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第三話 ③

 街の前で降ろしてもらい、王子とはそこでお別れになった。

しかし公務で近くに滞在しているのはいいとして、第一王子なのによくまあ護衛なしで自由に動けるなあと思ってしまう。

別れ際に王子は軟膏入りの小瓶を渡してくれた。

顔の傷に効くらしい。

王族の使ってるものなのだからさぞかし高い素材が使われているのだろう。

本当に至れり尽くせりだ。


 街に戻ったのはあと2時間ほどで陽が落ちるという頃合いだった。

俺たちはまずマルティナさん──先ほどバケモノにされたお姉さんの家まで行く。

マルティナさんは彼女の母親と楽しそうにおしゃべりしていた。

無事戻っている彼女を見てお互い一息ついて、そのままリンネの家に向かった。


「リンネ、お帰り!」

「ただいまパパ! どこいるの?」

「ダイニングだよ! リンネもおいで!」


 いそいそとダイニングまで行くと、まだ少し早い時間だというのに食卓には色とりどりの食事が並んでいた。

中には大きい肉もある。

この世界だと相当奮発しないと食べられないような食事だというのが一目見ただけでわかった。


「って、どうしたんだいその格好!?」


 ボロボロになった服と細かい傷をつけた顔を見て、リンネのお父さんは目を剥く。

リンネはバツが悪そうに笑い、「丘の方に行こうとしたら途中で派手に転んじゃった」と答えた。

まあ、嘘ではないわな。


「全くこの子は……来週から貴族学校入学というのに」

「えへへ、それよりもこのご飯は!?」

「リンネが明日から王立学園に行っちゃうからね、パパが奮発して買ってくれたの」

リンネのお母さんはニコニコしながら「ね? パパ!」とお父さんに微笑む。

 お父さんは照れくさそうに「おうよ!」と笑っていた。

リンネは「ありがとう!」と言って二人に抱きつく。

リンネなりに元のリンネをエミュしているのだろうけど、ほとんど素だろう。

リンネのご両親はこちらの世界でも温かい人達のようだ。

こんな様子を見てると、少しだけ両親が恋しくなってしまった。


***


 リンネと夫妻が食卓を囲っている間、俺はリンネの部屋で学園に持ち込む小物をまとめさせられていた。

そこで気がついたが、俺の筋力は人間の時から据え置きのようだ。

試しに椅子を持ち上げたが、難なく持ち上がった。

大した筋力ではないが、安心要素ではあるだろう。


 王子と話していてふと気がついたことがある。

俺はインフィナイツシリーズに詳しい。

全作品網羅し、稼いだバイト代もインフィナイツに費やす程度にはインフィナイツの大ファン(オタク)だ。

なので、シリーズ恒例のお約束や傾向はかなり理解している。

リンネはリンマス、俺はインフィナイツ。

それぞれの展開を予想できる。

それ故に山神から"適正"を見出されたのではないだろうか。


 だとしたら、俺は次の出来事を予測できる。

大体流れ的には次は新たな仲間が加入するが……それよりも重要なのは、次に敵がどこに現れるかだろう。

危機に立ち向かう側として知りたいのはそれだ。

お約束に則るなら、インフィナイツの敵は何故かインフィナイツがいる場所にしか現れない。

(インフィナイツがいない場所に襲撃をかければいいのに……という作品も結構存在する。)

だから、可能性が高いのは……


 学園。


 ……最悪の環境だ。

長期の休み期間でない限り敷地内に必ず人がいる学園で戦えば、目撃者が間違いなく出てくる。

どうやって秘密を隠し通すか。

あらかじめ学園内の生徒だけに伝達して、秘密を守って……いや、俺たち高校生ってすぐ秘密喋っちゃうから無理だよそんなの。

先生方に説明してうまく隠蔽……も、現実的ではない。

どうすりゃいいんだこんなの。


 ドクン──


 まだ見ぬ困難に頭を抱えていると、全身を冷たい鼓動が流れる。

この感覚……そうだ、あの時の!

敵が現れた時の感覚だ!

まさかと思い、窓から街を見渡す。

陽がほとんど沈み、空は紫色に染まっていて、街はシンと静まり返っている。

気のせいか?


 ドスン!


 今度は体の中ではない。

外からの揺れだ。

このすぐ近くだ!

そう認識すると同時に、


「キャアアーーー!!」


 と、耳を裂く悲鳴が聞こえてきた。

この声は、クロム夫人!

何があった!?

