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スラムの転生孤児は謙虚堅実に成り上がる〜チートなしの努力だけで掴んだ、人生逆転劇〜  作者: 鳥助
第二章 伯爵家の養女

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70.ぎこちない朝食(2)

 静かな食堂にカトラリーを動かす音が聞こえる。喋っている人はおらず、静かな食事が進められる。


 本来であれば、食事の時間は家族が揃う団らんの時間。だけどエルヴァーン家の食事は団らんの時間ではなかった。


 まず、家族として交流を深めるためには、この時間を利用するのが一番いい。私は遠慮をする心を捨て、口を開いた。


「生の野菜って初めて食べました。市井にはあまり見かけなかったので、とても珍しいですね」

「そうなのかい? 私達は日常的に食べているから気にならなかったな。執事、どうなんだ?」

「はい。生で食べられる野菜は新鮮さが大事なので、市井で並ぶことは少ないでしょう。貴族ならではの食べ物だと言えます」

「へぇ、そうなのね。てっきり、市井でも食べられているものだと思っていたわ」


 私の言葉にディアスとエレノアが反応してくれた。どうやら、話題を振れば会話はしてくれそうだ。


「生の野菜ってこんなに美味しいんですね。それに、この独特の味付けも気になります」

「……それ、ドレッシングっていうんだよ」

「ドレッシングっていうんですか。ルークは物知りですね」

「……別に普通だよ」


 なんと、ルークまで話に入ってきた。これなら話も盛り上がるんじゃないか? そう思っていたが、私が話さないと他の三人は一言も喋らなかった。


 ただ、きっかけを作ればいいということではないみだいだ。少しの話題を提供するだけでもダメとなると、私が間に入り続かなけばならない。


「カトラリーの使い方は難しいですね。上手く使うにはどうすればいいのでしょうか?」

「そうねぇ……。やはり、毎日使わなくてはいけないと思うの。何度も使っていれば、その内に上手くなるわ」

「何かコツのようなものはありますか?」

「このように姿勢を正すことが重要だわ」


 すると、エレノアがしっかりとした姿勢を見せ、私に教えてくれた。


「流石です、お義母さま。ぜひ、見習わせてください」

「えぇ、いいですわよ」


 エレノアは微笑みながらそう言ってくれた。どうやら、嫌とは思われていないらしい。それは良かったけれど、話が膨らまないのが気になるところだ。


 もしかして、この家族には何か懸念があるのだろうか? 先ほどのルークの話といい、家族として遠慮するようなものがあるのかもしれない。


 じゃあ、その懸念を取り除かないと交流を深めても無駄っていう事だろうか? ……いいや、そんなことはないはずだ。小さな交流だって、何かのきっかけにはなるはず。ここはめげずに話しかけていこう。


「今日から貴族になるお勉強をするのですか?」

「あぁ、そうだ。ルアは他の子と比べて勉強が遅れているからな。沢山勉強をしないといけないぞ」

「お勉強は楽しみです。どんな事を学べるのか、とてもワクワクします」

「そうか、それは良かった。励むんだぞ」


 勉強の事を話すと、ディアスが話に入ってくれた。厳しくも優しい言葉に身が引き締まる思いだが、これは交流になっているんだろうか?


 普通の業務連絡のような会話になってしまって、思うように会話が弾まない。もっと、興味のある話題があればいいんだけど……。何に興味があるんだろうか?


 魔法の事を聞きたいが、ルークは魔法の事を凄く気にしている。だから、この話題は無しだ。ルークにきっと嫌な思いをさせてしまうから。


 他に興味がありそうな事はどういう事だろうか? ……全く分からない。それもそうだ、だって会ったのは昨日が初めてなのだから。


 どんな話が好きかなんて分からない。これは、一つずつ確かめていくしかないだろう。出来れば明るい話題で、話が盛り上がりそうなものは……。


「今日は天気が良いですね。こういう時は外の風に当たりたくなりますよね。外には出る予定はありますか?」

「……別に。窓開けていればいい」

「窓を開けるだけでも違いますよね。新鮮な空気ってワクワクしませんか?」

「もうこの年だから、ワクワクはしないが、スッキリとした気分になるな。仕事中にふと、気分転換に外に出ることはある」

「外の空気は気分転換にピッタリですね。屋敷の中とは違った楽しみ方がありますね」

「時々外でお茶を頂くのだけれど、とても気分が良くなるわ」

「いいですね。家族みんなで外に出て、お茶を飲んでみたいです」


 すると、会話が途切れる。シーンとなって、心が寂しくなった。


 もしかして、言ったらいけない言葉を言ってしまった? 私がまだ家族として迎い入れられていないから? それとも、他の原因が?


 戸惑っていると、隣に座ったルークがフゥと息を吐いた。


「時間が合わないから、無理だよ」

「そ、そうなんですね。すいません、ご迷惑でしたか?」

「……いや、気にしていない」

「時間が合えば、やりたいわね」


 なんだか微妙な空気は流れている。でもそれは、私を嫌っているような空気ではない。ただ、この家族の形があやふやなんだ。


 どうしてこの家族は、こうも距離を取ってしまうのだろう。


 食卓を囲んでいるのに、誰も真正面を見ない。言葉は交わしているけれど、まるで壁を隔てて話しているような感覚がある。


 優しさがないわけじゃない。ディアスもエレノアも、ルークもみんな穏やかに接してくれる。けれど、そのどれもが「丁寧」で「正しい」だけで、どこか他人行儀なのだ。


 ルークは時折こちらを見ては、何か言いかけて口を閉ざす。


 エレノアは常に姿勢を正し、優しくも張り詰めた笑みを浮かべている。


 ディアスは全体を見守るように振る舞っているが、その視線には疲れが滲んでいた。


 ――まるで、家族を演じているみたい。


 そんな印象が頭に浮かんだ瞬間、胸が少しだけ痛くなった。


 きっと、誰かのために努力して、壊れないように気を使っているんだ。だから、一つひとつの言葉が慎重で、沈黙が長くても誰もそれを咎めない。


 そうしないと、何かが崩れてしまうのかもしれない。


 私はパンを小さくちぎりながら、ちらりとルークを見た。彼の瞳は、どこか遠くを見ていた。まだ八歳くらいなのに、子供らしい無邪気さがあまり感じられない。


 もしかして、ずっとこうやって過ごしてきたのかな。家族といても、心から笑うことが少ないままに。


 私はカップを持ち上げながら、心の中で静かに決意した。


 この家には、温もりが必要だ。言葉を選んで気を使い合うより、何気ない笑顔が一つでも多い方がきっといい。そういう時間を、少しずつでも増やしていけたら――。

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― 新着の感想 ―
もしかして、この家族。。実は全員、それぞれ連れてこられた人たちで家族ではない?
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