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スラムの転生孤児は謙虚堅実に成り上がる〜チートなしの努力だけで掴んだ、人生逆転劇〜  作者: 鳥助
第三章 王女の側近

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99.王都下級院始業式

 王都下級院。それは、アルディア王国の心臓部である王都に設けられた、若き才能を育むための学び舎だ。


 入学を許されるのは、十二歳から十五歳までの少年少女。人生の岐路に立ち、子供から大人へと歩み始める、そのわずかな期間だけが与えられる特別な場所だ。王都の中心区画にそびえる学院舎は、白い石壁と尖塔を備え、遠くからでも一目でそれと分かる威厳を放っている。


 通う者の多くは貴族の子女や子息である。彼らにとって下級院は、教養を身につける場であると同時に、家と家を結ぶ社交の舞台でもあった。誰と机を並べ、誰と言葉を交わし、誰と友誼を結ぶか。それら一つ一つが、将来の立場や運命に影響を与える。


 もっとも、この学院が完全に閉ざされた貴族の園というわけではない。ごく一部ではあるが、才能や功績を認められた一般人の子供たちもまた、この門をくぐる資格を得る。彼らは往々にして異質な存在として注目を集め、羨望と警戒、そして時に露骨な敵意を浴びることもあった。


 下級院で学ぶのは、読み書きや数学といった基礎に留まらない。歴史、法、政治、魔物学、そして魔法理論と実技。将来、王国を支える者となるための「高等な学問」が、ここでは惜しみなく教え込まれる。特に魔法教育は重視されており、生徒たちは己の魔力と向き合い、その扱い方を学ぶことになる。


 だが、王都下級院の真の価値は、教室の中だけにあるわけではない。


 廊下で交わされる何気ない挨拶。演習で組まれる班。そうした日常の積み重ねの中で、生徒たちは人脈を築き、信頼を結び、あるいは競い合い、時に対立する。友情も、野心も、嫉妬も――すべてが未熟な心の中で渦巻き、やがて将来へと繋がっていく。


 王都下級院とは、学ぶための場所であると同時に、選別の場でもある。


 ここで何を学び、誰と関わり、どのように振る舞ったか。その答えは数年後、王国の表舞台へと踏み出す時、確かな形となって現れる。


 今後、私はエルヴァーン伯爵家の名を背負い、この学舎に立つ。そこに立つのは、ただ学びに来た一人の少女ではない。一つの家を代表する「貴族」としての私だ。


 下級院では、成績だけが評価のすべてではない。むしろ、学問の出来不出来以上に、どう振る舞うかが見られている。言葉遣い一つ、立ち居振る舞い一つで、相手は私個人ではなく、エルヴァーン伯爵家そのものを量ろうとする。


 誰に親しくし、誰と距離を保つか。軽率な約束を交わしていないか。感情に任せた言動で、家の立場を損ねていないか。すべてが、無言の評価対象だ。


 特に気を付けなければならないのは、敵を作ることよりも、不用意に目立つことだった。優秀すぎれば警戒され、控えめすぎれば軽んじられる。才覚を示す場と、あえて引く場。その見極めを誤れば、噂は瞬く間に広がり、歪んだ形で独り歩きする。


 また、一般人出身の生徒との距離感も難しい。見下せば傲慢と取られ、庇えば偽善と囁かれる。貴族としての礼節を保ちつつ、過度に踏み込みすぎない。その均衡こそが、最も神経を使う点だった。


 魔法の扱いも同様だ。力を誇示するのは簡単だが、それは自らを危険な存在として喧伝するようなもの。必要な時に、必要なだけ。それが許されるのは、力だけで立場を築ける者ではなく、力の扱いを理解している者だけだ。


 下級院は、学ぶ場であると同時に、試される場でもある。私はここで、知識と魔法だけでなく、貴族として生きる術を身につけなければならない。


 そうでなければ、エルヴァーン伯爵家の名を名乗る資格はないのだから。


 ◇


 そうして迎えた、王都下級院の始業式。


 広大な式典ホールには、すでに多くの生徒が整然と並んでいた。磨き上げられた石床に、制服に身を包んだ少年少女たちの足音が静かに反響する。貴族らしく背筋を伸ばし、落ち着いた表情を保つ者。緊張を隠しきれず、視線を彷徨わせる者。年相応の期待と不安が、場の空気に溶け込んでいた。


 ほどなくして、壇上に学院関係者が並ぶ。先頭に立つのは、白髪混じりの老紳士、王都下級院の院長だった。深い藍色の法衣をまとい、ゆっくりと前へ進み出る。


 場内が、すっと静まり返る。


「本日ここに集った諸君を、王都下級院は歓迎する」


 穏やかでありながら、よく通る声だった。院長は、下級院の歴史と役割、学びに臨む姿勢について語っていく。王国を支える人材を育てる場所であること。努力と節度を重んじること。力は誇るものではなく、責任と共にあること。どれも、どこかで聞いた覚えのある言葉ばかりだ。


 続いて、王宮から派遣された高官が挨拶に立つ。学院が王国にとっていかに重要な存在であるか、ここで学ぶ生徒たちにどれほどの期待が寄せられているかを、淡々と、しかし重みのある言葉で告げていった。


 生徒たちは誰もが静かに耳を傾けている。小声で私語を交わす者も、騒ぎ立てる者もいない。下級院という場が求める「品位」を、皆が理解している証だった。


 式は滞りなく進み、規則の確認、教員の紹介へと移っていく。名前が呼ばれるたび、簡潔な紹介が添えられ、生徒たちは形式通りに頷く。特別な出来事も、波乱の兆しもない。ただ、決められた流れが淡々と消化されていくだけだ。


 私はその一連の進行を眺めながら、意識の大半をある一点に向けていた。リディア様の存在だ。


 壇上の挨拶も、規則の読み上げも、耳には入ってくる。けれど、心のどこかが落ち着かない。視線は無意識のうちに、生徒たちの列をなぞり、彼女の姿を探していた。


 あれほど親しくしてくれていたのに、どうして突然、距離を置かれたのか。私が何か手紙で失礼なことを言ったのか。知らぬ間に、踏み越えてはいけない一線を越えてしまったのか。


 貴族の世界では、理由が必ずしも言葉にされるとは限らない。むしろ、多くの場合は沈黙の中に隠される。だからこそ、思い当たる節が見つからないことが、余計に胸を締め付けた。


 もし、私がエルヴァーン伯爵家の人間でなければ。もし、彼女が別の立場にあったなら。


 そんな仮定を並べても意味がないと分かっている。それでも、考えずにはいられなかった。立場や家柄が、友情の形を歪めてしまうことを、私はもう十分に知っているはずなのに。


 同時に、恐れもあった。もし理由を知ってしまえば、もう元には戻れないのではないか。謝ることも、理解することも出来ず、ただ距離が確定してしまうだけなのではないか。


 始業式という、すべてが始まる場に立ちながら、私の心は過去と未来の間を揺れていた。新しい学院生活への期待。貴族として求められる役割。そして、失われかけている大切な関係。


 私は、どこまで割り切れるのだろう。


 家の名を背負う以上、感情を優先してはいけない場面もある。それでも、あの日、リディア様と交わした笑顔が偽物だったとは、どうしても思えなかった。


 始まる学院生活の中で、もう一度、あの日のように自然に笑い合える日が来るのだろうか。それとも、この胸に残る違和感を抱えたまま、大人になっていくのだろうか。


 答えはまだ見えない。

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