96.家族
静寂を揺らしたのは震えるように小さな拍手だった。
ぱん……ぱん……。
それはすぐに二つ、三つと増え、次第に波紋のように広がっていった。
ぱん、ぱん、ぱん――!
気づけば、大広間中が拍手の嵐に包まれていた。使用人たちも、その家族も、普段は控えめな執事ですら胸を震わせて手を叩いている。
「すごい……」
「なんて綺麗な声……!」
「心に響いた……!」
口々に漏れる讃嘆が押し寄せてくる。私は胸に手を当て、驚きと喜びでいっぱいのまま、自然と笑みがこぼれた。
届いたんだ。ちゃんと、届いたんだ。
目の奥が熱くなって、でも涙にはしない。今日は泣く日じゃない。今日は、家族の心が動く日だ。
そんな私のもとへ、使用人の子どもたちが駆け寄ってきた。
「ルア様、すごかった! 本当にすごかった!」
「ぼ、僕……胸がぎゅーってなって……泣きそうになった!」
「また歌ってください!」
手を握られ、抱きしめられ、囲まれて、私は思わず笑ってしまう。
「ありがとう。聞いてくれて……本当に嬉しいよ」
すると今度は使用人たちが近づいてきた。
「ルア様、素晴らしい歌でした」
「まさか、こんなにも心が温かくなるとは……」
「あの歌、一生忘れません」
大人も、子どもも、皆が私の周りに集まり、口々に感謝と称賛の言葉を贈ってくれる。胸の奥に広がっていく柔らかな幸福感に包まれながら、私はふと視線を上げた。
すると、最前列にいた三人が、静かに、しかし決意を持った足取りでこちらへ歩いてきていた。
ディアス。エレノア。そしてルーク。
拍手の波が自然と小さくなり、人々が道を開ける。三人がこちらへ向かってくるたびに、その足取りの重みが胸の奥へ響いた。
まるで、凍っていた家族の距離を一歩一歩取り戻しているようで。
先に口を開いたのはディアスだった。
「……ルア」
その声は、驚くほど柔らかかった。
「今日の歌は胸に突き刺さった。私は……あの時、抱え込んでいた不安も欲も……全部、認めていいのだと、そう教えられた気がした」
ディアスの瞳が、ゆっくりと揺れた。普段は絶対に見せない、救われた人の表情だった。
「ありがとう、ルア。私は……もう逃げない。家族として……まっすぐ向き合っていく」
その言葉に、迷いはなかった。父として、ようやく胸を張ろうとしている決意があった。
続いて、エレノアがそっと手を胸に当て、震える息を漏らした。
「ルア……あなたの歌を聞いて、気づいたの。家族を求める気持ちは、罪じゃないって……。欲張りなんかじゃない。愛したい、愛されたい、その気持ち……やっと肯定できたの」
目元が潤み、彼女は微笑んだ。あれほど自分を責めていた人が、今はまっすぐ顔を上げている。
「だから……もう遠慮しないわ。これからは私も、家族の一員としてちゃんと手を伸ばしていく。あなたが……その勇気をくれたから」
胸の奥がじんわりと温かくなる。
そして――ルーク。
「ルアお姉様!」
勢いよく抱きついてきて、私は思わず笑った。
「僕ね、ずっと怖かったんだ……。でも、お姉様の歌を聞いたら……分かったんだ。怖いままでいいんだって。怖いけど、それでも話したいって思う気持ちを大事にしていいんだって思った」
ルークの声は、はっきりしていて、震えていなくて。それは、恐怖を抱えたままでも前へ進もうとする、小さな勇気の証だった。
「だから……ありがとう。僕、ちゃんと家族と話すよ。ちゃんと向き合うよ」
気づけば三人は自然と近づき、私を囲むように寄り添っていた。使用人たちが静かに見守る中、家族四人の距離は今までになく近かった。
言葉も。表情も。そして心も。積もっていた不安も、遠慮も、孤独も。
確かに、溶けていった。
大広間には、歌の余韻と、温かな空気だけが残っていた。
エルヴァーン家は、今ここからようやく本当の家族として歩き出したのだ。




