8.初めての報酬
扉を叩いて、声をかける。
「ゴミ捨て、終わりました」
そうすると、扉の向こうから物音が聞こえてきた。そっと扉から離れると、扉が開いた。
「終わったか。どれ、確認でもするか」
「お願いします」
ガルドが出てくると、そのままゴミ箱の所に直行した。通りを進み、路地の中に入っていく。
「どれどれ、ゴミ箱の中は……」
ガルドはすぐにゴミ箱の中を確認した。
「相変わらず臭いな……。おっ、でもゴミが一つも残ってねぇ。いつも、下に残してあっためちゃくちゃ汚い奴もちゃんと捨ててあるな」
そう、ゴミ箱の下には何か月も放置されたゴミが溜まっていた。それが凄く腐ったけど、なんとか運び出すことが出来た。
「よしよし。あのゴミ、臭くて捨てたくなかったんだよな。どうしようかと思っていたが……お前、やるな」
「ゴミ箱の中を空にしろって言われたので」
「そうか、そうか! スラムの人間でもちゃんと人の話は聞けるんだな!」
空になったゴミ箱を見てガルドは上機嫌に笑った。
「いやー、人にゴミ捨てをやってもらうのがこんなに楽だとは思わなかった。お前がゴミ拾いをしてくれたお陰だな」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ、報酬の五百セルトだ」
そう言って、ガルドはポケットから硬貨を取り出して手渡してきた。その硬貨は銅で出来ているみたいだ。
「そういえば、金の事は分かるか?」
「あまり分かりません」
「なら、説明してやる。一セルトが小鉄貨、十セルトが鉄貨、百セルトが小銅貨、千セルトが銅貨、一万セルトが小銀貨、十万セルトが銀貨だ。その上に金貨もあるけれど……それは俺らには関係ねぇから覚えなくていい」
なるほど、それがこの国のお金の数え方なんだ。この硬貨は銅で出来た小さな硬貨だから、小銅貨。百セルトが五枚あるから、五百セルトだ。
「どうだ? 仕事は出来そうか?」
「はい、出来ます」
「よし。なら、明日も頼めるか?」
「……明日もいいんですか?」
「もちろんだ。こんなに楽が出来るんだから、やってもらわないと困る」
この仕事、一日だけじゃない? 仕事が一日で終わると思っていたからこそ、明日も頼むと言われた時、胸の奥がふっと温かくなった。
私……働いてもいいんだ。その言葉が胸の中で何度も反響する。
今までは、誰かの邪魔にならないように、誰にも迷惑をかけないように、物陰にひっそりと隠れて生きていた。ゴミを漁る事も、どこか後ろめたかった。
でも、今は違う。助かったって笑ってもらえた。明日も頼むって……必要としてもらえた。
胸の奥が熱くなって、手のひらがじんわり汗ばんでくる。小銅貨を握る手に力が入る。これが、私が働いた証。私が、この街の中にちゃんと立っているという証。
私はこの町で生きてもいいって言われている気がした。
「あの! 明日も頑張ります。だから、よろしくお願いします!」
「おう。じゃあ、明日の朝に俺の家に来てくれ。そしたら、また台車と通行証を渡すからな」
「はい!」
ガルドは適当に手を振って、台車を押しながら表の通りに戻っていった。
――五百セルト。
冷たい金属の感触が、夢じゃないと教えてくれる。
昨日までは、絶対に手に入らなかったお金。それが、今日きちんと働いたことで、一気に五百セルトも手に入ったのだ。
「……すごい」
つぶやいた声は、自分でも驚くほど小さかった。けれど、その声には確かな実感がこもっている。
すぐに走り出したい気持ちを抑えながら、その場に立ち尽くす。そして、ポケットに落とさないように入れた。
「ちゃんと……なくさないようにしないと」
このお金があれば、パンが買える。肉の串焼きが買える。今まで諦めていた普通の食べ物が、ほんの少しだけ手の届く場所に近づいた気がした。
空を見上げると、すっかり日が傾いている。路地に差し込む夕陽は橙色で、どこか優しく感じられた。
働けば、お金がもらえる。ちゃんとやれば、褒めてもらえる。こんな当たり前のことが、嬉しくて、誇らしくて、涙が溢れそうになる。
けれど、泣いてなんかいられない。明日も仕事があるのだ。今夜は、きちんと休んで、明日に備えよう。
その時、お腹の虫が鳴いた。そういえば、今日はゴミ捨てばかりしていたから、お腹には何も入っていない。
いつもなら、ひもじい気持ちになるけど……今日は違う。だって、働いたお金があるからだ。これで食べる物を買えばいい。
私は走り出した。小さな足音を響かせながら、路地から表の通りに飛び出していく。
ポケットの中の小銅貨が、かすかにカチャリと音を立てた。それが、胸を少しだけ強くしてくれた。




