98.十二歳の私
「お姉様、すっごく似合ってる!」
「えぇ、本当に。思わず見惚れてしまうわ」
「ルア、そのまま王都を歩けば誰だって振り返るよ」
私がくるりと身を回してスカートを揺らすと、三人が口々に褒めてくれた。
鏡に映るのは、王都下級院で着るための新しい制服。深い群青色が落ち着いた雰囲気をまとわせ、胸元のリボンが控えめに揺れるたび、少しだけ背筋が伸びる。
こんな素敵な服を、自分が着ていいのだろうか。だけど、制服に包まれた身体は不思議と温かくて、胸の奥がくすぐったくなる。
「ありがとうございます」
「でも……お姉様が王都に行っちゃうなんて、やっぱり寂しいな……」
「えぇ。本当に。ルアが家にいるだけで、空気が柔らかくなるもの。いなくなると思うと、胸にぽっかり穴が開くようだわ」
「ふむ……確かに、静かになりすぎるかもしれん」
しゅんと肩を落とす三人。その気持ちは痛いほど分かる。私だって同じ気持ちだから。
「私も、離れるのはすごく寂しいです。でも……長期休暇になったら必ず戻ってきます。だから、そんなに悲しまないでください」
そう言って笑みを向けると、三人の表情がほんのり明るくなる。
「……じゃあ、それまでにいっぱい思い出作ろうね!」
「そうね。お茶会もしましょう。新しいお菓子のレシピも試したいわ」
「よし、毎日スケジュールを調整しよう。できるだけ一緒にいたいからな」
みんながそう言って寄り添ってくれるのが嬉しくて、胸の奥がじんわりと温かくなった。
本当の家族として迎え入れてもらってから、もう数か月。私たちは日々少しずつ、けれど確実に絆を深めていった。
◇
スラムで必死に生きていた頃、私はずっと一人で、世界は冷たくて灰色だった。
でも今は、温もりをくれる人がいて、同じ食卓を囲み、同じ時間を積み重ねていける居場所がある。
大切にされることを知り、大切にしたい人たちができて、胸の奥が温かく満たされていく。
この家で過ごす日々は、あの頃の私には想像もできなかったほど優しくて豊かだ。
ようやく私は、家族と呼べる人たちのいる場所を手に入れたのだと思う。
この幸せを運んできてくれたのは、リディア様との出会いがあったから。だから、リディア様には感謝をしている。
その気持ちを手紙に綴って、送った。だけど、その手紙の返事はいつまで待っても返ってこなかった。
そのことで悩んでいると、お父様が教えてくれた。
「……リディア王女を妬む人がいる。そのせいで、もしかしたら手紙が届かないのかもしれない。」
さらにお父様は、慎重に言葉を選びながら続けた。
王宮では王妃の影響力が強く、常にその鋭い目が周囲を見張っているという。側妃の子であるリディア様は、それだけで立場が弱く、理不尽な偏見の中に置かれているらしかった。
王妃は、自分の子の立場を守るために、リディア様に味方する者たちを次々に遠ざけ、言葉巧みに貶め、気づけば誰も寄り添える者がいない環境が出来上がってしまっている。支えようとする者がいれば、それは即座に王妃の標的となり、地位を失ったり職を奪われたりするのだと。
だから、リディア様は孤立している。誰も近づけず、誰も守れず、声を上げることすら敵を呼ぶ。
手紙が届かないのも、きっとその渦の中に巻き込まれてしまったのだろう。私は胸がぎゅっと締めつけられるような思いで、その現実を受け止めた。
あの人が微笑んでくれたあの温かな時間の裏に、こんな苦しさがあったなんて。そう思うだけで、胸の奥が痛んだ。
だから、下級院に行くのが楽しみだ。また、あの時みたいに楽しい時間が過ごせれば……。この時は、そう思っていた。
◇
そして、私はファリスを伴って領地を旅立った。一週間、馬車に揺られながらたどり着いたのはアルディア王国の王都、王都下級院。
城壁に囲まれた学びの街は、朝日を受けて白い石畳が静かに輝き、澄んだ空気の中に活気が満ちていた。
行き交う人々の表情は明るく、遠くには学院の塔がそびえ立ち、これから始まる新しい暮らしを静かに告げていた。
「ここがルア様のお部屋ですね。事前に使用人たちに荷物を運ばせておきましたので、準備は万端です」
「ありがとうございます」
十畳ほどの部屋は、木の香りが心地よく漂う落ち着いた空間だった。
大きな窓から光が差し込み、机とベッドがすっきりと配置されていて、とても過ごしやすそうだ。
華美ではないが整えられていて、今日からの生活を迎え入れてくれる温かな場所だった。
窓を開けて外を見ると、王都の中にあるのに自然豊かな庭が見える。木々が生い茂っているが、それほど深くはない。とても過ごし良さそうな自然がそこにはあった。
ここで、また新しい暮らしが始まるんだ。ワクワクとした気持ちでいた、その時――。
「あ、あれは……」
庭に見覚えのある姿が現れた。黄金の糸のように光を放つ髪に質素なドレス。あれは、どこからどうみても、リディア様だった。
「ファリス、ちょっと行ってきます!」
「えっ、ルア様!?」
私はすぐに部屋を飛び出した。廊下を抜けて、教えられた道を行く。そして、庭に出た。
駆け出していくと、その姿が見えた。
「リディア様!」
思わず声を張り上げた。すると、リディア様はビクリと体を震わせた後、ゆっくりとこちらを向く。そして、目を見開いて驚いた。
「あっ……」
まるで、信じられないと言っているような顔をした。そして、その顔に嬉しさがにじみ出た――のに、すぐに苦しそうに歪められた。
「リディ」
「近づかないでください!」
リディア様が声を張り上げた。苦しそうに顔を歪めて、私に背を向けた。
「私には二度と近づかないようにしてください!」
そう、叫び声を上げると、走り去ってしまった。私はその後ろ姿を呆然と見つめているだけだった。




