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スラムの転生孤児は謙虚堅実に成り上がる〜チートなしの努力だけで掴んだ、人生逆転劇〜  作者: 鳥助
第二章 伯爵家の養女

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66.エルヴァーン伯爵家(1)

「ルア様、到着しました」


 長い旅路の果てに、ようやく馬車が止まった。


 車輪の軋む音が止むと、外の世界が一気に静まり返る。窓の外をそっと覗くと、視界いっぱいに広がるのは壮麗な建物。これが、エルヴァーン伯爵家の邸宅だった。


 思わず息を呑む。


 白い大理石で造られた外壁は、午後の日差しを受けて淡く輝き、まるで光そのものを纏っているかのよう。高く伸びる尖塔の先端には家紋が刻まれた旗が風に揺れ、深紅の布地が鮮やかにたなびいていた。


 正面には巨大なアーチ状の門。金色に縁取られた装飾が施され、中央にはエルヴァーン家の象徴である紋章が誇らしげに輝いている。


 その門をくぐると、左右対称に広がる庭園が目に入った。花々の香りがふんわりと馬車の中に流れ込み、遠くの噴水が光を受けてきらきらと水飛沫を散らしている。


「……すごい」


 思わず小さく呟いた。かつてスラムの片隅で過ごしていた自分には、まるで別世界のように思える光景だった。


 扉が開き、御者が恭しく頭を下げる。


「ようこそ、エルヴァーン伯爵邸へ」


 外へ足を下ろすと、磨き上げられた石畳の感触が靴越しに伝わった。視線を上げれば、玄関前にはずらりと並んだ使用人たちが一斉に頭を下げている。


 その整然とした動きと礼儀正しさに、胸の奥が少しだけ緊張で強ばった。


「お待ちしておりました、ルア様」


 年配の執事が一歩前に出て、優雅に頭を下げた。


「伯爵様はお屋敷の中でお待ちです。どうぞこちらへ」


 誘われるままに歩を進めると、重厚な扉が音もなく開かれる。中へ入った瞬間、まるで別世界に足を踏み入れたかのような錯覚に陥った。


 天井は高く、壁には繊細な彫刻と金の装飾が施されている。大理石の床は鏡のように磨かれ、シャンデリアの光を受けて柔らかく輝いていた。


 壁際には肖像画や古代の壺が飾られ、中央の大階段は赤い絨毯で覆われている。


 どこを見ても華やかで、まるで物語の中に迷い込んだようだった。けれど、その豪奢さの中に、ほんの少しだけ居心地の悪さを覚えてしまう。


 ……ここが、これからの私の居場所になるんだ。そう思うと、胸の奥が締めつけられる。本当にここに自分がいていいのかと、不安に思ってしまう。


「ルア様、こちらへ」

「……はい」


 私は小さく頷き、執事に案内されて廊下を進んだ。


 長い回廊の両脇には、高価そうな絵画や花瓶が並び、窓から差し込む陽光が床の大理石に反射して、淡い金の模様を描き出している。歩くたびに靴音が高く響き、その音がやけに大きく感じられた。


 やがて、執事が立ち止まる。


「こちらが応接間でございます。伯爵様がお見えになるまで、こちらでお待ちください」


 扉が静かに開かれた。


 そこは、思わず息を飲むほど豪華な部屋だった。


 広々とした空間の中央には深紅の絨毯が敷かれ、重厚な木製のテーブルと、金糸の刺繍が施されたソファが向かい合わせに置かれている。壁には銀の燭台が等間隔に並び、ゆらめく光が室内を温かく包み込んでいた。


 けれど、その温もりは私の心には届かない。


 高すぎる天井、整いすぎた空間、完璧に磨かれた調度品。どれもが「ここはあなたの場所ではない」と告げているようだった。


 執事が静かに一礼して部屋を出て行くと、途端に音が消えた。


 私は緊張で固まったまま、そっとソファの端に腰を下ろす。


 ふかふかと沈み込む感触に身体が不安定になり、まるでこの椅子でさえ自分を拒んでいるように思えて、背筋を伸ばした。


 心臓が早鐘のように鳴っている。手を膝の上に重ね、指先をぎゅっと握りしめた。


 どうしよう……うまく話せるかな。嫌われたら……。


 そんな不安が胸の中で渦を巻く。外の世界の喧騒は遠く、静寂だけが時を刻んでいた。


 やがて、廊下の奥から足音が聞こえてくる。複数の靴音。一定のリズムを刻みながら、次第に近づいてきた。


 私は思わず息を呑む。


 扉が開く。最初に現れたのは、一人の男性だった。落ち着いた深い青の服をまとい、背筋をまっすぐに伸ばしている。その一歩一歩が威厳に満ちていた。


 灰色の髪に冷静な瞳。間違いない、この方がエルヴァーン伯爵だ。


 続いて、やさしげな印象の女性が入ってくる。柔らかな金髪を結い上げ、白いドレスに薄桃色のリボンを添えていた。伯爵夫人だろう。微かに微笑みを浮かべているが、笑っているような感じではない。


 そして最後に、少年。私よりも年下、八歳前後くらいだろうか。銀色の髪に青い瞳。凛とした顔立ちだが、こちらをじっと見つめるその視線には、何も感情を感じなかった。


 空気が、ぴんと張りつめる。


 誰もすぐには言葉を発しなかった。伯爵が静かに私の前まで進み出て、深く見下ろす。その視線の強さに、息をするのも忘れそうになる。


「――君が、ルアか」


 その低く落ち着いた声が、静まり返った空間に響いた。私は慌てて立ち上がり、頭を下げる。


「は、はい。ルアと申します……本日よりお世話になります」


 声が震えてしまったのが自分でもわかる。けれど、どうしようもなかった。


 伯爵はしばらく何も言わず、ただ私をじっと見つめていた。


 その眼差しに、どんな感情が宿っているのか読み取れない。試すようでもあり、値踏みするようでもあり。けれど、そこに悪意は感じられなかった。


「そうか。遠い旅だったろう。……まずは休むといい」


 ようやく伯爵が口を開いた瞬間、胸の奥に溜まっていた緊張がほんの少しだけほどけた。けれど、安堵する間もなく、夫人が一歩前に出る。


「夕食前まで部屋で休むといいわ。その後、夕食を食べながら、ゆっくりとお話しましょう」


 薄い笑みを浮かべて言うが、その瞳は本当に私を見ているのか分からない。まるで、意識が別の所にいっているみたいだ。


 そして、義弟となる少年は両親の方に視線を向けると、残念そうに俯いた。


「……では、また後で」


 その一言で、空気がさらに重くなった。敵対しているわけでもない、だけど親しくしている感じには見えない。どんな風な態度で接しればいいのか分からない。


 こんな中で私が言える言葉は――。


「分かりました。お言葉に甘えて、休ませていただきます」


 ただ、言葉を受け入れるしかなかった。

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― 新着の感想 ―
某キャンディは引き取られた時こんなだったっけなぁ。 この後義母には必要以上に厳しくされ、子息に虐められるんだよねきっと
怖い。。そりゃこんなもんだよね。。
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