92.ディアスの歩み寄り(2)
「お義父様、準備は宜しいですか?」
「あ、あぁ……」
声をかけると、不安そうな顔をした。
「そんな不安な顔をしてはいけません。相手にも不安が移ってしまいます」
「そ、そうか……」
「もう少し穏やかな顔にしましょう。仕事の後の一杯を楽しむような穏やかさです」
「……ふっ」
不安そうにしていたので、ちょっとした小粋な言葉を挟むと、ディアスは少しおかしそうに笑ってくれた。
「そうです。その顔でいいんです。もっと、力を抜いてください」
「あぁ」
少しは緊張が解れただろう。雰囲気が良くなっている。これならば、エレノアに会っても問題なさそうだ。
エレノアがいる部屋の前にたどり着くと、ファリスが扉を叩いてくれる。そして、中から声が聞こえてくると、私たちは部屋に入った。
「お義母様、今日はお時間ありがとうございます」
「いえ、いいのです。こんな機会を作ってくれてありがとう」
軽く挨拶をすると、エレノアは微笑みながら返してくれた。だけど、ディアスからは一言もない。裾を引っ張って話すように促すと、ようやくディアスは口を開く。
「時間をとってくれて感謝する」
「いえ、こちらこそ」
短い言葉のやりとりだが、意思疎通は出来たと思う。本番はこれからだ。
私たちは椅子に座り、改めてエレノアと向かい合った。エレノアは以前よりも自然な微笑みを浮かべるようになったが、今日はどことなく固い印象だ。それもそうだ。今まで距離を置いていた人と話す機会なのだから。
二人は口を閉ざして、何を喋っていいのか分からない様子だ。私が間に入って良かった。そうじゃないと、二人が顔を合わせても一言も喋らないで終わりそうだ。
「お二人とももっと気楽でいいと思いますよ」
「あぁ……」
「えぇ……」
分かっていたけれど、上手くはいかない。ここは、とりあえず話が出来る話題を作らなくてはいけない。難しくない話題は……。
「今日はお互いを知るために、一週間どんなことをして過ごしていたか話しましょう」
多分、相手のことを聞くのは難しい。だったら、会話が続くように話しやすい自分のことから話せばいい。
「今日は自分を知ってもらうための時間にしましょう」
「それなら、話しやすい」
「えぇ、賛成だわ」
私の言葉に二人は頷いてくれた。これならば、きっと会話の時間が取れる。
「まず、私からお手本を見せますね」
そういって、私は一週間の流れを話し始めた。朝の身支度のことから、食事のことまで。一日にあったことを一つずつ丁寧に話した。時々、その内容に自分の感想も入れて、ただの報告にならないようにする。
二人は私の話を真剣に聞いて、時々言葉をかけてくれた。言葉をかけてくれるのは、距離が縮まっているからだろう。二人との仲が縮まっている感じがして、とても嬉しくなりながら私は自分のことを話した。
「以上が私の一週間ですね。さぁ、次はお二人のことですよ。先にどちらが話します?」
「じゃあ、私からでいいかしら?」
「もちろんだ」
「では、お義母様からお話しください。私はここで席を立ちますね。あとの二十分はお二人でお話しください」
私は席を立ち、部屋から出て行った。二人が上手くいくことを願って、自室へと戻っていく。
◇
しばらくして、自室にノックが響いた。ファリスが扉を開けると、そこにはディアスが立っていた。
「お義父様? わざわざ来てくださったんですか?」
「その……聞いてほしかったからな」
「そうですか。では、どんな感じでしたか?」
少し照れ臭そうにした後、ディアスはゆっくりと話始めた。
「ルアが話題を作ってくれたおかげで、ずっと喋っていることが出来た。ただ、自分のことを喋っているだけなのに、エレノアに親近感が沸いた。不思議だな……。まだ、まともな会話が出来ないのに、もっと話したいと思う」
「それが、言葉を交わす力です。そうやって、言葉を交わしていくと、仲が深まりますよ」
