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スラムの転生孤児は謙虚堅実に成り上がる〜チートなしの努力だけで掴んだ、人生逆転劇〜  作者: 鳥助
第二章 伯爵家の養女

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71.まずは自分のことから

 食事の時間が終わると、ファリスに別室へと案内された。そこは広々とした部屋で、壁際には立派な本棚がずらりと並んでいる。


 そして何よりも目を引いたのは、中央に据えられた大きな机と、正面の壁に掛けられた黒板だった。


「本日よりこちらのお部屋でお勉強をしていただきます。ルア様には、貴族として必要な知識がまだ足りません。ここでしっかりと身につけていきましょう」


 どうやら、ここが私専用の教室らしい。


 一人のためにこんな部屋を整えてくれたことに、胸が少し熱くなる。恐縮だけど、それだけ期待してくれている証拠でもある。エルヴァーン家の養女として迎えられたのなら、その期待に応えなくては。


「まずはこちらにお座りください」


 ファリスが椅子を引いてくれる。私はそっと腰を下ろし、机の表面を指でなぞった。磨き上げられた木目がすべすべしていて、思わず微笑んでしまう。


「こんなに立派な机を用意してくれて、嬉しいです」

「用意してくれた方々の気持ちに応えるためにも、頑張らないといけませんね」

「はい。精一杯、頑張るつもりです」


 そんな会話を交わしていると、扉がノックされた。ファリスが返事をすると、扉が静かに開き、一人の男性が入ってくる。


 明るい栗色の髪を持ち、眼鏡越しに穏やかな瞳を覗かせたその人は、私の前に立つと軽く会釈した。


「やぁ、はじめまして。ルア様の家庭教師を務めます、リートと言います」

「はじめまして。ルアです。これからよろしくお願いします」

「良い言葉遣いですね。どうやら、僕の生徒は優秀なようだ」


 思ったよりも柔らかい雰囲気の先生だった。その穏やかな笑みに、緊張が少しほぐれていく。


「では、授業を始めましょう。まずは、自己紹介からです」

「自己紹介が、授業なんですか?」

「もちろんです。自分のことを伝えるというのは、とても難しいことですからね。きちんと出来ないと、人と関わるのも難しくなりますよ」


 その言葉に私は頷いた。これから先、きっとたくさんの人と出会う。自分のことをきちんと伝えられなければ、相手に誤解され、距離を置かれてしまうかもしれない。


 仲良くなるためには、まず知ってもらうことから。リート先生は軽く咳払いをして、優しい声で語り始めた。


「では、僕の自己紹介をします。名前はリート・スプラプト。年は三十三になります。専門は歴史と文学と数学、そして礼法です。これまでは王都の学舎で教鞭を執っていましたが……ご縁があり、今日からルア様の教師を務めることになりました」


 そこまで言って、先生はふっと笑った。


「ちなみに趣味は読書と紅茶です。堅苦しい授業だけでなく、たまにはお茶でも飲みながらお話しできたら嬉しいですね」


 その口調はどこか柔らかく、距離を感じさせない。優しい人。そんな直感が胸の奥に浮かぶ。


「では次はルア様の番ですね。ご自身のことを、出来るだけ自分の言葉で話してみましょう」


 促され、私は小さく息を吸い込んだ。自分のことを語る。それはきっと、簡単なようで難しい。でも、この家の一員として、ちゃんと向き合いたい。


「はい。えっと……わたしの名前は、ルア・エルヴァーンです。年は十一歳になります。勉強などはしてきておらず、これからリート先生の下で学んで知識をつけたいと思っています。市井で暮していたので、貴族の常識に疎い所があります。ですが、これからは貴族として振る舞っていきたいと思ってますので、ご指導のほどをよろしくお願いします」


 なんだか、ありきたりな自己紹介になってしまった。もっと、柔らかい話も入れておかないと……。


「趣味は今のところありません。これから、どんなことが好きになるか、考えるだけで楽しくなります。……以上です」


 言い終わるとすぐに先生から拍手が起こった。


「素晴らしい自己紹介でしたよ。ルア様の事が良く分かりましたし、精一杯の気持ちも伝わってきました」

「あ、ありがとうございます……」

「軽く自己紹介をしたので、今度は軽くお話をしましょう」

「お話、ですか? あの授業はどうされるのですか?」

「まずはお互いを知ることが授業になります。そうして距離を縮めてから授業をする方が、肩の力を抜いて自然な形で授業をすることが出来ますよ」


 それも、一理ある。お互いを知っていた方が交流をしやすくなる。まずは気張らずに、自然の形を取らなければ。


 すると、先生が私の隣に椅子を置き、座った。にこやかな顔色は変えずに、親しみのある口調で話しかけてくる。


「じゃあ、まず……朝食の話をしましょうか」

「ふふっ、朝食ですか?」

「だって、どんなものを食べたか気になるじゃないですか」


 和やかに始まった雑談。私達はお互いの事を知るように、楽しく言葉を交わしていった。


 ◇


「おっと、三十分経ちましたね。そろそろ、お勉強の方を始めましょうか」


 懐中時計を確認した先生はそう言って立ち上がった。三十分間の雑談はとても楽しく、お互いの事を良く知れた。お陰で先生との距離は近くなり、始めの時よりも親しくなった気がした。


「今の会話でルア様の事が良く分かりました。それを元に授業を進めていきますね」


 先生は本棚に近づくと、一冊の本を取り出した。そして、その本と紙を私の前に置く。


「ルア様にまず必要な知識は、文字の知識です。文字を書き、文字を読む。この基本的な事が出来てから、他の授業が出来るようになるでしょう」

「私もそう思います。文字の読み書きが出来ないと、学ぶことが出来ません」

「良く分かっていらっしゃいますね。その事を知っていれば、僕は何も憂いなく教えることが出来ます。では、本の一ページを開いてください」


 言われた通りに本をページを捲ると、見慣れない文字が書かれていた。これが異世界の文字……。


 見ていると、特徴があってとても分かりやすかった。


「まずは文字を覚えていきましょう。私が口で読み上げた後に同じように読み上げてください」

「はい」


 先生が細い棒を取り出すと、文字を刺す。先生がその文字を読み上げ、私がそれに続く。その繰り返しをずっとやっていくと、数分で全ての文字を読み終えた。


「その調子です。もう一度、読み上げますね」

「はい、お願いします」


 もう一度、文字を読み上げていく。一回目だけだと不安だったから、二回目に続いてくれて助かった。同じように読み上げていくと、頭の中にインプットされていく。


「うん、良い調子ですね」

「先生、文字の読み方を覚えました」

「ほう、自信たっぷりですね。では、始めから読み上げてください」


 先生の言葉に頷き、私は一文字ずつ口にした。記憶通りに読み上げると、隣で拍手が起こった。


「素晴らしい! 二回読んだだけで覚えるなんて! ルア様はとても優秀なのですね」


 良かった、どうやら合っていたみたいだ。とにかく、文字の読み方は覚えた。次のステップに進みたい。

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