俺はすぐにダイニングに飛んで行った。


「リンネ、何が起き──」

「パパ、ママ!」

 こめかみから血を流して倒れた夫人をリンネが必死に揺すっている。

少し離れた場所でリンネの父親が倒れている。

こちらは目立った外傷は見られないが、血の気がない。


 テーブルに載っていた豪華な食事は全て叩き落とされ、そしてそのテーブルは斬られたように真っ二つになっていた。

その上に崩落した壁や天井と思しき瓦礫が煙を立てて落ちている。

そしてすぐ目の前には──


「ズールバッカー! シャキーン!」


 刃先を脚にして器用に二足歩行するハサミのバケモノがいた。

顔つきは昼間に見た本のバケモノと全く一緒。

刃を留めるネジの部分に、中で緑色の煙が渦巻く珠が留まっていた。

その横には細身の男が浮いている。


「おや、やはりここにいましたか。妖精様」

 青白い髪をオールバックにまとめ、トゲの付いた黒いスーツを纏った男は張り付いたような薄ら笑いを浮かべていた。


「初めまして。アナンダが世話になりましたね。私はリヴァイアサンが部下、ヴリイソンと申します。以後お見知り置き、を!」

 男はそう言って何かを飛ばした。

「ひっ」と悲鳴をあげた時にはすでにすぐ横にそれが突き刺さっていた。

恐る恐る見ると、それは名刺サイズの紙で──


『リヴァイアサン直属 ヴリイソン』

 王子が昼間に見せてくれた名刺と全く一緒だ。

つまり、この男は……


「アンタがおう……ガーネットの言ってたヴリイソンか! 何をしやがった!」

「名刺交換ですよ。社会人たるもの当たり前でしょう?」

「知らねえ! そうじゃねーよ! リンネのご両親に何しやがった!」

「おやおや、仕方ないですね。聞かせてあげましょう」

 わざとらしく眉をハの字にしたヴリイソンが指をさすと、バケモノの緑色の弾がぼんやりと光る。


──全く、何故うちだけ娘がいなくなるんだ……


 また脳裏に響く声。

弾の中を凝視するとぼんやりと見えたのは、バケモノの足元で伸びているはずのリンネの父親だった。

昼のマルティナさんみたいに、今度はリンネの父親がバケモノにされたのか!


「パパ!」

 リンネは泣きそうな声で叫ぶ。


──アイザックもエドウィンも家業を娘が手伝っててあんなに笑顔だというのに……


「よくも、パパとママを!」

「あ、おい、ちょ、リンネ!」


 聞こえてくる声を最後まで聞かず、リンネは手に箒を持っていた。

「実に質のいい妬みでしたよ。我が子を家に縛りつけたい……全く、田舎の貧乏くさい感情です」

「違う! "リンネ"のパパはそんなじゃない! 家族と別れるのが辛いだけ!」

 ダメだ、この状況下のリンネに挑発耐性なんてものはない。

今にも突撃しかねないリンネを俺は必死に制止した。

アイツ(ガーネット)を待て!」

「待てない!」

 ……全く意味なかった。

俺の次の言葉を言わせることすらせず、リンネはハサミのバケモノに向かって突っ込んでいく。

「うおおおおおおお!!!!!!」

「はあ、聞いた通りうるさい小鼠ですね。ズルバッカー、やっておしまい」

「リョーカイ!」

「了解は失礼! 上司への返事は『承知しました』!」

「ショ……ショーチシマシタア!」


 バケモノはリンネに足先を向けた。

お、おい、嘘だろ!?

アイツ、生身の人間を斬るつもりかよ!

あんなもので斬られたら……


 涙を流しながらバケモノに向かって走るリンネ。

そのリンネに狙いを定めるバケモノ。

小柄であまりにも無力な俺はバケモノどころかリンネすら止められない。

妖精はあまりにも無力。

常に守られる存在……


──ヒスイくん、いつもリンネがごめんね

──でも、ありがとう


 脳裏に響いたのは、現実世界のリンネのご両親のそんな声だった。

あの時って、どういう状況だったっけ。

辺りを見回す。

瓦礫と皿の破片が落ちている。

……そうだ、思い出した。


 今の俺に、できることは、ある!


「さあ、やってしま……べふうっ!?」

「ズルッ!?」

 ヴリイソンの顔から一閃の血が噴いた。

するとバケモノの集中が途切れたのか、刃先を構えるのをやめた。

リンネも異変に足を止めた。

やっぱりそうだ、アイツが司令塔だ!

この敵は司令塔がいなくなれば何もできなくなるタイプだ!


「くっ……まさか、貴様か!」

 ヴリイソンはすぐに自身の頬を傷つけたものが飛んできた方向に気がつく。

割れた皿の破片を持った俺は蛇睨みされて思わず立ちすくんだ。


「小賢しい……ズルバッカー! あの妖精からです!」


 ハサミのバケモノが今度はこちらに狙いを定める。

奴の大きさなら2歩歩けば俺の元に到達する。

ヤバい、今度こそ絶体絶命!


「ヒスイ!」

 リンネの叫びが聞こえてくる。


──まだ死ねない!

──誰か、助けてくれ!


 目をぎゅっと閉じ、昼間に颯爽と現れて俺たちを助けてくれたインフィガーネットの姿を思い浮かべた。


本日のリンカーネーション☆インフィナイツ豆知識

リヴァイアサンの部下たちの利用しているバーには複合機がある。

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