「ルアの言った通りだな。本当にありがとう」
ディアスは満足げな顔をした。それだけで、今回の場を設けたかいがあるというものだ。よし、この調子で次もいってしまおう。
「では、次はルークですね。いきますよ、お義父様」
「えっ、もう行くのか?」
「はい。今のお義父様は話したいという意欲で満ち溢れています。その気持ちが枯れない内にすぐに行くべきです」
私は部屋を出ると、ディアスを伴ってルークの部屋へと向かった。ルークの扉を開けると、そこには魔力の操作の練習をしているルークがいた。
「あっ、お姉様! それに、お父様?」
私の姿を見るとパッと表情を明るくしたが、ディアスを見ると不思議そうに顔を傾げた。
「お義父様とお話をして貰うためにきました。今、時間はいいですか?」
「あぁ、あの話だね。僕は大丈夫」
「だったら、席について話しましょう」
私たちは席へと移動すると、向かい合わせに座った。二人は沈黙をしていて、やっぱりどことなく緊張している様子だった。
「じゃあ、今日はお二人でお話をしてもらいますね」
「……どんな話をすればいいのかな?」
「何か話題はあるのか?」
「そうですねぇ……」
さっきは一週間の予定を話したから、違う話題がいい。ディアスには意欲があるから、今度はディアスが頑張ってもらうような話題にしよう。
「今日は魔力の話をしましょう。お義父様が魔力について話、ルークが話を聞いて、気になったことを質問する。こういう形にしたらどうですか? あとは、魔力操作についても話題にしましょう」
「それ……いい!」
「ふむ、魔力と魔力操作か……。それなら、普通に話せると思う」
すると、ルークは目を輝かさせて、ディアスは少し自信を見せた。これなら、きっと少しの時間でも会話が出来るだろう。
まず初めに私が魔力について話をする。その話を二人は真剣に聞き、時々言葉を挟んでくる。そうやって場を温めた後、私は席を立った。
「では、残りはお二人で会話を楽しんでくださいね」
そう言って、私は部屋を出て行った。二人はまだまだ拙いところはあるけれど、きっとこの話題なら会話が出来るだろう。二人に心からのエールを送ると、私は自室に戻っていった。
◇
本を読んでいると、静かな部屋に、コンコンと控えめなノック音が響いた。
ファリスがそっと扉を開ける。その向こうに立っていたのは――どこか肩の力が抜け、穏やかな表情を浮かべたディアスだった。ルークとの話し合いが終わったのだろう。
「お義父様、どうでしたか?」
「あぁ……楽しく話すことが出来たよ。ルークが、あんなふうに笑うなんて初めて知った」
驚きと喜びが混ざった声だった。
「それは、すごくいい時間でしたね。少しは、仲良くなれましたか?」
「……なれたと思う。少なくとも、以前のように避けようとは思わなくなった」
そう言ったディアスの表情には、柔らかな晴れ間が差していた。胸の奥に長く居座っていた緊張が、やっと溶け始めたのだと分かる。
どうやら、ルークとの会話は本当にうまくいったらしい。
「何をどうすればいいのか、ずっと分からなかったが……ルアのお陰で、家族がどんなものか少し分かってきた気がする」
「話してみれば、案外……心は近づくものですよ。その時間が増えるほど、もっと仲良くなれます。今日みたいな話し合いを、これからも続けていきましょう」
「あぁ。今度は、自分から誘えるようになりたい。だが、それまでは……ルアの力を、もう少し貸してほしい」
「もちろんです。みんなで一緒に、家族になっていきましょう」
胸があたたかくなる。初めて会った頃なら想像もつかなかったほど、ディアスは前を向いていた。
あとは、少しずつ時間を重ねていくだけだ。互いの言葉を知り、笑顔を知り、距離を縮めていく。
その先に待っている「家族」という形は、もう手の届くところにある。そんな予感が、静かに心を満たしていった。




