔法もないのに、何故!? 空間転移!? こんなデータ、存在しない!」と頭を抱えている。
戦闘中に「データ」なんてマジで言う奴いるんだ。
とにかく、ここが何か理解しているのは俺だけだ!
「……ガーネット! ここなら存分に暴れられる! 先手を打てっ!」
「ええ、勿論!」
ガーネットは瞬く間にバケモノの足元に接近し、ハサミの峰の部分に蹴りを入れる。
「ズルーッ!」
バケモノはよろけたかと思ったが、蹴られた方の足を軸に置き換える。
そこから回し蹴りのように刃が飛んでくるのが見えた。
「よし、傾い……うわ! 避けろ!」
ガーネットに叫ぶと、彼女はすぐにバックステップを取って飛んできた回し蹴りを避けた。
「よっしゃ! すごいぞガーネット!」
「ヒスイ殿のお陰です!」
「ガーネット、相手はハサミ! 持ち手部分にぶら下がって倒して!」
そこにリンネも加勢するように叫ぶ。
「なるほど……感謝します、リンネ嬢!」
ガーネットはそう言うと高く飛び、ハサミの持ち手にぶら下がった。
「ズル……!?」
「はあぁぁーーーーっっっ!!!」
ガーネットの体からロケットエンジンのような光が噴き出る。
そのままぶら下がった方向とは反対側にハサミは傾く。
「何をしているのですかズルバッカー! 減給しますよ!」
「ズル〜〜〜〜〜!!!」
必死にバケモノの抵抗に、なかなか体を倒すことができない。
「ぐう……!」とガーネットは苦しそうな顔を浮かべていた。
そういう時、非戦闘員の俺たちができることは一つ。
インフィナイツファンの俺と、かつて女児だったリンネはお互い確認するまでもなく手を振り上げ、叫んだ。
「インフィガーネット、頑張れ!」
ガーネットは声援にこたえるようにこちらに目をやり、力強く、ゆっくりとうなずく。
一瞬で笑顔を取り戻したガーネットは、さらに噴出する光と勢いが増す。
バケモノの抵抗もヴリイソンの叱咤もむなしく、バケモノはガーネットに押し倒され、轟音と土煙を上げた。
「ガーネット! 今がチャンスだ!」
「はい!」
ガーネットは腕輪を変化させて巨大なランスを手に持った。
「インフィナイト! ガーネットドラゴンジャベリン!」
ガーネットは光に包まれたランスを下方に叩きつける。
あ、それ投げなくていいんだと思っているとハサミのバケモノはピンク色の光に包まれてキラキラと音を立てて粒子になった。
「プリプリズ〜〜〜ム!!!」
怪物の叫びがこだますると同時に、俺たちの視界は光に包まれ──
***
眩しくて閉じていた目を開ける。
そこはリンネの家のダイニングで、テーブルにはある程度食べられた食事があり、壁と天井にぶち開けられた穴は塞がっていた。
リンネのご両親は机に突っ伏している。
先ほど血を流していた夫人に怪我は見当たらず、リンネのお父さんの顔色の血色は普通となっていた。
バケモノもヴリイソンもいなくなっている。
リンネと俺は顔を見合わせていた。
王子は元の姿に戻り、そんなリンネのご両親の首に手を当てていた。
「お二人に脈はございます」
その王子の言葉にホッと一息ついたのも束の間
ドンドンドンドン!
玄関の方からだ。
この世界はインターフォンやベルがないからドアノッカーを使っているようだ。
「多分さっきの騒ぎ聞きつけた近所の人たちだ! えっと……事後処理はお任せください! ヒスイ、殿下と一緒にあたしの部屋に隠れてて」
「リンネ嬢一人で問題ありませんか?」
「王子が一緒に説明する方が混乱しますよ。俺、案内します」
「ヒスイのいう通りです。ほら、早く隠れてください」
「分かりました。……ヒスイ殿、案内をお願いします」
俺は王子を連れてリンネの部屋に向かった。
「スコットさん大丈夫か!?」
「あ、リンネちゃん……」
「エマさんに何かあったの!?」
外から何人も家に押しかけてきたらしく、ガヤガヤとしている。
「いやー、デッカいたぬ……アライグマが家に入ってきまして……」
そんなリンネのヘタクソな言い訳を後ろに、俺と王子は先ほどの騒動を誰にも見られていないことを祈りながらリンネの部屋に逃げ込んだ。
本日のリンカーネーション☆インフィナイツ豆知識
リンネは小2までインフィナイツを見ていた。
小2の時の『キューピッド♡インフィナイツ』はお節介すぎて周りを見ない主人公のせいでシリーズでも前半の評価が低く、途中でキツくなって視聴をやめた。




