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スラムの転生孤児は謙虚堅実に成り上がる〜チートなしの努力だけで掴んだ、人生逆転劇〜  作者: 鳥助
第二章 伯爵家の養女

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89.家族の繋がり

 朝食の時間はうまくいった。ぎこちないながらも言葉を交わせたし、昨日までの距離を思えば、大きな前進だと思う。


 けれど同時に、気づいてしまったことがある。


 私が間に入らないと、家族同士の会話が途切れてしまう。最初は仕方のないことだと分かっている。長い間、互いに向き合うことを避けてきたのだから、すぐに自然な会話が戻るはずもない。


 でも、このまま私が橋渡し役を続けてしまえば、いつか本当に、「私がいなければ会話が成立しない家族」になってしまう。


 それでは意味がない。私が望んでいるのは、私を中心にした会話ではなく、普通の家族の、自然なやり取りだ。


 ……だけど、まだ面と向かって話すには勇気が足りない。今まで避けてきた時間が長すぎて、どう言葉を紡げばいいのかすら分からない。


 その積み重ねが、今のぎこちなさを生んでいるのだと痛感した。それでも、逃げたくはなかった。


 ディアスも、エレノアも、ルークも。不器用なだけで、本当はみんな歩み寄ろうとしている。その気持ちは、今日の朝食だけでも十分に伝わってきた。


 だからこそ、私も変わらなきゃいけない。ただ仲を取り持つだけじゃなくて、家族が自然に向き合えるように背中を押す役目を果たしたい。


 けれど、急に距離を縮めようとすれば、きっと無理が出てしまう。焦れば、今ある小さな前進すら壊してしまうかもしれない。


 確実に前進出来る手段を考えないといけない。無理がなく、交流が持てるものか……。


 そうだ、日記! 交換日記をすれば、無理なく交流が出来る!


 面と向かって話すのが難しくても、文字なら素直に気持ちを書ける。相手の顔を見て緊張することもないし、考える時間も持てる。無理に言葉を絞り出す必要もなく、ゆっくり、丁寧に気持ちを伝えられる。


 そして何より、言葉が形として残る。


 読み返せば、家族がどんな想いで日々を過ごしているのか、どんなことに悩み、どんなことで笑っているのかが分かる。たとえ短い一文でも、心を寄せるきっかけになる。


 お義父様なら、普段は照れくさくて言えないことを書いてくれるかもしれない。エレノアお義母様は、きっと几帳面に丁寧な文章を書いてくれるだろう。ルークは、拙くても一生懸命に書いた文字で、ありのままの気持ちを伝えてくれる気がする。


 その積み重ねが、いつか自然な会話につながるはずだ。お互いの気持ちを文字で知って、少しずつ距離が縮まっていく。そして気づけば、以前よりずっと話しやすくなっている。そんな未来が思い浮かんだ。


 交換日記なら、誰も無理をしなくていい。今の私たちに、いちばん合っているやり方かもしれない。


 よし、提案してみよう。この家族の、小さくて優しい一歩になると信じて。


 ◇


 その日の夕食、みんなが食堂に集まると私は冊子を取り出した。


「えっと……その……これを、みんなで使いたいんです」


 そう言いながら、手元の冊子を両手でそっと掲げる。ディアスも、エレノアも、ルークも、自然と身を乗り出すようにして覗き込んできた。


「それは……日記、か?」


 ディアスが不思議そうに眉を上げる。


「はい。でも、一人で書くものじゃありません。みんなで順番に書いていく……交換日記です」


 その言葉に、三人が小さく息を呑むのが分かった。私は続けた。


「話したい気持ちがそれぞれにあると分かりました。でも、どうしても上手く会話が出来ない。まだ緊張してしまうことが多いと思うんです」


 そういうと、三人はまるで私の言葉に同意するように小さく頷いた。


「でも、文字ならゆっくり考えて、自分の気持ちをちゃんと書けます。面と向かって言えないことでも、紙の上なら伝えられるかもしれません」


 エレノアがそっと手を口元へ寄せ、聞き入ってくれている。ルークは目を丸くしながらも、真剣な表情で頷いていた。


「それに、言葉が残ります。読み返せば、みんながどんなことを考えて、どんなことで悩んで、どんなことを大切にしているのか分かります。たった一行でも、きっと心が近づくきっかけになるはずです」


 私は冊子をそっとテーブルに置き、優しく撫でた。


「……少しずつでいいんです。無理しないで、書けるときに書けばいい。そうやって積み重ねた言葉が、いつか自然な会話につながるって……思うんです」


 そこで小さく息を吸い込み、家族一人ひとりの顔を見る。


「どうでしょうか。みんなで……この日記を続けてみませんか?」


 食堂に一瞬だけ、静かな空気が流れた。それは拒絶の沈黙ではなく、言葉を選ぼうとする前向きな沈黙だった。


 だけど、誰も相手の事を気にして言葉が中々出てこない。このままだと、交換日記が出来なくなる。そう思っていると――。


「……僕、やってみたい」


 ルークが控えめに声を上げた。


「……お姉様と話をするのがとても楽しい。お母様と話をするのも楽しくなってきた。お父様と話をするのはまだドキドキする。だけど、もっとお話したい……から。文字だったら、僕もお話出来ると思う」


 ルークは一生懸命に自分の気持ちを吐露した。まだ面と向かって話すのはぎこちないけれど、文字ならば話せるのではないか、と。


 そのルークの話を聞いた、エレノアは――。


「……そうですね。私もまだちゃんと言葉に出来ませんが、文字ならゆっくりと言葉に出来て良いと思います」


 まだ、人の愛し方が分からないエレノア。だけど、少しずつ学ぼうとしている。そのためには会話が必要だと思っている。その会話の一歩として交換日記がいいと思ってくれたようだ。


 残りはディアスだけ。チラッと見ると、とても熟考している姿が見えた。みんなでディアスの言葉を待っていると――。


「……私もやろう。まだ、普通に話すことは難しい。だから、文字で言葉のやり取りをして、お互いを知ろう」


 ディアスも賛成してくれた。これなら、家族で交換日記が出来る。


 ディアスの言葉を聞いた瞬間、胸の奥がふわりと温かくなるのを感じた。三人とも、迷いながらも前を向こうとしている。その気持ちが、たまらなく嬉しかった。


「……ありがとうございます。みんながそう言ってくれて、本当に嬉しいです」


 気づけば、自然と笑みがこぼれていた。


 私がただ橋渡しをするだけの関係ではなく、家族が家族として自分の想いを伝え合おうとしている。その小さな一歩を、みんなで選び取れたことが何よりも尊かった。


「じゃあ、最初のページは……私が書きますね。その後、誰に渡すのかはお楽しみにしていてください」


 ルークが嬉しそうに頷き、エレノアは胸に手を当てながら安堵したような微笑みを浮かべた。ディアスも、ぎこちないながらも柔らかな表情になっていた。


 不器用で、まだ上手に向き合えない家族。けれど、だからこそ、こうして歩み寄る一歩一歩が愛おしい。


 きっとこの交換日記は、私たちの新しい会話になる。文字で紡いだ想いが、いつか自然な言葉へと繋がっていく。その日を楽しみにしながら、私はそっと冊子を抱きしめた。


 今日ここから、家族が始まっていく。そんな予感がして、胸が温かく満たされていった。

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